225.勇者への挑戦
さて、フランと関係の深いプレイヤーを集めることになったが、問題は誰に声をかけるかだ。
「うーん…………」
タウンを適当にぶらつきながら唸るミサキ。
このゲームのプレイヤーたちという”存在の軸”を失い、霧散してしまったフランを元に戻すには、彼女の記憶を持つ者たちを集める必要がある。
『アストラル・アリーナ』のプログラマー、アドマイヤの提案だ。要するに、できるだけ多く集めた方がいいということだろうか――という疑問をぶつけてみたところ、意外にもそうではないらしい。
『え、えっとね。中途半端な関わりだとたぶんいてもいなくても同じかなって……そ、それに、ティエラのことを説明するのにも困るでしょ?』
確かに、と思った。
彼女が人間ではなくTierra――電脳生命体であると知られてもいい相手でなくてはならないと思う。
ただでさえ本人がいないのだから。
一定以上の信頼が置けて、かつフランと関わったプレイヤーでなくては。
というようなことをつらつら考えていたからか、前方から歩いてくるその人物に気づけなかった。
「おや、ミサキさんじゃないか。奇遇だね」
「うわっ……」
ナチュラルな『うわっ……』が出てしまった。
ミサキの目の前で爽やかな笑みを浮かべている青年はカンナギ。
さらさらした金髪に碧眼、整った目鼻立ちにすらりと高い背丈に長い手足。
まるで絵本の中から出てきた白馬の王子様のようなビジュアルで、中身もまたそれに近いものがある。
大型ギルド『ブレイブ・クルーズ』のリーダーであり、クラスはスペシャルクラスである『勇者』。
人を惹きつけるカリスマを持つ男だ。
以前彼がフランに一目惚れをしたことをきっかけにぶつかることになって以来、ミサキはカンナギが苦手だった。
彼のギルドハウス周辺には可能な限り近づかないようにしているし、タウンを歩いているときなどにもし先に向こうの姿を見つけたら迂回するくらいだ――今回は考え事をしていたのもあって、残念ながら鉢合わせてしまったが。
カンナギのパーソナリティそのものが受け入れられないわけではない。
ただ、フランを取られそうになったことだけがその敵視の理由になっている。
「今日はどうしたんだい?」
ミサキの失礼な対応を意に介した様子もなく話を振ってくる。
こういうところが嫌いなんだよ、と内心ぶつくさ悪態をつきつつも、
「……ちょっと用事があって」
「そうか。ところでフランさんは一緒じゃないんだね」
「……………………」
「最近姿を見ないんだよ。どうしたんだろう」
まあ、気にするだろうなと思っていた。
カンナギはたびたびフランのアトリエを訪れているようだし、それがずっと留守にしているとなれば当然だ。
そのせいなのか、いつもの輝くような相貌にはいくらかの陰りが見受けられる。
もしかすると自分もこんなふうに周りからは見えているのかもしれない。
カンナギは、条件に一致している。
むしろこれ以上ない人材だろう。おそらくはミサキの次にフランのことを考えているだろうから。
想い人のことだ。心配もしているだろう。会いたくて会いたくて仕方ないだろう。
だが。
(い、言いたくない~~~~っ!)
完全に子どもじみた意地からまろび出た反発。
自分は知っているという優越感と、絶対に教えてやるもんかという意地。
絶対にカンナギを頼るべき案件なのだが、うんざりするほどの幼さが邪魔をする。
しかし、しかしだ。
(そんなことを言ってられる場合じゃ、ない…………)
そう。
フランの復活とつまらない意地。
どちらを優先するかなど考えるまでも無い。
「もしかして、君は何か知っているんじゃないか?」
鋭い。……というよりミサキが分かりやすいのだろう。
あからさまに心当たりがある様子で押し黙っていれば、それは不審に思う。
「ちょっとこっち来て。他の人に聞かれたくない」
ミサキはそう言ってカンナギの金の刺繍が施された白い袖をつまむと、路地裏へと連行した。
フランに会いたい気持ちは、カンナギもミサキも一緒だ。
「そういうことなら協力するよ」
説明を聞き終わったカンナギは、開口一番そう言った。
一切曇りのない眼だった。
「なにも言わないんだね」
「ん?」
「フランの……その、正体のこと」
「ああ。さすがに少し……いや、かなり驚いたよ。でもそこまで重要なことじゃない。少なくとも、僕にとってはね」
君はどうなんだい? とでも言いたげな眼差しに、少し苛立つ。
もちろんミサキだってそんなことは気にしていない。
ただ誰もがそう考えるとは限らないし……なによりこの男と意見が一致したことに不満を感じているだけだ。
「僕は今でもフランさんが好きだ。だから僕にできることでフランさんの復活に関与できるなら、いくらでも力を貸そう」
「それは素直にありがとう」
「下心だけどね」
「そんなのわたしだってそうだよ。別に世界を守るためとかそういうんじゃないんだから」
カンナギの言う通りだ。
ミサキもフランに会うためだけに動いている。
「フフフ。僕ら気が合うんじゃないかな」
蹴りを入れた。スネに。
タウン内なのでダメージは入らないが。
「痛っ……くは無いけどやめてくれないか」
「あなたと気なんて合いたくない」
おそらく似た者同士だろうとは思うが、それも認めたくはない。
同族嫌悪という言葉くらいミサキも知っているが、それを認められるほど大人ではなかった。
もうほんとに頭のてっぺんからつま先まで丸ごと気に入らない。底抜けに善人ではあるし、もちろん悪事を働かれたわけでもない。
ファーストインプレッションをいまだに引きずっているというのがやはり大きいのだろう。
「でも」
だとしても、彼はある意味で同士だ。
フランを取り戻したいという想いはきっとミサキに匹敵するだろうから。
「今回だけは、すごく頼りにしてる。だから……お願いね」
「もちろんだ。彼女のためなら万難を排して力になろう」
フランを取り戻す。
その一点だけに限ればこれほど信頼のおけるプレイヤーもいない。




