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237.フル・ディレクター


 ミサキとシオの二人は森を抜け、目的地である霧に囲まれた都市に到着した。


「この門を開ければいいのかな?」

 

「ですね、たぶん」


 地図を確認するシオに頷き、ミサキは自分の何十倍も巨大な両開きの鉄扉に両手を当てると、前に歩くようにして押し開く。

 重さは感じないものの、ゆっくりとしか開かない。ぎいいいい……と耳障りな音を立てて開いた隙間から二人は急いで飛び込んだ。

 

「中はこんな感じか。ちょっと拍子抜けかも」


 霧のベールに包まれた都市は、ホームタウンに酷似した西洋風の街並みだ。

 見た感じ、おそらく大部分を流用しているのだろう。

 

「あ……み、ミサキさん、あれ」


 ん? とあんぐりと口を開けたシオが指さす先を追うとそこには、


「なにあれ、でっかいタケノコ?」


 街の中央にそびえたつのは巨大な建造物。

 ミサキの言った通りその輪郭はタケノコに近い、黒鉄の塔。

 地図を改めて開くとさっきまで黒で隠されていた都市の内部が見えるようになっており、街の中央、ひいてはこのマップ全体の中心に位置するあのタケノコ塔もはっきりと表示されていた。

 

「間違いないね。あそこが目的地だ」


「はい。頑張っていきましょう!」


 ミサキたちは塔を見据えると、そこへ向かってまっすぐに駆けだした。

 人気(ひとけ)は無く、雑魚敵の気配もない。

 どうしてこんなマップを設計したのだろう、と首をひねりたくなる。

 おそらくメインの戦場になるのはあの塔だ。ならばここに来るまでの森などや、この都市だって必要ないはず。

 他に使う予定でもあるのだろうか――と。


 そんなことを考えつつ路地を抜け、噴水広場に入った瞬間だった。


「…………っ!?」


 ぞわり、と悪寒。

 まるで全方位からぬめる舌で舐め上げられたような。

 その不快感が臨界に達したところでミサキは直感し、


「ごめん!」


 とっさにそう叫んだ。

 直後、一緒にいたシオは世界が回転するのを感じた。

 痺れるようなダメージの感覚と、回る視界、そして止まったときには建物の陰に転がっているのを自覚した。


「げほっ、げほっ……なにが起こったのですか……?」


 身体を起こして直前まで自分がいた方向を見ると、広場を挟んで反対側の家屋の陰に身を潜めているミサキが見えた。

 何が何だかわからないままそこへ向かおうとして、ぴろん、という電子音で脚が止まる。


「チャット?」 


 ボイスチャットではなく、文章形式でのチャットだ。

 いったい何が目的なのだろうと思い開いてみるとそこには、


『そげき ねらわれてる』


 と、慌てて書いたようなメッセージが送られてきていた。






 都市に四つ建っている鐘塔のうち、ひとつの屋根の上に少女の姿があった。


「……さすがです。あと一瞬気づくのが遅れていたら撃ち抜けてました」


 スナイパーライフルのスコープを覗き込む少女――翡翠は、今しがたミサキが隠れた家屋に照準を合わせていた。

 防衛側、チームベータで唯一タケノコ塔の外に配置されたのがこの翡翠だ。与えられた役割は塔の防衛。彼女の長射程と狙撃力があれば、この都市全体をカバーできるだろうというカーマの進言によるものだ。

 

 しかしこの狙撃という攻撃には欠点がある。

 今のように標的が遮蔽物に隠れてしまうと狙撃が困難になってしまうという点だ。

 この状況を打破するためには、基本的に二つの方法がある。


 ひとつは場所を移動する。

 相手の位置さえわかっていれば、場所を移動して当てられる角度から狙えばいい。

 だが、翡翠はこの策を採るつもりがない。


 なぜなら下手に動けばミサキに位置を感づかれてしまうかもしれないからだ。

 そうなれば一気に距離を詰められてやられてしまうだろう。

 もちろん狙撃した時点である程度の方向のあたりは付けられているだろうが、あの位置からはこの鐘塔を確認することはできない。もし顔を出せばその瞬間ひたいを撃ち抜くし、向こうもそれはわかっているだろう。


「このままプレッシャーかけ続けてタイムアップでもいいんですけど、そうはならないでしょうね」 


 そもそもその作戦だとこのイベントの趣旨に添わない。

 心が昂るような激しい戦いを繰り広げてこそだと説明されたのだから。


「……さて」 


 翡翠は再び槍のように長い銃身を持つライフルを構えなおす。


 二つ目の方法は、家屋ごとぶち抜くこと。

 翡翠の銃、《フラクタルネイバー》は様々な形態の銃に変形できる機能を持ち、その中には圧倒的威力を誇るアンチマテリアルライフルも存在する。

 いかな重装甲だろうと、タンク役のガードスキルだろうと貫けるほどの力を持っているが、残念なことにこの都市の建物は全て破壊不能オブジェクト。

 いかなる威力があろうとも貫くことはおろか傷ひとつつけることは叶わない。


 だが。


「貫けないなら貫けないで、他の方法が使えるんですよね」


 冷酷なスナイパーが、二人の少女の命を狙う。




(し、し、し、死ぬかと思った……!!) 


