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230.今は沈む金色の翼


 一面に金色の花が咲き乱れていた。

 わたしはいつの間にかその花畑に立っていて、思わずあたりを見回す。 

 ここはどこだろう。知らないマップに迷い込みでもしたのだろうか――足元に視線を落とすと見覚えのあるローファーが見えた。


 あれ。

 ここってゲームの中じゃないのか。

 なんだそっか。

 

 そんなふうに呑気に構えていると、突如としてすくいあげるような突風が吹く。

 金の花弁が舞い上がり、わたしの視界を塞ぐ。

 思わず腕で顔を守り、風に耐え――花のカーテンが途切れた時。


「…………あ」


 三角帽に、魔女の服。

 ふわふわの金髪が背中まで流れているその姿があまりにも懐かしく感じた。

 

 名前を呼ぼうとした喉は声を発しない。

 それでも踏み出そうとした足すら動かない。

 この身体が動くことを――あの子を捕まえるのを拒んでいるかのようだった。


 喉が枯れるほど叫んでもかすれ声ひとつ出ない。

 そうしている間に、その少女は振り返ることなく歩いていく。


 待って。お願いだから。

 いくら叫んでも届かない。

 

 帰って来て。行かないで。

 手を伸ばしても届かない。

 

 そのうちまた風が吹いて、花びらが舞い上がり――世界の全てを覆い隠した。




 

「フラン……っ!」


 ばちん、と無理やりブレーカーを上げたかのように意識が覚醒する。

 心臓がうるさい。全力疾走した後のような呼吸はしばらく収まりそうも無かった。

 額の汗を拭うと、手の甲がべったりと濡れる。

 どこかに走り出しそうな身体を必死で抑えながらあたりを見回すと、ここでやっと自分の部屋だということを理解した。


「ゆ、夢……夢で良かった……」 


 閉じた瞼を手のひらで抑えて、堰を切って溢れ出しそうな涙を無理やり閉じ込める。 

 荒れ狂う感情の嵐が去るのを待って、深い深い息を吐いた。

 もし零していたら、そのまま悲しみの底に転落して這い上がれなくなってしまうような気がした。


 夢で良かった、なんて。

 あの子がいなくなったのは今も続く覆しようのない現実だというのに。


 カーテンの隙間から差し込む薄青い陽光に鳥の声。早朝だ。

 目覚ましにセットした時間から二時間ほども早く起きてしまった。

 損した気分だ。


「はあ――――…………」


 長く長く息を吐き出し、もたげていた頭を上げる。

 天井は白く、全くの無表情を返してくる。

 鼓動は少しずつ鎮まりつつあった。


「ねえ、カガミさん。わたしまだ全然ダメみたいだよ」


 今はもういないその人へと、呟きを落とした。





 耳障りな音を立てて鉄扉を開き、屋上へと足を踏み入れる。

 寮の屋上はいつも解放されている。それなりに信用されているからだ――というか高い鉄柵に周囲を囲まれ、頂点付近がネズミ返しのようになっているので乗り越えるのは難しいというのが大きいだろう。


「いつからこんな寂しがりになっちゃったのかな」


 上りつつある金色の朝陽に向かって呟く。

 いつから。そんなのは問うまでも無くわかっている。

 二年前、親代わり……と当時は思っていた母親のカガミさんが失踪してからだ。


 冗談抜きにカガミはわたしの全てだった。

 人生の指標だったのだ。

 それを失った結果、高校一年から二年の頭までは全てを拒絶して生きていた。


 大切なものがあれば、その分失うのが怖くなる。

 それは今でもそうだが、ある程度は克服しつつあった。

 しかしここに来てぶり返してしまった。それはフランがいなくなってしまったことが原因だろう。

 あんな夢を見るなんて、露骨にもほどがある。


「寂しいんだろうな、わたしは」 


 おそらくわたしの心の殻は皆で出来ているのだろう。

 誰かがいなくなるとその分欠けて穴が空く。

 そうするとどれだけ愛情を注がれても、そこから少しずつ漏れていく。

 だから満たされない。 


 その穴はいつか時間が塞いでくれる。

 でも、それまでは欠けたままだ。

 だから埋めなければならない。

 

