222.Who are you?
フランと会えないままの日が続く。
いちいち数えていないが、少なくとも一週間は経過したはずだ。
「……………………」
薄暗いアトリエのベッドに身を沈め、何をするでもなく虚空を見つめる。
ここ数日のミサキはずっとこんなふうに過ごしていた。
本来このアトリエには家主が居ないと入れないようになっているが、ミサキだけは特別に、好きに出入りできるよう設定されている。
最初のうちは深刻になることもなく構えていられた。
別にフランがいなくとも――とダンジョンに潜ったりトーナメントに参加するなどしていたのだが、それもすぐに足が遠のいてしまった。
日が経つにつれ、フランがいないことに現実感を覚え始めたのだ。
そうなるといまいち何もやる気がせず、こうして時間を無為に過ごすだけになってしまった。
今日もいない。
昨日もいない。
一昨日もいない。
ずっといない。
つまり、彼女は……このゲームを辞めてしまったのではないだろうか、と。
そう思わずにはいられなかった。
「……それにしたって、ひとこと言ってくれたら良かったのに……」
フランは何も言わずにいなくなるような子だっただろうか。
いまいちそう思えない……が、それは自分がそう思っているだけかもしれない。
マリスとの戦いが終わったんだから、やっと心置きなく遊べると思っていたのに。
だがそもそもの話、フランからの連絡手段がないということもわかっている。
『マリス・パレード』終結後すぐにこのゲームのサービスは一時休止の措置が取られた。
フランとはリアルの知り合いではない。だからその間、どうしても言葉のひとつすら交わすことができなかった。
だから、報せが無くともおかしなことではない。はずだ。
「外国から来てるみたいなこと言ってたしね」
故郷に帰ったのかもしれない。
以前は少しホームシックだったらしいし、両親に会えたならそれもいいだろう。
外国からでは日本サーバーにはログインできないから会うことはできないが、それは仕方がない。
悲しいが、仕方がない。
あれきりでお別れなのは寂しいが、それは我慢すればいい話だ。
いつか慣れる。
ミサキが、母親のいない世界に慣れつつあるように。
「そう言えばフランの故郷ってどこだっけ。前に聞いたような気が……えーとえーと……そう、フォーシントだった」
ぱちんと指を鳴らすと薄青い半透明の携帯端末が手の内に現れる。現実のミサキのスマホと同期しているものだ。
画面をフリックして検索窓に”フォーシント”と打ちこみ、検索を開始する。
だが、その結果は。
「…………あれ」
検索結果0。
全く、何もヒットしなかった。
覚え違いだったのだろうか。いや、そんな筈はない。
あの時の会話は今も耳に残っている。記憶力にはそれなりに自信があるのだ。
しかしひとつたりとも引っかからないとはどういうことなのだろうか。
マイナーな国の街なのか(マイナーな国とは)。港町だと言っていたから、それなりに外国との交流もないとおかしいはずで、そうなると少しくらい言及しているサイトなどがあってもいいはずだ。
「日本語で検索したからかな?」
綴りはなんだろうか。
そもそもアルファベットを使う国なのか。
もっと詳しく聞いておけば良かった……と今さらながら後悔する。
「その人のことを深く知らなくたって友達でいられる……なんて聞こえはいいけど、こういう時に困るんだよね」
全部今さらだ。
でもやっぱり、会えなくなるならちゃんとお別れしたかったなあ……と天井を見上げてため息をついた時だった。
「おじゃましまー……わ、ほんとにいた」
ノックもせずにアトリエに入ってきたのはラブリカだった。
リアルでの後輩で、マリスとの戦いでミサキをサポートしてくれた、頼れる仲間。
「あれ、どうしたのラブリカ」
「どうしたのじゃないですよ。翡翠さんに聞いたらここのところずっとアトリエにいるって聞いて……なにしてるんです?」
「んー……立ち直るまでの助走?」
背もたれに預けていた上半身を勢いをつけて起こす。
この子の前ではあまりだらしないところを見せたくない。
「やっぱりフランがいないと寂しいんだよね。もうしばらくしたら元気になるから待っててよ」
「それなんですけど、フランさんのことでお話があって」
「え?」
思わず首を傾げると、ラブリカはメールボックスからひとつのメールを取り出し、その半透明のウィンドウを指でつまんでミサキの目の前まで持ってくる。
「フランさんから届いたメールです。文面は空で、武器が添付されてました」
「ああ、そう言えばラブリカに作ってあげるって話になってたね」
「それはいいんです。ありがたいですけど。問題は、このメールがいつ送られたかです」
「いつ送られたって……そんなの……んん?」
受信時間を見ると、なぜか文字化けしていて読み取れない。
運営会社が変わったことによるバグだろうか。
「正確な時間についてはどうでもいいんです。問題は……このメールは確か、サービス休止するまでには届いていなかったはずなんです。そして私がこれを見つけたのは、サービス再開してすぐのことでした」
「それって……どういう」
「わかりません。でも確かなことは、このメールは……サービス休止中に送られたものだということです」
「ちょっと待ってよ。メールってゲーム内からしか送れないし、しかも送信予約とかもできないよね? だったらフランはどうやってこのメールを送ったの?」
「こっちが聞きたいくらいですよ」
そこでラブリカは言葉を切り、首を振ると再度口を開いた。
「ねえ、ミサキさん。フランさんっていったい何者……いえ、何なんですか?」
「――――……」
思えば今まで不可解なことはいくつもあった。
いつログインしても彼女はこの世界にいた。
マリシャスコートを作ったときも、メンテナンス中だったにもかかわらず恐ろしいスピードで完成させていた。それこそメンテナンス中に調合を進めでもしない限り、ありえない早さで。
今回の状況はそれと酷似している。
黒幕との決戦前、彼女はこう言っていた。
『余裕があったら今のうちにラブリカの武器も作ってあげたいのよね』
つまりあの時はまだ手を付けていなかった。
そしてその前はミサキの装備を強化していて、すぐに黒幕が出現したせいで慌ただしく戦いに臨むことになってしまった。
実際ミサキの装備は戦闘中に完成し、メールによって届けられた。
つまりサービス休止する直前、黒幕との戦闘中にはまだラブリカの武器は完成していなかったということだ。
ならばフランはいつそれを作り、メールで送ることができたのか。
これまで目を逸らし続けてきた謎が、実体を伴って目の前に立ちはだかっている――ミサキはそんな感覚に襲われた。




