234.クライムネスト
ミサキたちが集められたのは通常のゲームプレイでは見ることのできない場所だった。
「おお……明らかに開発者用の場所だね」
感嘆するカンナギが見上げるこの場所は、確かに『アストラル・アリーナ』のファンタジー風の世界観とは一線を画していた。
他のプレイヤーも何やら話しながら見回している。
ちなみにこの場所にいるのは、ミサキと、その友人である翡翠にカーマ、スズリ。後輩のラブリカと、このゲームのデバッガーであるクルエドロップ。そしてカンナギと、ミサキとフランのファンである双子のルキとフェリ。そして先日の勝負で協力することになったエルダ……と、その仲間であるシオの合計11人だ。
アリーナのフィールドほどの広さを誇るだだっ広い円形の部屋。
床と壁は深い緑で、天井は吹き抜けだ。見上げて目を凝らしてみても、どこまでも続いている。まるで大きな筒の中に閉じ込められたかのようだった。
「……………………」
沈黙するミサキ。
彼女はこの場所を知っていた。
『マリス・パレード』――マリスという未曽有のウィルスが蔓延した事件において、黒幕と決着をつけた場所がこの部屋だった。
あの時のことは今も傷になって残っている。
「コントロールルームにお集まりの皆さま、お待たせいたしました」
良く響く声と共に現れたのはタキシードの男、哀神だ。
空間に生じた裂け目から出てくる現れ方は、元最高責任者の白瀬と同じものだった。
コントロールルーム。
『マリス・パレード』の黒幕が白瀬だったことを考えると、ここにいたことも納得できる。
彼はあの時、何をしようとしていたのだろうか。昏睡状態からいまだ回復の見込みがない以上答えを得ることは叶わない。
哀神はこの場に集うプレイヤーをぐるりと見渡し堂に入った動作で一礼する。
「まずはフランさん復活に協力いただきありがとうございます。これから行われる限定イベント――『クライムネスト』の説明をさせていただきます。ミサキさんからメンバーを集められたと聞き考案させていただいたタワーディフェンス型の対抗戦になります」
もちろんこれは秘密裏に行われることになっています、と捕捉した。
「タワーディフェンス? 普通にみんなで戦うんとちがう……違いますのん?」
何やら言葉遣いがおかしくなっているクルエドロップの質問に、哀神は小さくため息をつきながら首肯する。
「はい。そちらの方が目的の達成には適していると考えました。『クライムネスト』では我々が製作した専用エリアを舞台に二つのチームに別れ、片方は攻め込み、もう片方は防衛を担当します。エリア中央のとある建造物の頂上に設置された巨大クリスタルを破壊すれば攻撃側の勝利となります」
それではさっそく抽選を開始します、という言葉と同時にミサキたちの目の前に商店街などで見るガラガラが出現し、ひとりでに回り始めると小さな玉を排出した。
慌てて受け取ったミサキの手の中にあったのは赤い玉だった。
「赤は攻撃側……チームアルファ。青は防衛側……チームベータとなります。ご確認ください」
「防衛じゃなくて良かった……」
素早さが持ち味のミサキは防衛よりも攻め込むのに向いている。
他のプレイヤーも各々自分のチームを確認したり、見せ合ったりしている。
そんな中、ルキとフェリは無言で目を見開き、お互いを見つめ合っていた。
その手に握られているのはルキが赤、フェリが青だ。
いつも一緒の彼女らは離されてしまったことにショックを受けているようだった。
最後に会った時は喧嘩のようになってしまっていたが、あれから仲直りはできたのだろうか……と気になってしまう。
そんなことを考えていると、翡翠たちと目が合った。
「ねえ、翡翠とカーマは……ええ……」
「私とカーマちゃんは……」
「ベータよ。残念だわ」
全く残念そうではなさそうなニヤニヤ笑いでカーマが青い玉を見せつけてくる。
