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194.都市を舞う大輪の竜


 全身ピンクのツインテ魔法少女ラブリカは、山岳エリア内に新しくできた洞窟トンネルを静かに進む。

 さっきアトリエで話した二人――ミサキとフランは、なんだか子どもの教育方針で言い争う夫婦みたいだったな、なんて思う。


「夫婦……」


 自分で考えておいて少し落ち込む。

 慌てて振り払い、断られなかった安堵を噛みしめる。

 受け入れてもらえるなんて思わなかった。


 ミサキは優しいから、それこそフランのように危ないという理由で断られても仕方ないと思っていた。

 ラブリカとしても迷惑かもしれないという想いを抱えながらの訴えではあったから。


「……ううん、迷惑かけてって言ったもん」


 本当の意味で寄りかかりきるのは違うだろうが、少しくらいは――と。

 守られるだけのポジションでいたって何も変わらない。

 フランが言ったように強くならなければ、頼れる相手にならなければ。

 マリスとの戦いは遊びの範疇を越えているのだから。


 おぼろげに記憶を取り戻したものの、いまだにマリス周りは判然としない。

 思い出せないというよりは記憶自体がすっぽりと抜け落ちているといった感じだった。

 わずかにでも思いだせたのは、抜け落ちる際にこびりついた残りカスに過ぎない。

 

 唯一まともに覚えているのは、蜂のような姿になった自分が、その槍腕でミサキを突き刺したところだけ。

 よりにもよって……と文句を言いたくなる。しばらく夢に見そうだ。

 結局のところどういう経緯でマリスの素……ミサキたちが言うところの『マリス・シード』なるアイテムを手に入れたのかはわからずじまいだ。

 足がつかないための記憶消去機能なのだろうか。ミサキは別の目的があるんじゃないかと言っていたが――と。


 頭を悩ませていると光の差し込む出口が見えた。

 逸る気持ちが反響する足音の感覚を狭めていく。走って走って、そのまま一息にトンネルを飛び出した。


「ここが最近できたっていう廃都市エリア……」 


 洞窟を抜けたすぐ目の前にはファンタジー世界に似つかわしくないビル街が広がっていた。

 ただし都市といっても人の気配はなく、あちこちが崩れたり、植物に飲み込まれかかっている。

 ミサキいわく、レースイベント『ライオット』で使われたエリアを流用しているとのこと。


 ここにフランの指定したボスがいるらしい。

 

「それにしてもフランさんはどうして自分で倒さなかったんだろう」


 ビルの間に張り巡らされているひび割れた道路を歩きながら誰ともなく呟く。

 ボスがいることもわかっていて、どんな素材を落とすかもある程度知っているということは、少なくとも一度は対峙したはずだ。


 勝てなかった? まさか。

 フランが勝てないならラブリカだって到底敵わない。そんな相手をぶつけるなんて、最初から受け入れるつもりが無いのと同義だ。


 ありうる、と思った。

 フランはラブリカが仲間に加わることに反対していたからそれくらいのことはするかもしれない。


「邪推は良くない、けど……」


 実際のところフランとしてはそんなつもりはないが、ラブリカの視点からするとそういう考えに至っても仕方がないという話である。

 ただでさえ初対面の印象は最悪の一言だったのだから。


 それでもラブリカは項垂れかけた顔をぐっと上げる。

 きっとミサキならこの状況でも笑って踏み越えようとするはずだ。

 『勝てばいいんでしょ?』などと言って。


「そうだよ、勝てばいいんだから。よーし、やるぞー!」


 そうやってラブリカが元気よく拳を突き上げた時だった。

 轟音を伴う爆風がラブリカの後ろから吹き抜けた。


「きゃっ!? な、なに……?」


 おそるおそる後ろを見ても何もいない。

 困惑しながら前に向き直ろうとすると、ラブリカの足元を巨大な影が追い越す。

 

 これはもうどう考えても気のせいではない。

 空を見上げると、”それ”はビルの隙間で羽ばたいていた。


「な、なるほどー……」 


 それはドラゴンだった。

 全身を緑色の鱗に包まれた竜。その背中には赤い六枚の花弁が三対の翼としての役割を果たし、巨体を宙に留めている。

 まるで巨大な花が竜として転生したかのような姿だった。

 上空に佇んでいて詳細なサイズは計り知れないが、間違いなくかなりの大型。

 あれが自在に空を飛ぶとなれば強敵であることは間違いない。


 このゲームにおけるドラゴンというのは、同レベルの他の敵よりワンランク強くデザインされている。

 ミサキたちが初期に戦った『コスモ・ドラグーン』もそうだ。あの時点では勝つことがほぼ不可能な敵だった。


「――――『スカイブルーム』……レベルたっか」


 【インサイト】で開示した敵の情報に記載されているモンスター名を呟く。

 新規エリアのボスだけあって一筋縄では行きそうにない。


 だが怯むわけにはいかない。

 こんな普通の敵くらい倒せるようにならなければ、一緒に戦うなんてもっての外だ。

 




 姫野の去ったアトリエに、だらけきった少女が二人。

 その片方であるソファーに身を沈めていた少女、ミサキは勢いよく立ち上がる。


「やっぱり心配だから身に行こっかな……」


「だーめ。それもう五回目くらいよ」


 ロッキングチェアに腰かけふらふら揺れるフランが、心配から立ち上がったミサキを適当な調子で制止する。

  

「手伝ったりしないからさー。見るだけだってば」


「ばか。あなたそんなこと言って、実際に戦ってるとこ見たら我慢できなくなるに決まってるんだから」


「そういうフランだって心配で調合に集中できないからゆらゆらしてるんでしょ」


「…………」


「図星だ図星、やーいやーい」


「引きちぎるわよ」


「どこを!?」


 ミサキの言う通り、フランの方がやきもきしている。

 厳しい条件を出した上で、もしラブリカが果たせなかったらと考えると気が気でない。

 もしかしたら今よりもっと嫌われるかもしれない。ただでさえ当たりが強いのに……。


「そう言えばその条件のボスってどんなやつなの? 見るだけ見て帰ってきたって言うのは知ってるけど」


「一言で言えば一生空飛んでるドラゴンね」


「うわあめんどくさそう……わたしだったら絶対勝てないやつじゃん」


「そうね、こちらの手が届かない高度で滞空してることが多いから効果的な攻撃がかなり限られてくるのよ」

 

 飛び道具を持たず徒手空拳でしか戦えないミサキからすれば天敵だ。

 文字通り手も足も出ない。


「だからその時の手持ちアイテムじゃ勝てないと思って帰ったの。また今度行こうと思ってそのままにしちゃってたけど」


「…………勝てるかな、ラブリカ」


 後輩の行く末が不安になってきたのか心配そうに指を遊ばせるミサキを見て、フランは気づかれないように笑う。

 本当にわかりやすい子だ。 


「確かにあのボスは強いけど、それくらいの困難は跳ねのけてもらわないと。ラブリカは決して弱くないわ。だから最後に勝敗を決めるのは精神力とかになるでしょうね」


「……やっぱり気になる。ちょっと見て――――」 

 

「六回目」


 見守ることも許さない。

 これはあの子だけの戦いなのだから。


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