 不安で不安で仕方なかった。

 もしフランが帰って来なかったら。

 消えたままだったら。

 考えたくないことに限って頭にこびりついて離れない。


「…………きっと大丈夫だよね、フラン」 


 例え根拠が無くとも前向きに。

 悪い想像をかき消すように。

 昇る朝日が目を焼いて、そのまま不安も消してと強く願った。




 その日の夜。

 神谷は夕飯の洗い物をしながら思案を巡らせていた。


 フランを復活させるには、何はともあれメンツを揃えなければならない。

 彼女と関わりを持っていたプレイヤーを集めなければ。

 とは言いつつ神谷はフランの交友関係をすべて把握しているわけではない。


 クルエドロップと友人だったことを知ったのだって『マリス・パレード』終結直前だ。

 一緒にいたのは確かだが、常にではなかった。

 だから知らない間に仲良くなっていた相手がいてもおかしくはない。


「……あ、そっか。そっち方向から調べればいいんだ」


 きゅ、と食器の表面を指が擦って音を立てた。

 知らない交友関係があるなら、その筆頭であるクルエドロップ――松雪から聞けばいいのだ。


 神谷は手早く洗い物を済ませると自室に帰り、さっそく通話を掛けるとすぐに出た。


『はいはーい。どしたん? うちがおらんくて寂しなった?』


「違うから」


 当たらずとも遠からずだ。

 寂しいが、松雪がいないせいではない。


「……澄桜(すおう)ちゃんの他にもフランの友達っていないのかなって。澄桜ちゃんならもしかしたら知ってるかもと思ったんだけど」


「あーはいはいなるほどなー。それやったら嘘つきちゃん……スズリちゃんがええんちゃうかな」


「スズリ?」


 ギルド『ユグドラシル』に所属している剣士でミサキの友達だ。

 普段から良くつるむわけではないが現実の連絡先を交換する程度には仲良くしている。

 クルエドロップと始めて対峙した時、偶然ではあったもののタッグを組んで何とか倒したことがあった。

 普段キャラを作っていることもあって嘘が嫌いなクルエドロップからは唾棄すべき相手だと捉えられていたが、最終的には強さを見せたことで認められたはずだ。少なくともある程度は。


「うん。あの子剣いっぱいつこてるやろ? あのうち何本かがフランちゃん製やねんて。たびたびアトリエで鉢合わせてたんやけど、その時言うてたわ」


「そうなんだ……」


「うちの刀とかミサキちゃんのグローブやらブーツみたいなワンオフ性能じゃないけど、調整目的にそこそこの頻度で通ってたらしいでー。だからけっこうフランちゃんと交流してたんちゃうかな?」


 他にも関わっていたプレイヤーはいるだろうが、真っ先にミサキとも関わりのあるスズリを挙げてくれたのは助かった。

 こういう配慮もできる子なのだ、クルエドロップ――松雪澄桜という少女は。


「ありがと。またなにかしらでお礼するよ」


 また殺りあおなー、と間延びした声を聴いて通話を切る。

 ……何となく、その場の勢いでお礼を約束する癖がある気がする。そのせいで自分の首を絞めているような……。


「まあ大丈夫でしょ」


 スズリに通話を掛ける。

 電子音がしばらく連続して――出ない。


「忙しいのかな?」


 と、ぴろんとチャットの着信。


『すまないが今手が離せない。何か用か?』


 文面はぶっきらぼうだが、向こうではものすごく申し訳なさそうな顔をしているのがありありと想像できた。

 キャラを演じるのも大変らしい。


『ちょっと聞いてほしい話があって』

 

『そうか……ちょっと今は厳しいから……そうだな、明日あたりギルドハウスに来てくれるか』


 その表示された文をじっと睨む。

 ギルドハウス。それはもちろん、彼女の所属する『ユグドラシル』だろう。

 隠しきれないため息が落ちる。

 あそことは以前ひと悶着……どころか五悶着くらいあったのでできるだけ関わりたくない。

 だが……。


「しかたない、か……」


『わかった。じゃあ明日の夕方当たりにまた』


 既読がついて返信が途切れる。

 『ユグドラシル』。できればもうあまり関わりたくないギルドだったが、致し方ない。

 やだなあ、と呟いて、神谷は思わず肩を落とした。


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