173.face to face
タッグトーナメント当日、ミサキとフランはエントリーのためにアリーナを訪れていた。
アリーナのロビーは意外にも喧騒に満ちている。
「うー……」
「そわそわしない。ほら行くわよ」
この期に及んでまごつくミサキの袖を引っ張り連れ立って歩き出す。
すると周囲のプレイヤーが二人に気づき、にわかに活気が増していく。
「お、あいつらも出るのか!」
「やっぱタッグならあの二人がいないとな。仲いいし」
「ふうん……フラン様が引っ張る側なんだ……ふうん……」
「羨ましい……」「どっちが?」「どっちも」
じわっ……と謎の(若干気持ち悪い)熱気を浴びながら歩くとひとりでに人混みが掻き分けられ、道ができる。
澄ました顔で受付にたどり着いたフランは小脇にミサキを置きながらエントリー手続きを終える。
「ほら、いつまで唸ってるの」
「ほんとにやるの……?」
「もちろん。というかあなた、本気で拒絶する気があるならとっくに逃げ出してるでしょう」
「…………」
確かにフランの言う通りだ。
本当に嫌ならここに来なければいいし、そもそもログインしなければ済む話だ。
それでもわざわざここに来たということは戦意の証明になる。
ミサキだって本音を言えば戦いたい。
だって、好きだったのだ。誰かと競い合うのが。
それは簡単には変わらない。
それでも自分が今までしていたことが独りよがりでしかなかったのではないかという疑念が、どうしても剥がれ落ちてくれない。
「とにかくやるのよ。細かいことは考えず、とりあえずは目の前の敵に勝つことだけを考えてね」
「…………うん」
「それでもモヤモヤするならあたしの報酬のために戦うって考えなさい」
そう言って笑うフランに頷きを返す。
余計なことは考えない。とにかくやるべきことをやるだけだ。
そういうのは得意な方だから。
フランはいい子だとミサキは思う。
今だって自分のことをよく考えてくれている。
ミサキはあまり現場に居合わせたことはないが、アトリエに来る客の悩みなどを聞くことも多いらしい。
ある日タウンですれ違ったプレイヤーに、フランさんにはお世話になってますと話しかけれらたことも一度や二度ではない。
そのことを彼女に話すと、
『前は他人の事なんてどうだって良かったんだけどね。ほんとよ?』
とはにかんでいた。
照れ隠しではないと思う。出会った時から少なからず変わったのだろう。
それをもたらしたのが何かはミサキにはわからないが、良い変化だと思う。
そうやってフランがみんなに愛されつつあるのが素直に嬉しい。
そして、そんなフランだからこそミサキはこの場にいるのだろう。
逃げ出さず、彼女の意志に従って。
高速で駆け回るミサキは敵の視界から外れた瞬間、猛烈な拳撃を炸裂させる。
大柄な鎧男のタッグの内、片方が吹っ飛ばされるともう片方に激突し、もつれるように倒れ込む。
重い身体をなんとか起こそうと空を仰ぐと、そこには無数の爆弾が降り注ごうとしていた。
「「う、うわああああーーーっ!」」
断末魔と共に大爆発が巻き起こり、決着する。
これで二回戦突破。今のところ特に問題なく勝てている。
ミサキはもちろんだが、フランも結構な強さだ。並大抵の相手では太刀打ちできない。
漂う砂塵とともに表示される『WIN!』というホログラムを見上げる。
勝利に高揚しそうになるのを静かに抑えながら、倒れた対戦相手を見ると声までは聞こえないが悔しがっている様子だった。
立ち上がり、なにか言葉を交わす二人を見ていると、「行きましょう、ミサキ」と背中に声が投げかけられる。
ミサキは緩慢な動きで頷くと、控室へのワープゾーンに足を踏み入れた。
一瞬意識が空白になった後視界が切り替わる。
いつ見ても簡素というか、悪く言えばしょっぱい出来の内装だ。天井も壁も床ものっぺりと青白く、窓のひとつもない、グラフィックの手間をできる限り省いたようなデザイン。直接どこのエリアにも繋がっていないので当然といえば当然ではあるが。
