157.団体戦-S to T
控室に戻ってきたライラックが見たのは、思わずと言った様子で立ち上がるユスティアの姿だった。
「ごめんねユスティアさん。ライラ負けちゃった…………」
申し訳ない。
せっかく選んでもらったのに――そんな悔恨が募る。
しかしその一方で、どこか晴れやかな気持ちでもあり、相反する気持ちがライラックの心中で渦巻いていた。
ユスティアは俯く仲間の前にしゃがみ込み、その手を取る。
「……大丈夫。あなたは良く戦ってくれました」
「そうだよ~。別人かと思っちゃったもんボク」
健闘を称えるリーダーに同調するピオネ。
そんな柔らかな空気に戸惑うライラックだったが、責められているわけではないとわかり、肩の力を抜く。
そうすると、どっと疲れがのしかかってきた。ふら、と足元が揺らぎ、なんとか椅子に座り込む。
「だ、大丈夫ですか?」
「……うん、ライラは大丈夫、だよ」
そう言って力なく笑う姿にユスティアは少し目を見開く。
彼女の笑顔を見たのはこれが初めてだった。
この試合が、それほどライラックという少女を変えたということか。
内心驚きつつ、それを表に出さないよう努める。
「……お姉ちゃんは……見てくれた、かなあ……」
小さくつぶやき瞼を閉じると、そのままかすかな寝息を立て始める。
ゲーム内で疑似的な睡眠をすることは可能だが、基本的にプレイ中眠くなった者は誰しもログアウトして現実で眠る。
その前に寝入ってしまったのは、つまりよほど疲れていたのだろう。
「しばらく寝かせてあげよ。どうせログアウトは本人しかできないし」
「ええ」
ユスティアが声を潜めて頷くと、控室に転送されてくる者がいた。
青黒の軽装を纏った少女、リコリスだ。
軽く室内を見渡して、寝落ちている妹の姿を見つけた。
「…………」
「残念。いま寝ちゃったよ。見てた?」
「…………ああ」
気迫すら感じる戦いぶりだった。
試合中に対戦相手と言葉を交わしていたようだったが……そこまで音を拾ってくれはしないのでどんな話をしていたのかはわからない。
ただ、ライラックの顔がアップになった際、口の動きで少しだけ何を言ったかは理解した。
それは彼女がリコリスの前で最も口にしていた単語だったから。
「お姉ちゃん、か…………」
ライラックは徹頭徹尾そのために戦っていたのだ。
妹は少し変わった。なら自分もそうなる努力をしなければいけないのかもしれない。
「リコリスさん、妹さんは……」
「はい、わかっています。まだ難しいですが……いつかきっと向き合いたいと、そう思っています」
「……そうですか」
部屋に落ちる沈黙。
それを破ったのはピオネの立ち上がる音だった。
オーバーオールの肩紐を直し、朗らかに笑う。
「よーっし! 次はボクの番だね」
「あ……」
意気揚々とワープポイントへ向かうピオネだったが、背後で聞こえたか細い声に振り返る。
そこではユスティアが気まずそうに顔を逸らしていた。
「ユシー? どうしたの」
「その……こんなことをいまさら言うのはおかしいってわかってるんです、でも……」
そこで一度黙り込む。
ピオネが視線で促すと、詰めた息を吐き出すようにして口を開いた。
「私は、本当に正しいのでしょうか」
「ユスティアさん……」
「リコリスさんもごめんなさい。でもこれまでの二戦を見て、わからなくなってしまったんです。不正をするような人のために、ここまで真剣に戦う人がいるのかと……」
それを確かめるのが目的だ、とは言った。
しかしそれは建前に近い。自分の言い分は絶対的に正しく、ならば間違っているのは向こうだと信じていたから。
しかしもともと自分に対して一抹の疑いは持っていた。そんな小さなシミが、だんだんと広がりつつある。
何か大きな思い違いをしているのでは、と。
「ユシーは正しい」
「ピオネ……」
「絶対に正しいんだ。昔からそうだったんだから」
ピオネは力強く断言し、今度こそワープゾーンへと足を踏み入れる。
全身を包む光の中で、誰にも聞こえないようにもう一度呟いた。
「…………正しいんだよ、花凛は。ボクがそれを証明してみせる」
青い光が消えるとともに、転送が完全に終了した。
少し時間は戻って、ミサキ連合軍の控室。
転送を終えて戻ってきた翡翠は静かにひとつ息をついた。
「お帰り翡翠。さすが!」
抱き着いてきたミサキを受け止め、ご満悦といった様子で受け止める。
とにかく勝ててよかった、と安堵した。
「危なかったですけどね」
「……ま、思ってた何倍も強かったのは確かね」
一歩間違えれば充分に敗北の可能性があった。
とっさの対処が功を奏し、加えて相性の良さに助けられた感は強い。
あとの二人も匹敵ないしそれ以上の力を持っていることは想像に難くない。
「最初はミサキさんの冤罪を晴らすために戦うつもりだったんですけど……なんだか途中から目的が変わっちゃいました」
翡翠はライラックを見過ごせなかった。
あの在り方に、かつての自分を見てしまったから。
一瞬でもミサキのことを忘れてしまうほどに。
「……そうね。あたしもよ」
カーマもまたリコリスの在り方を看過できなかった。
だから翡翠の気持ちに少しだけ共感できる。
「ま、とりあえず勝てたことを喜ぼうよ。喜ぼうよっていうか勝ってくれてありがとうって感じだけど……おわ!?」
えへ、と照れ笑いをするミサキを担ぎ上げたかと思うと、そのまま椅子に座った翡翠は膝に座らせた。
そのままぬいぐるみのごとくホールドし、所有権を主張する。
「ちょっとなになになんなの……後頭部に硬いのぐりぐりしてる! おでこ!?」
「ん~~~~~! 言ってくれたら誰にだって勝ちますよ私たちは! ねえカーマちゃん!」
「いやあたしは違うけど……」
何が琴線に触れたのか、いきなり甘え始める翡翠に辟易するミサキだったがすぐに順応する。これくらいは慣れているのだ。
抱きしめられながらミサキはぐっと拳を握りしめる。
「とにかく!」
「とにかくでいいの?」
「とにもかくにも! あと二戦だよ! がんばろー、おー!」
あとは残すところ副将戦と大将戦のみ。折り返しだ。
勝つことができればきっとユスティアも考えを改めてくれるはずだと信じて戦うしかない。
というかそうでないと困る。
「じゃあ、あたしの出番ということで……行ってくるわ」
「頑張って。きっと勝てるよ」
「……勝つわ。何があっても」
決意のこもった力強い声を残し、錬金術士の少女は青い光に消えた。
フランならきっと勝てる。あの子が本気になれば誰も敵わないとミサキは信じている。
「でさ、わたしはいつまでこうしていればいいの?」
「次の試合までです♪」
抱きしめられるミサキは諦めたように力を抜いた。




