165.クライマックスラストファイナル
「団体戦ってよりは四天王戦って感じだったね」
「あ、それ言っちゃうんですね」
『ユグドラシル』との団体戦を終えた次の日。
参加した四人は、守ったアトリエでささやかな祝勝会を開いていた。
ミサキと翡翠がとりとめのない会話をしていると、テーブルに広がる料理や飲み物を楽しんでいるアカネが口を挟んできた。
「そうなるとあの黒ネバがチャンピオンになるわね」
「えー、それはやだなあ……」
「四天王ってなに?」
ワッフルを頬張るフランが首を傾げる。
改めてなにと聞かれると困るな、とミサキも同じく首を傾げた。
「……まあそれはいいとして。とりあえず丸く収まって良かったよね。あの後ユスティアたちも改めて謝りに来たし」
「そうね。結局あの子もマリス被害者だったわ」
感染はしていなかったものの、所持しているだけで影響を受けていた。
むしろあれだけで済んでいたのにフランは驚いた。似た症状のラブリカの時はもっと激情をあらわにしていたから。
最近はマリスに関する情報が増えない。というのも黒幕が尻尾を出さないからだ。細々とマリスを撒くだけで何か大きな事を起こすでもなく潜伏し続けている。
大っぴらに活動できなくなった理由があるのか、それとも何か意図を含んだ行動なのか。
「それにしても、すぐに感染させず懐に忍ばせるだけに留まったのはどういうつもりなの?」
気になっていた質問を投げたカーマは行儀悪く足を組みながらケチャップをたっぷり付けたポテトを口に運ぶ。
ただ暴れさせるだけなら忍ばせるのではなくその場で感染させてしまえばよかったのだ。
それを聞いた翡翠は少し考え込むそぶりを見せると、ぱっと顔を上げた。
「例えば、感染させてマリスにしちゃうとすぐに嗅ぎ付けられて倒されるから、精神汚染に留めて引っ掻き回させた……とか」
「それじゃん。でも……」
ならその引っ掻き回すというのはなんのために行われた?
敵の動向が読めない。水面下で何かが進行している、嫌な予感だけが横たわっていた。
そんな停滞した空気をひとつの通知音が遮った。
ミサキは視界の端に目を向けると、手紙マークが揺れていた。メールだ。
「誰だろ」
空中に指を動かして開封する。
宛名と内容に目を通し、ああ、と小さく声を落とした。
「どうしたの?」
「ごめん。ちょっと行ってきていい? しばらく帰って来なかったら勝手に引き上げていいから」
「いいわよ別に。三人で楽しんでおくわ」
遠慮のない物言いに苦笑いしたミサキはアトリエを後にした。
木漏れ日降り注ぐ森林エリア。
その中央に存在する、木が生えておらずぽっかりと空いた広場にその少女は佇んでいた。
「スズリ」
広場に到着したミサキがその名を呼ぶと、巫女風の装備を身にまとう白髪の少女が振り向いた。
スズリ。ミサキの友人で、『ユグドラシル』のメンバーでもある。
彼女はずっと自分のせいで今回の騒動が起きたのではないかと気に病んでいた。
どう顔向けすればいいのかもわからず、団体戦が始まってからもミサキたちに会いに行けもせず。
「ミサキ……まさかすぐ会いに来るとは思わなかった。用事とかはなかったのか」
「……んー、まあ大丈夫。今はこっちの方が大事かなって」
祝勝会は大切だが、彼女たちとはいつでも会えるし遊べる。
それよりも今はスズリを優先すべきだと思った。おそらくはずっと思い悩んでいたはずだから。
こうして会って話さなければ彼女はどうやっても解放されないだろう。
「……そうか。ありがとう」
ふーー……と長く息を吐き、瞑目する。
しばらくそうした後、意を決したようにミサキを見据えた。
「迷惑をかけた身で不躾だが頼みがある。どうか私を殴ってはくれないか!」
「わかった!」
「いだぁっ!!??」
あまりにも早いパンチ。
