170.ひとりよがりひとりぼっち
強くなるのが楽しくて。
試合をするのが楽しくて。
でも、相手はそうではなかった。
「…………」
ミサキは草原エリアの小高い丘に座り込み、ぼうっと景色を眺めていた。
いや、彼女の瞳は何も映していない。その思考だけがひたすらに内へ内へと潜り続けている。
しのぎを削り、競い合う。
ミサキはそれを何より楽しんでいたが、それは勝者の驕りでしかなかったのかもしれない。
負けても楽しいなどというのは、負け続けたことのない者の傲慢だったのだろうか。
「ばかだわたしは……中学の時からなんにも変わってない」
ミサキがバスケ部だったころ、恵まれた才能とたゆまぬ努力によって部の和も友情も全てを壊してしまったことを思い出す。自分の”楽しい”ばかりを追い求めた結果、仲間から見放されてしまった。
あんな失敗はもう二度とすまいと誓ったはずなのに。
『なんで勝てない……! なんでアタシはあいつに……ミサキに勝てないんだ……!』
苦しげに吠え、自らを痛めつけるように戦うエルダの姿が焼き付いて離れない。
何が楽しいだ。楽しかったのは自分だけ。独りよがりで、未熟。
顔を膝に埋めてみても、目の前が暗くなるだけで現実が変わることもない。
みんな楽しく。
ミサキはそんな子どもじみたモットーを掲げてゲームをプレイしている。
マリスと戦っているのもそのためだ。
なのに、自分自身がそれを害してしまっていた。
『負けたから今度は勝ちたいって思ったんだ』
『そうだよ。お前に負けてからずっと勝つことしか考えてなかった』
そう言って笑ったエルダは、その時からあんな想いを抱いていたのだろうか。
そのやり取りを思い出すだけで胸が締め付けられるように痛む。彼女の言葉を永遠だと無邪気に信じていた。
何がこれ以上どうやって強くなればいいんだろう、だ。
あれからミサキは誰とも試合をしていない。
モンスターと戦うこともしなくなった。
それでも習慣のように、あるいは帰巣本能のようにゲームにログインをして、しばらく呆然とする毎日がここ数日続いている。
考えたって何が変わるわけでもないのに。
知り合いと会うことは可能な限り避けている。こうしてゲームにログインしているのも、同じ寮に住んでいる翡翠たちと顔を合わせる時間を減らすためだったのかもしれない。
ここ最近はアトリエにも足を運んでいない。
フランには心配をかけているかもしれない。しかし今の状態で顔を合わせれば、もっと気を遣わせてしまう。
ここまで落ち込んでしまっているのは、その寂しさも合わさってのものだった。
「…………もう戦わない方がいいのかな」
特に対人戦は。
今になってフランが対戦を避けていた理由が分かったような気がする。
勝つということは相手を負かすことなのだという至極当たり前のことを、理解したつもりになっていた。
本当はこうしてショックを受ける資格すらないというのに。
そうして自傷行為のごとく打ちひしがれていると、草を踏みしめる足音が近づいてくる。
「あなたは……」
「え?」
聞き覚えのある声に思わず顔を上げると、つい最近嫌と言うほど見た顔があった。
青く長い髪に、軽鎧を纏った騎士のようないで立ち。口元は生真面目そうに引き締められている。
「あ……ユスティア」
ギルド『ユグドラシル』のリーダー、ユスティア。
フランのアトリエの存亡をかけて戦った相手だ。
しかし今となっては、彼女もまたミサキが”勝った”相手。直視できず、顔を背けてしまう。
「探しましたよ」
「どうして?」
「改めて謝罪をと思いまして」
そう言えばライラがそんなことを言っていた。
律儀な人だ。
「真面目ってよく言われるでしょ」
「……どうかしたんですか……?」
以前会ったときとはまるで別人のようなミサキの態度に思わず怪訝な表情になる。
あの輝くような強さが完全になりを潜めていた。
「…………何も。自分の足らなさを改めて思い知っただけだよ」
そのいじけたような物言いに、ユスティアのまなじりがきりりと吊り上がる。
それを見たミサキはわずかに口元を緩めた。
厳しさを含んだ視線が今は心地いい。いま優しくされたらきっと崩れてしまっていた。
おそらくはそれを自覚していたから知人と会うのを避けていたのだろう。
「だからこんなところにいたというわけですか」
「うん。しばらく誰にも会いたくなくてさ」
ユスティアはおもむろにミサキの隣に腰かける。
綺麗な体育座りだ。
「だったらどうしてここでこうしているんですか。誰にも会いたくないならもっと……森林エリアだとか、洞窟だとか、もっと人目につかない場所があるでしょう。なのにあなたはこうしてタウンから近い草原に佇んでいる。矛盾してますよ」
「……ほんとだよね。ユスティアの言う通りだ」
ぐうの音もでない正論。
本当に、その通りだとしか言いようがない。
どうしたってミサキという人間は、誰よりも寂しがりやなのだと。
「結局さ、こうしていじけて……誰かに見つけてほしかったんだろうね」
「……あの錬金術士の方が心配していましたよ」
「…………っ、会ったんだ」
咎めるような声色に怯む。
フランの顔を思い出すと胸が締め付けられる。彼女はきっと会えない間ずっと案じていてくれたはずだ。
うぬぼれではない、今までの付き合いからそれくらいはわかる。
「わたしは――――」
何かを言おうとした声は、けたたましい通知音で遮られる。
同時にこの世界のマップが自動的に眼前へと展開され、特定の地点が赤く点滅する。
マリスが出現した証だ。
ミサキはわずかに躊躇ったあと、意を決して立ち上がる。
「ごめん。わたし行かなきゃ」
その言葉だけ残して、ユスティアの返答を待たずに勢いよく地面を蹴って駆け出す。
落ち込んでいようがいまいが、マリスは誰かを脅かす。
当たり前の事実は畳みかけるようにミサキの心を蝕んでいく。




