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233.月海の隔絶


 あの声がこびりついて離れない。


『戦えない人は下がってて』


 ああ、確かに戦えなかった。


『エルダにできることないから』


 あいつの言う通り、アタシにはあの黒いモンスターに対抗する術は無かった。


 だが、それ以前に。

 あの時あいつにそう言われて。

 シオが目の前でやられて。


 アタシは。

 怖くて。


 そう、逃げ出したのだ。

 力のある無し関係なく、あの場から尻尾を巻いて一目散に去ったのだ。

 

 赤い空。黒く染まる砂浜。

 あの日からあいつの言葉が頭の中にこだまする。

 お前は弱いのだと。

 お前には何もできないのだと。

 

 他の相手に言われたのなら怒って掴みかかるくらいのことはできたかもしれない。

 それがいかに情けない行為であろうと、それこそプライドだろう。


 だがそれが他ならないあの女――ミサキだったから。

 何度も何度もアタシを打ち負かしたあいつだったから。

 ああ、そうなんだと。

 受け入れてしまったのだ。


 守るべきシオを投げ出して。

 立ち向かうこともしないで。

 悔しくて仕方ない。弱い自分を殺したくて仕方ない。


 なにが担任教師だ。

 アタシには何もできなかった。

 いや、できたはずだ。あそこで何を言われようと食い下がって一歩前に踏み出し、立ち向かえばよかったのだ。

 そうしていたら。きっと。今頃は。


 ……ああ。わかっている。


 ”そうできなかった”のがアタシなのだと。

 否応なく、結果が物語っている。

 今どれだけ後悔しようと。

 もし今すぐあの瞬間にタイムリープすることができたとしても。

 

 アタシはきっと逃げ出すだろう。

 




 ミサキとエルダは今まで何度も戦っている。

 初めて出会った時が一度目。そして決闘を申し込まれた時で二度目。

 それからはその決闘をきっかけに関係がわずかに良好になり、たびたび試合を繰り返していた。

 いわばスパーリングや模擬戦のようなお互いを高め合うための戦いだ。


「さ、やろっか」


 音も無く構えるミサキ。

 戦いに選ばれた舞台は海岸エリアの砂浜。希望したのはエルダだった。

 ミサキとしてはもっと近場でもいいのではないかと思ったが、それが希望ならば仕方ない。

 戦えばフラン復活に協力してくれる。ならば要望くらいは聞くべきだろう。


「……………………」


 エルダは無言でカトラスを軽く振る。

 陽光を浴びると青い光沢を放つ、不思議な刀身を持つ剣だ。

 右手のそれと対応するように、左手には半透明の幽鬼の銃、《ワイルドハント》が握られている。

 エルダのスペシャルクラスである『海賊』の効果で戦闘時常に装備されている武器。

 いわば銃剣の二刀流といったところか。


 お互いの距離は変わらない。

 しかし、じりじりと距離を測り機会を窺っている。

 特に目を離したが最後、その速度でかく乱されてそのまま畳みかけてくるミサキを相手にするエルダとしてはうかつに動くわけにはいかなかった。


「……っ!」


 砂浜に深く穴が穿たれる。

 それは走り出そうとしたミサキのつま先の1cm先に着弾した銃弾によるものだった。

 驚きに身を固めたミサキの隙を見逃さず、エルダは銃弾をさらに数発放つ。

 翡翠ほどの精度はないが牽制には充分だ。


「はっ!」


 ミサキは弾丸を紙一重で掻い潜り、地面を蹴って一息に距離を詰める――が。

 その首元に向かってカトラスが滑り込んでくる。

 

(死……っ)

 