隣で控えめに翡翠が持っている玉も同じ色。
がっくりと肩を落とすミサキ。チームが離れてしまった……。しかも敵に回したくない仲間トップ2と。
チームの構成はこうなった。
アルファ(攻)…………ミサキ、スズリ、クルエドロップ、ラブリカ、シオ、ルキ
ベータ (防)…………翡翠、カーマ、カンナギ、エルダ、フェリ
「ちなみにこのイベントには時間制限がございます。残り時間がゼロになるか、もしくはチームアルファが全滅すると防衛側……チームベータの勝利となります」
「えっ、それじゃあじっくり考えたりもできないじゃないですか」
驚きに声をあげるラブリカに、ミサキは頷く。
「それが狙いなんだろうね」
焦らせることが目的なのだろう。
フランの復活に必要な要素を考えると妥当な設定だ。
「それでは説明を終了させていただきます。チームベータの皆様は先にエリアへお入りいただき、配置や作戦などについて話し合ってください」
「え、これで終わり?」
「はい。あまり説明しても頭に入りにくいですし、それに事前に内容を把握しすぎると感情の昂りが抑えられてしまうと考えましたので」
感情。
ここに集められたプレイヤーたちが、感情を昂らせ記憶の共振を起こすことでフランの復活につながる――という話だった。
眉唾ものの理屈だが、ミサキはこの世界において精神が大きな力を持つことを知っている。
「それではチームベータの皆様はここをお通りください」
そう哀神が手を差し伸べた床に青いワープゾーンが出現する。
ベータの面々はその言葉に従ってそこへ足を踏み入れ、一人ずつ姿を消していった。
最後尾のフェリは名残惜しそうに振り返って立ち止まり、ルキを見つめた後ワープゾーンへと足を踏み入れた。
「…………」
双子の妹が消えていった光の中を沈黙のまま見つめるルキ。
そんな彼女に視線を向けるものの、かける言葉は見つからなかった。
その姿を見ていた哀神は、押し黙るミサキのそばに歩み寄り――――
「(フランさんの復活……急がないとまずいかもしれません。彼女の存在が薄れ始めています)」
そう囁いた。
そのあと一度解散し、チームベータの準備を待ってチームアルファは再度招集された。
「それではこれより『クライムネスト』を開始させて――――」
朗々と述べられる哀神の説明にも、ミサキは上の空だった。
フランが消える。その事実に自分でも驚くほど動揺しているのがわかる。
最初から考慮しておくべきだった。霧のように漂うフランが、ずっとそのままでいてくれる保障などない。
どんなことでもする、失敗しても何度だって挑戦する――そう誓った。
しかし彼女が待ってくれないのならば、いったいどうすればいいのだろう。
もしこのイベントで失敗したら、と。
今まで意識していなかった可能性に背筋が凍る。
「…………ぱい」
「どうしよう……」
「せんぱい! せんぱいってば!」
「え?」
呼び声の方を見るとラブリカが手を掴んでいる。
気づけば他のメンバーはいなくなっていた。
「もうみんな先に行っちゃいましたよ。私たちも早く行きましょう」
「あ……ご、ごめん」
いつの間にか出現していたワープゾーンを見る。
哀神もまた姿を消している。役目を終えたからだろうか。
「……何かあったんですか? ずっと上の空ですけど」
「ううん、大丈夫だよ」
半ば反射的にそう言うと、ピンクの後輩は疑いの目でじっと顔を覗き込んでくる。
「先輩がそんな感じで言う時は大丈夫じゃないときだって翡翠さんが教えてくれました」
「う…………」
「さっきあのタキシードさんからなに言われたかは知りませんが、私がついてるから平気です。なんとかなります」
「……わかった」
力強く手を握ってくるラブリカに頷きを返し、二人でワープゾーンに足を踏み入れる。
浮遊感と、暗転する意識。
そして――フラン復活作戦、『クライムネスト』が始まった。
 




