232.10/11
前回までのあらすじ:双子の間に挟まるミサキ。
「離れてよルキ~~!」
「……そっちこそ離れるべき。ミサキちゃん困ってる」
「あ、スズリ? ごめん、今日そっち行くって言ってたんだけどちょっと遅れるかも。ていうかもしかしたらたどり着けないかも……」
赤い天使と青い悪魔の双子に挟まれたミサキは足を止め、道の端に寄ってボイスチャットを交わしている。
相手はスズリ。今から会いに行くところだった相手だ。
「ルキはフランちゃん派なんでしょ!」
「そんなことないもん。ミサキちゃんも好きだもん。フェリちゃんだってフランちゃん好きでしょ」
「うぐぐ……でもそんなにくっついたらミサキちゃんに迷惑だよ」
「それはお互いさま。フェリちゃんが離れないなら私も離れない」
「うん、うん……あ、聞こえてる? そう、知り合いの子がね……うん……ん? モテモテ? やめてよ……」
その後、あからさまにぐったりした様子で二言三言口にしたミサキは通話を切る。
スズリいわく、まだしばらくギルドハウスにいるからゆっくりでいいとのこと。最悪行けなくとも気にするなと言っていた。
なんて出来た友人だろう。こっちは約束があるというのに首を突っ込んで結果このざまだ。
はあ、と深いため息をつく。
「ねえ二人とも。ちょっと聞いてくれる?」
「だいたいフェリちゃんは――――」
「そういうルキだって――――」
「聞いて」
「……っ! は、はい」
「ご、ごめんなさい……」
声を荒げたわけでもなく、たった一言。
それだけで双子の争いが静まった。
ミサキの醸す得体の知れない空気に締め上げられたかのようだった。
「ルキちゃんにフェリちゃん」
「「はい……」」
「あのね、喧嘩自体はいいよ。仲違いしない範囲でなら。でも、今こうして二人が顔を合わせたのは何のため?」
「仲直りするため……」「……です」
「そうだよね。じゃあもうやめにしないとダメだと思うな」
優しく、しかし少しだけ厳しいミサキの語り掛けに、双子は顔を見合わせる。
もともとは仲がいい姉妹なのだ。喧嘩しても、きっかけを与えてやればすぐに元に戻れるはずだ。
「……ごめんねフェリちゃん。言い過ぎた」「私も……ごめん、ルキ」
ミサキからそっと離れた二人は寄り添い手を握り合うと、恥ずかしそうに微笑んだ。
よかったよかったこれにて一件落着――とクールにその場を去ろうとしたミサキだったが、あることに思い至る。
彼女らはフランの大ファンだ。それにフランと戦ったこともある。
ならば条件に合致するのではないだろうか。
フランを復活させるのに必要な人員の条件に。
「ねえ二人とも。聞いてほしい話があるんだけど、いい?」
囁くような声色でそう言うと、双子はぴったり揃った角度で首を傾げ、ミサキの言葉に耳を傾けた。
「……ってことで、二人に協力してほしいんだ」
フランの正体。
そして彼女が失踪した理由、そしてその復活のために協力が必要なこと。
「そうだったんだー。その、なんだっけ」
「ティエラ?」
「そうそうてぃえら! 凄いね、人間と全然変わんないように見えたよ」
ミサキもそれには同意見だ。接していて違和感のようなものは一切感じなかった。心を持つ人間とまったく同じように思えたのだ。
フェリはあまり気にした様子はない。だが、
「どういう、こと……?」
「ルキ?」
「ティエラとか電脳生命体とかいきなり言われてもわからない、わからないよ……」
妹に反して、ルキはひどくショックを受けているようだった。
ふらつく足で数歩後ずさると、そのまま一目散に駆けて行く。
呼び止めようとしたが、その時にはもう角を曲がって姿が見えなくなってしまった。
「どうしよう、追いかけた方がいいかな。それともチャットで連絡取って……」
にわかに慌てるミサキに、フェリはふるふると首を振った。
「ううん、しばらくそっとしておいてあげて。あとで私が上手く言っておくよ」
フェリはルキの走り去った先を見つめる。
非難するでもなく、その瞳には憐憫や慈しみが混じっていた。
