152.SECOND:愛抱く者
ミサキ連合控室。
モニターで試合の様子を観戦するミサキが唐突に口を開いた。
「わたし、前に自殺しようとした時があってさ」
「うん。…………えっ?」
フランは相槌を打った後、思わずミサキを見る。
あまりにも自然に言うものだから流しかけたが、今何と言った? 自殺?
物騒で、ミサキからはかけ離れた単語に混乱する。
カーマは知っていたのか一瞥するくらいであとは無反応、ミサキの方も何でもないことのように続きを話し始める。
「その時に助けてくれたのが翡翠なんだけど、」
「ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って。ちょっと……待って」
「どうしたのフラン、なんでそんなにちょっと待ってコールするの」
「いや……え? あたしがおかしいの? なんでそんな事平然と話してるのよ」
「まあまあ、昔の話だから」
昔と言いつつ、実際はほんの半年前のことである。
椅子に座って頬杖を突いているカーマが『あたしはまだまだ許してないんだけど』と呟くと、ミサキは申し訳なさそうに苦笑した。
「その時止めてくれたのが翡翠だったんだ。もうほんとに怖くて……『止めてくれてありがとう』とかなんとかいい感じのこと言いつつ、もう絶対この子を怒らせないようにしようって思ったもんだよ」
そして今、モニターの向こうではその”怒った翡翠”が戦っている。
敵に回すと恐ろしいが、味方なら頼もしい。だから安心して任せられる。
だがそんなことをいきなり聞かされたフランとしてはたまったものではない。
「…………いつかくわしく聞かせてもらうから」
ジト目で睨むフランだった。
双銃を操る翡翠と棺桶から様々な重火器を放つライラックの試合は、当然のように激しい銃撃戦の様相を呈していた。
「【禍骨】……!」
「【ホーネット・バレットストライク】!」
棺桶から撃ちだされた無数の骨型ミサイルと、双銃から放たれる針の弾幕が空中でぶつかり、爆散する。
激しい爆風に煽られながら、双方は距離を保ったまま戦場を駆ける。
先ほどの先鋒戦の空中足場ステージとは打って変わり、今度はいたるところに多種多様なサイズのブロックが設置されている。これを障害物として活用することを想定されているのだろうが、ヒビが入っているところを見るとこれらはすべて破壊可能オブジェクト。つまりこれで攻撃を防ぐと……。
「うわわ……!」
隠れて翡翠の弾丸をやり過ごそうと思ったライラックだったが、何発か受けたところでブロックが爆散し慌てて転げ出る。
耐久力はお世辞にも高いとは言えない。普通に戦っているだけでも流れ弾でブロックは砕け、そのうち更地になってしまいかねない。
とっさの緊急回避には使えるが、籠ることはできないといった塩梅か。
(……あの人、命中精度がおかしい……)
このゲームの射撃武器にはある程度のエイムアシストが付いているが、それはあくまでも”ある程度”の域に収まるものだ。結局は自分の目と手で狙わなければならない。
だというのに、翡翠の射撃は凄まじい精度を誇っている。
動けば動いた先に弾丸が置かれている。
こちらの放った弾丸は的確に撃ち落とされる。
これはもう、クラス固有のパッシブスキルか何かでロックオン機能が付与されているとしか思えない。
「……うん、うん、そうだよねお姉ちゃん。こっちの弾が落とされるなら、触れられない弾を撃てばいいんだよね」
執拗に狙ってくる弾丸をなんとか凌ぎ切り、棺桶を勢いよく地面に突き立てると、その蓋が耳障りな音を立てて開いていく。
「反撃、いくよ……」
見据える先には次弾を放とうとしている翡翠がいる。
実際のところ。
翡翠がロックオン機能を搭載しているかというとそんなことは全くない。
【弾丸判定拡大】や【エイムアシスト強化】といった命中率を補助するパッシブスキルは付けているものの、バランスブレイカーとなることを危惧されたのかこれらの効果量は雀の涙だ。気持ち程度でも無いよりはマシ、くらいである。
つまり、この命中精度はほぼほぼ彼女の技量による。
平凡な翡翠の唯一突出した技能がこれだ。単純に狙いが極めて鋭いのが要因ではあるが、それ以外にも高い観察力、および洞察力。相手が次にどう動くのかを予測し、そこを狙う。
だからこそ相手の技を見てから撃ち落とすことができる。
「【幽雨】……」
ライラックが棺桶の背を叩くと、怨霊の集団が飛び出した。
両手では数えきれないような数。しかし弾速はそこまででもない。
ならば再び撃ち落とすまでだ、と翡翠はスキルを発動させる。
「【ホーネット・バレットストライク】――――っ!?」
放たれた針のような弾丸は迫りくる怨霊を正確に撃ち抜く――はずだった。
着弾し、撃ち落とす。想定していたのはその光景。
しかし全ての弾丸は怨霊をすり抜け、空へと飛んで行った。
とっさに回避行動を取ろうとするものの、足が動かない。
技後硬直。撃ち落とす前提の動きをしたことで、迫る怨霊を避けきれない。
「でもこれくらいなら何とか……」
しかし、念のため硬直の短いスキルを使用したことが功を奏した。
当たる直前で何とか身体をひねり直撃は回避できた。
だが地面へ着弾した怨霊は爆発を起こし、翡翠を大きく吹き飛ばす。
「ぐうっ!」
地面を転がる翡翠へ残りの怨霊が襲い掛かる。
その直前、何とか近くのブロックに隠れて犠牲にすることでやり過ごした。
(…………そういえば聞いたことがありますね)
もうもうと上がる砂塵の中、翡翠は思い出す。
このゲームの射撃系スキルには実弾とエネルギー弾の二種類がある。それらは同じ弾種でなければ相殺できないという話だ。
知っていたはずなのに活かせなかった。翡翠はこれまで対人戦をほとんどしたことがなく、その経験の浅さが出てしまった。
だがからくりが分かればどうと言うことはない。そう考え銃を構えなおそうとしたが――砂塵を破って間近まで接近してきたライラックの姿に一瞬フリーズする。
じゃらじゃら、と鎖の音がした。
棺桶に繋いだ鎖を握りしめ、ライラックはチェーンハンマーのごとく振るおうとしている。
「――――そうだよねお姉ちゃん。この人がすごい命中精度を持ってるなら……近づけばいいんだよね!」
視界をほとんど埋める、迫りくる棺桶にとっさに弾丸を打ち込むも、勢いは衰えない。
「かはっ……」
直撃。
再び転がされる翡翠に向かって、ライラックは新たなスキルを発動させる。
「【破骸】」
棺桶から生み出されたのは直径2mほどのしゃれこうべ。
それが倒れた翡翠に襲い掛かり、目前で大爆発の規模を巻き起こした。
棺桶の影に隠れて爆風を防ぎながら、ライラックはぶつぶつとつぶやいている。
「勝つ……勝たなきゃ……勝てばお姉ちゃんは私を愛してくれるんだよね……きっとそうだよね……」
『ユグドラシル』控室。
試合をモニターで観戦していたピオネがぽつりと呟いた。
「ねえユシー」
「なんですか」
モニターから視線を外さず、ユスティアは返す。
「あの姉妹をギルドに揃えたのって、偶然?」
その質問に。
しばしの沈黙が降りた。
「正直、見てると辛いときがあるよ。あんなの健全な関係とは言えない」
「……半分偶然で、半分は意図しました」
ユスティアだってあの姉妹の在り方が正しいとは思っていない。
どちらも傷つくばかりで、痛ましい。
それでも一緒にいれば何かが変わるのではないかと、そう祈っているだけだ。