 喰らえば即死をもたらす刃に肌が粟立ち、反射的に上体を全力で逸らす。

 カトラスはミサキの前髪数ミリを切り離して後方へと流れて行った。

 ち、という舌打ちが聞こえる。


「避けんな」


「避けるわ!」


 ブリッジの体勢になったミサキは素早くバク転で距離を取り、一気に飛び上がるとエルダの真上から獲物を狙う鳥のごとく襲い掛かった。

 空中では身動きが取れない。うかつな行動だ――と迎撃しようとしたエルダの手が止まる。


「イグナイト!」


 グローブから噴き出した蒼炎によってミサキの落下軌道が急激に変化する。

 空中で真横にスライドしたかと思うと、そこからさらに斜め下へ急降下し着地、地を這うようにしてエルダの足元に走り込む。

 そこから地面に手をつき、踵を跳ね上げエルダの顎を狙う。


「そう来ると思ったぜ」


 だが、その攻撃はカトラスによって阻まれる。

 拮抗する力。だが無理な体勢のミサキは徐々に押されていく。単純な筋力でもエルダが圧倒している。

 当然だがミサキは武器を持たない。防具に付与されているステータス補正で裏技的にカバーしてはいるが、装備一つ分のビハインドはそう簡単に埋められない。


「絶対スキルで叩き落してくるって思ったのに……!」


「何回戦ってると思ってんだ? 同じ手ばっか通用すると思うなよ」


「それはそうだね。でも……わたしがいつまでも同じだと思わないでほしいな」


 エルダの手に冷気が這いのぼる。

 見るとミサキのブーツ――《プリズム・ブリザード》から湧きだした白い冷気によってエルダのカトラスからそれを握る手首までが凍結状態に冒されていた。


「な……ッ」


 思わず後ずさるエルダをミサキは見逃さない。

 一気に肉薄すると、青く燃える拳を握りしめた。


「はあああっ!」


 打撃音が炸裂し、エルダの身体が宙を舞う。

 落下し、砂浜を何度も転がってやっと止まる。

 

「く、は……」


 だがHPの全損には至らない。

 蒼炎で火力を底上げしているものの、いまだミサキの火力は充分なものとは言えないのだ。

 重い一撃を喰らわせるよりも手数でダメージを稼がなければならない。


「…………お前、これ以上強くなんのかよ」


 凪いだ水面のような静かな声。

 しかしそこにはマグマのような情念が込められているように感じられた。

 砂浜に手をついてゆっくりと立ち上がろうとしているエルダは俯き、その表情は見えない。


「なるよ。……まあ、これはフランに作ってもらったものだから、わたし自身が強くなったとは言えないけど」


 ミサキは手を開閉させ、グローブに手を落とす。

 装備が強くなっても、ステータスが高くなっても、プレイヤー自身が強くならなければ意味がない。

 少なくともミサキはそう考えている。そうでなければ宝の持ち腐れだ。

 例えば伝説の剣があったとして、それをミサキが持つのとクルエドロップが振るうのでは全く別物になるだろう。


「そうか」


 エルダはそれだけ言って立ち上がった。 

 その姿からは何かが抜け落ちているように見える。

 その何かをミサキが理解することはできなかったが、何かを決定的に間違えてしまったように感じた。

 

 エルダはいったい何を思って勝負を仕掛けてきたのか。

 どうしてそんな目を――暗闇に一人取り残されたような瞳でいるのか。 


「エルダ、わたしは――――」


「終わらせるぞ」


 ミサキの言葉を遮り、左手の銃を構えると、銃口にエネルギーが充填されていく。 

 対するミサキの全身からは黄金の光が立ち上った。


「【パイレーツ・カノン】」


「――――、……【ビッグバン】!」


 《ワイルドハント》から放たれた強大なレーザー砲に、輝く拳を携えたミサキが真っ向から突っ込む。

 ただの上級スキルとグランドスキル。結果は火を見るより明らかだった。

 光線は引き裂かれ――創生の輝きが海賊を穿った。

 

 彼女は、諦めたように笑っていた。


 これで48戦44勝3敗1分。

 わずかだった彼我の差は少しずつ、そして確実に広がっていた。


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