「……最近ね、ルキはすごく落ち込んでたんだ。私も励まそうとして明るく接してみたんだけど、失敗しちゃった」
喧嘩にまでなっちゃうとは思わなかった、と肩を落とす。
『引退しちゃったんじゃないかなあ』という発言は、あくまで明るく、そして問題を軽くしようとした結果だったらしい。
おそらくルキの方もフランが辞めたのではないかと想像していたのだろう。しかしその反面、そんなことは考えたくなかった。
だからそこを突かれて怒ってしまったのだ。
「いつものルキはけっこうお姉ちゃんなんだけどね。ちょっと……間違えちゃったな。ダメだねー、慣れないことすると」
「そんなことないよ。ルキちゃんいい子だから、きっと伝わってるよ」
「そっかな。そうだといいな……」
フェリもフランのファンだと言っていた。
きっと彼女も思うところはあるはずだ。
「ありがとね、フランのこと考えてくれて。ルキちゃんにもよろしく言っておいて」
「まかされたっ! ……あはは、なんだか大変なことになっちゃったね」
……本当にね、と呟いたミサキはルキの走り去った方向を目指すフェリを見送った。
姿が見えなくなるまで、フェリは手を振り続けていた。
その後、無事スズリと無事会うことができ、フランのことを話すと、
『そういうことなら力になろう。他ならないお前の頼みだ』
そう力強く頷いてくれた。
フランのことについてもあまり驚いた様子は無く、少し怪しんでいたから逆に腑に落ちたとのこと。
わかる人にはわかるのだろう。
と、そんなやりとりをアトリエのソファに寝転がって思い返す。
照明は無く薄暗い。家主が居なくなってからずっとこうだ。フランの不在が広まったことで客が来ることも無くなった。
「……焦るなー……」
瞑目し、自分に言い聞かせる。
ここのところずっと焦燥感に蝕まれている。心臓はいつも少しだけ早く脈打ち、急がなければと強く背中を押してくる。
現在集まったメンバーはミサキを入れて9人。あともう少し欲しい。
だが、これ以上となると――どうすればいいのだろう。
顔の広いラブリカに頼んで人脈を使ってもらおうか……などと考えていると、ドアが乱暴にノックされた。
「誰だろ。はーい!」
返事を聞いて入ってきたのは、長身の女性……マリス事件以来に見る、エルダだった。
スペシャルクラス『海賊』の、ミサキにとってのライバル的存在。
「暗えな」
「え、エルダ。どうしたの? フランはいないよ」
「知ってる。今日は理由を聞きに来た」
そう言えばエルダはよくフランのアトリエを訪れていた。
ミサキの知らないところで交流もあったようだし、彼女なら協力を頼んでもいいかもしれない。
だが、
「なんか機嫌悪くない……?」
「…………いつものことだろ」
吐き捨てるように呟くエルダ。
確かに普段からあまり態度がいい人間だとは言えないが、それにしても雰囲気が違う気がした。
だが今はそんなことを気にしている場合でもない。
もう何度目だろうか、ミサキはフランの説明をした。
「そうか」
「それだけ?」
「それ以外何を言えばいいんだよ。リアクションねだってる場合か?」
「そうかもだけど……じゃあ手伝ってくれるってことでいいんだよね」
だがエルダは黙ってミサキを見下ろしてくる。
その瞳を見つめ返してみても、どんな感情が込められているのかはわからない。
そのまま少し経って、エルダは口を開く。
「条件がある」
「なに? できることなら何でも――――」
「アタシと……戦え」
え、と固まった。
何を言っているのかミサキにはわからなかった。
そんな場合かと言えば、エルダこそだった。
戦う? なぜ?
頭の中にクエスチョンマークが踊る中、しかしと思いなおす。
「戦えば協力してくれる?」
「そう言ってんだろ。わざわざ言うことでもねえが、手は抜くなよ。殺す気で来い」
「わかった」
クルエドロップといいエルダといい、どうしてそうまで戦いたがるのか――と不思議に思ったが、自分も人のことは言えない。
このゲームを続けている者は、程度の差こそあれ戦うのが好きなのだから。
それにフランを助けるためなら、今のミサキはなんだって出来るのだ。