 今日二度目の死ぬかと思ったである。

 家屋の陰に潜むミサキは直前のことを思い出していた。 

  

 あの時。

 

「…………っ!?」


 壮絶な悪寒。

 狙われているという自覚。

 直後、死んだ自分のイメージが鮮明に浮かんだ。


(このプレッシャーは――――)


 直感した瞬間、隣のシオを蹴り飛ばしていた。

 そして自身もまたその反動で真横に飛び、一瞬前に自分がいた場所へ銃弾が着弾するのを見た。

 そのまま転がり、慌てて脇の路地に駆け込み、壁に背中を預ける。

 蹴っ飛ばしたシオの方をおそるおそる確認すると、彼女も反対側の路地に倒れ込むのが見えた。

 何とか胸を撫で下ろし、チャットを送る。動揺で指が震えたが、何とか今の状況を伝える。


 狙撃だ。

 そしてチームベータでこれほどのプレッシャーを発することができるのはただ一人しかいない。

 

(翡翠……やってくれるね……!)

 

 おそらくはあのタケノコ塔を目指すものを撃ち落とす役を担っているのだろう。

 あの子だけは敵に回したくなかったのに、と頭を抱えたくなるが後の祭りだ。

 

 「とにかく隠れながら進まなきゃ」


 さきほどの着弾地点を見る。

 角度と位置から考えれば翡翠のいる方向がわかる。

 

 この噴水広場はタケノコ塔から都市全体の半径の半分ほど南に下った位置に存在する。

 そして銃弾が飛んできたのは北からだった。幸いにもここはは路地が複雑に張り巡らされている。ならば北に向かって身体を晒さないように進めば狙撃は防げるだろう。

 狙撃場所を変えようとしても問題は無い。


(その時はわたしが感づくからね)


 おそらく向こうもそのことはわかっているだろう。

 だからひたすら慎重に、例え遠回りしてでも塔を目指す。

 時間はかかるかもしれないが仕方ない。それほどの注意を払わなければ即死する。


 方針を固め、ゆっくりと歩き出そうとしたその時。

 妙な音が聞こえた。


「……? なんだろ」


 ちゅいん。

 ちゅいん。

 かきん。


 何かが一瞬だけこすれたような音。

 そして金属がぶつかるような音。

 まさか動けないように威嚇射撃をしているのか? とミサキは考えた。

 スキルを使えば発光や効果音でわかるし、この状況では通常の射撃しか行えない。

 だから時間を稼ぐためにこの場所にくぎ付けにしようということなのか、と。


 だがその予想は完全に間違っていた。


「いっづ……!?」


 左肩に走る強烈な痺れ。

 見ると弾丸が掠めたような抉れが生じていた。

 視界端のHPゲージがそれだけで大きく減少し、慌てて《ヒールアンプル》を首筋に注射する。

 これで回復アイテムはあと二本。こんな序盤で使わされるなど――いや、それよりも。


(狙撃……!? いったいどこから!) 

 

 このアバターに搭載された感知系パッシブスキルが教えてくれている。

 翡翠は間違いなく移動していない。だというのにどうしてこの角度から狙撃が可能だったのか。

 しかも飛んできた方向がおかしい。撃たれ方から察するに、弾丸は東から飛来した。

 そして弾丸の角度は水平。高所から撃ち下ろした場合、ありえない軌道だ。


 そんな混乱の中、再びあの妙な金属音が響き出す。


「集中しろ……音を聞いて、方向を……」

 

 音はだんだんと近くなってくる。

 この建物だらけの中、反響でいまいち方向はわからないが――近くなるにつれ、鮮明に聞き取れるようになっていく。

 そして、


(……そこだ!)


 ちゅいん、という音がした瞬間その方向を見て、ミサキは悟る。

 壁に反射した弾丸が、こちらへ向かってきているのを。

 

「……………………っ!」 


 息を詰めて思い切り伏せると、弾丸は頭上を通過する。

 これで狙撃のからくりは理解した。

 

「跳弾だ」


 つまり翡翠は弾丸を壁や床などで跳ね返させることでこちらを狙ってきているということだ。

 最初直撃で無かったのは、翡翠と言えども初弾から完璧に狙いをつけることはできなかったのだろう。 

 だがそれがわかったとして、どうなるというのか。

 

「これはちょっと……やばい」 


 障害物に関係なく全ての方角からこちらを狙ってくるスナイパー。

 敵の根城であろう中央のタケノコ塔にたどり着くには、まずこの難敵を突破する必要があるようだった。


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