もはや食い気味に放たれたその右ストレートはまっすぐにスズリの頬を捉え、容赦なく吹っ飛ばした。
一切迷いのない拳だった。
草むらにごろごろと転がりよろよろと起き上がったスズリは信じられないような表情でミサキを見上げる。
「い、痛いよ! というか速すぎるよお!」
「えーだって殴ってって言うから……」
「ふ、普通躊躇ったりすると思うんだけど……そ、その間に心の準備しようと思ってたのに……」
スズリは普段毅然とした剣士として活動している。
基本的にその仮面を剥がすことはないのだが、ミサキの前でひどく動揺した時などは、このおどおどしたもうひとつのスズリが顔を出す。
ミサキは座り込んだスズリの傍らにしゃがみ込み、顔を覗き込む。
「あのね、わたし別に怒ってないよ? 迷惑とかでもないし、そもそもスズリのせいだとも思ってないんだ」
「で、でも私がきっかけで……」
「違うってば。……気にしてないよって許すのは簡単だよ。でもそれじゃスズリはモヤモヤしたままになるでしょ」
だからこうだよ。
そうミサキはぶんぶんと拳で風を切る。
つまりスズリのための行動だったということ。
そもそもここに来たこと自体がそうだ。
「……すごいね、ミサキちゃんは」
「あは。なかなか友達甲斐があるでしょ」
「あ、ありがとう。言った通りなんだかすっきりしたよ……痛かったけど」
頬をさすりながらも笑うスズリに笑い返す。
きっともう大丈夫だろう、とミサキは内心胸をなで下ろす。
これでようやく本当に一件落着という感じだ。
「そうだ、せっかくなら今からバトルしない? 思う存分戦ってすっきりしようよ」
そう言って差し伸べられた手を、スズリはしばしぽかんと見つめる。
楽しそうに笑うミサキを見て頷くと、その手を取って立ち上がった。
「望むところだ!」
気が付けば普段のスズリへと戻っている。
どこからともなく六振りの剣を取り出して、戦闘準備を完了した。
相対するミサキも握りしめた拳を構える。
「よし、じゃあ――はじめ!」
掛け声とともに飛来した二振りの剣を手の甲で弾き、スズリへと肉薄する。
スペシャルクラス『極剣』。複数の剣を同時に使える能力を持っている。
現在は両手で二本、そして空中に浮遊する四本で合計六本だ。
スズリの意志に従い随意飛行する剣が変幻自在の動きでミサキを襲う。
「軌道がわかりにくい……だけど!」
素早く蹴りで捌いたミサキに、スズリが迫る。
振り下ろされた両手の剣を、腕のグローブでまとめて受け止める。
「…………はは!」
「あはっ!」
屈託なく笑いあう二人。
その後しばらく森の中には、拳と剣のぶつかる音が響き続けていた。
いつの間にか日が落ちていた。
この世界は太陽の動きが現実に比べて速いが、それを加味しても結構な時間が過ぎている。
「…………何試合くらいしたっけ」
「1、2、3……十試合くらいかな」
「けっこうしたねえ……勝率は……まあいっか。あー疲れた。もうわたしログアウトするよ」
「私もそうするよ……」
ぐったりした様子で横たわりながらメニューサークルを呼び出し、操作する二人。
『Log Out』の表示に指を伸ばそうとして、スズリはその手を止める。
「今日はありがとう」
「ん。わたしも楽しかった。またやろう」
「ああ」
草むらに寝た状態で拳を合わせ、今度こそログアウトを決定する。
青い光に包まれて、二人の姿は完全に消えた。
もう彼女たちの間にしがらみは無くなっていた。
これで八章は終わりです。お付き合いくださった方、ここから見てくれた稀有な方もありがとうございました。
いつもブックマークや評価、感想など本当に助かっております。モチベーションの源です。
話全体としては折り返したと思うので、良ければ完結までお付き合いいただけると嬉しいです。
それでは!