普段はすぐに次の対戦が始まることも多いので気にすることはないが、よく考えるとこんな場所に長時間いたら精神に異常を来たしそうだなとミサキは思う。
今度白瀬に進言してみるのもいいかもしれない。
などと現実逃避をしているといきなり肩を叩かれて思わず跳ねる。
「うひゃあ!」
「なにぼーっとしてるの?」
「い、いやなんでも……」
誤魔化すように早足で歩き、壁から突き出た長椅子に腰を下ろす。
それでもフランの視線からは逃れられず、じっと見つめる彼女から逃げるように目を逸らした。
「楽しくない?」
「んん…………」
迷った末、無言で頷く。
そんなミサキをどう思ったのか、「そう」と短く返したフランはミサキの隣に座る。
「…………」
「…………」
無言の時間が続く。
フランはどういうつもりなのだろうか。
なぜこの大会に誘ったのかも、結局ちゃんと聞けていない。
「…………ぁ」
気づくと片手が震えていることに気づいた。
慌ててもう片方の手で覆い隠すもそちらの手も震えている。
「どうしたの」
「……ううん」
「震えてる…………」
慌てたのが仇になり、気づかれてしまった。
手の甲を滑るフランの視線から逃れようと両手を胸に抱き、震えよ止まれと祈ってみるもそう簡単には治まらない。
こんなところまで精細にリアルを再現しなくてもいいのに、とこの時ばかりは製作者の技術を呪った。
そんな時、ミサキの両手に温かなものが触れた。
フランの手が添えられていた。
「勝つのが怖い?」
穏やかな問いかけに、また無言で頷く。
そう、怖い。この拳で誰かを傷つけてしまうのが。
今までは対マリスを始めとした避けられない戦いを嫌っていた。
しかし逆に、それに関しては割り切ることができた。必要な戦いなのだから、そして勝たなければならない戦いだったから、勝利だけを考えてこの手を握りしめることができた。
そして、それ以外の戦い。
つまり、趣味……楽しむための戦い。
実力を確かめ、ぶつかり合い、ひたすらに強くなるため、そして楽しむための戦い。
ミサキはそんな戦いを好んでいた。
だが、今はそれが完全に裏返った。
楽しむための戦いが誰かを悲しみに陥れかねないものだと知ってしまった今、どうしても戦うことに躊躇いを禁じ得ない。
独りよがりで、自分勝手。
自己という像がそんな愚かな形へ歪んでいく。
「……フランはさ」
「ん?」
「甘えんなって、上から目線で勝手に憐れむなって言ったじゃん」
「言ったわね」
「あれ、ほんとその通りだなって思ったんだ」
傲慢だった。
自分が楽しんでいるのだから、向こうも同じ気持ちのはずだと。
もっと言ってしまえば、誰しもが自分と同じレベルのはずだという謙虚な自尊心が存在した。
それが違うとわかって勝手に落ち込んで……そうして落ち込んでいる現状もまた、自分の傲慢さに由来するものだった。
そんな自己を認識し、暗澹たる思いに苛まれる。
「何にもわかってなかったんだね、わたし」
消沈した様子で項垂れる。
そんなミサキを目の当たりにしたフランは、
(やっばー……完全に言い過ぎたわ。どうしましょうこれ)
ものすごく焦っていた。
勢いで発破を掛けた結果、予想外にどん底まで落ちてしまったミサキを見つつだらだらと冷や汗が流れるのを感じる。
背中を叩くと背筋が伸びるタイプではなく倒れてしまうタイプだったらしい。
それなりに濃い関わりを続けていると思っていたが、思っていたより気分が落ち込みやすいタイプだったらしい。
以前自殺未遂したことがあると笑っていたが、こういうことだったのだろうか。
(――――でも)
やることは変わらない。
この大会に連れてきたのは、徹頭徹尾ミサキのためだ。
彼女に元気を取り戻してほしい。いつもみたいに楽しそうに笑っていてほしい。
フランは今、それだけを願っていた。
「大丈夫よ。きっとまた笑えるようになるから」
自信に満ちたフランの笑顔に、立ち直れないながらもなんとか頷く。
あと三度勝てば優勝だ。
例によって他のエントリー者は誰だかわからないが、とにかく全力でぶつかっていくしかない。
しかし、まだ勝つこと自体を割り切れないままだった。




