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149.青い彼岸花


 あたしの家庭は四人家族だった。

 ママ、パパ、お姉ちゃん、あたしの四人。

 『だった』というのは過去形だからだ。あたしの――カーマの、アカネの、初瀬紅音(はつせあかね)の家族はもういない。

 

 ……ま、強いて言うなら今は寮の奴らが家族かも。特に寮長の北条には本当に良くしてもらっている。

 

 そんなあたしだから家族は大事だ。

 特にお姉ちゃんは、あたしの自慢だった。

 綺麗で、優しくて、みんなから慕われていたお姉ちゃん。

 最期まであたしを守ってくれた。


 あたしはきっとお姉ちゃんみたいにはなれないけど。

 だけど、大切なことを教えてもらった。

 




「姉ってそういうものだと思ってたんだけど、ね!」


 飛んできた氷刃を切り払い、さらに高い場所にある足場へと飛び移る。

 とにかく相手の上を取る。この空中戦ではそれが最優先だ。

 しかし相手のリコリスもそれがわかっているのか次々に足場を乗り継いでいく。


「……あなたの言っていることは押しつけだ!」


 力強く跳躍し、カーマのいる足場に飛び乗ると、左手の小盾を顔面に向かって振るう。

 とっさに受け止めようとするカーマだったが、想像よりはるかに強い衝撃を受けて吹き飛び――当然、落下する。


「カーマ!」


 観客席から思わず声を上げるフラン。

 高度はすでに10mを越えている。このまま地面に落ちれば落下ダメージで即死の高さ。

 だが、カーマは動じない。これくらいピンチでも何でもないと不敵に笑う。


「換装」


 カーマの持つ武器、白を基調とし、血管のように赤いラインが何条も走るメカニカルな外見の《パラレルエトランゼ》が一瞬にして姿を変える。双剣がひとつに合わさったかと思うとそのサイズが縮小し、出来上がったのは短剣だ。


 《パラレルエトランゼ》にはあらゆる斬撃武器に一瞬で変形できるという機能が搭載されている。

 これまでは律儀に様々な武器を持ち込み、いちいちメニューを開き状況に応じて装備を変更していたがこれでその必要は無くなった。


「【バニシング・ディバイド】!」

 

 空中のカーマが消失。

 直後、リコリスの背後に生じた黒霧から現れたかと思うと、その背中を滅多切りにした。


「ぐうっ!」


 狭い足場で何とか踏みとどまろうとするも、今度はリコリスが落下する。

 だが舌打ちをひとつ落とし、冷静に剣を振るうと空中の氷のスロープが出来上がった。

 リコリスはそのスロープを使って離れた足場に着地する。


 彼女の武器は《グレイシャ・ロッド》。

 実のところ、剣ではなく刀身のついた杖だ。宝玉に込められた魔力を消費することで氷を生成する能力が備わっている。


「……うるさいんだよ、誰も彼も」


「なに?」


「お姉ちゃんなんだからとか、姉妹仲良くしろとか、うんざりだ。そんなのは知らない」


 今も観客席でこの戦いを見ているであろう(ライラック)を思うと吐き気がする。

 どうしてあの子はこの期に及んで姉から離れないのか。理解に苦しむ。


 手の甲で頬を撫でると表情がさび付いているのがわかる。

 いつから自分は笑えなくなった? 


「姉妹だって本気で嫌うことはある。どうしても生理的に受け入れられない。苦しい思いをしているのはこっちなのに、いつも私が悪者にされるんだ。妹なんて望んでない。姉になんてなりたくない。そんなの、やりたい奴だけで勝手にしろ!」


 激昂するリコリス。 

 しかしその表情は凪いでいた。まるで凍てつき固まっているかのように無表情だった。

 

「……まあ、確かにそうね」


 リコリスの言う通りかもしれない。

 今日からあなたはお姉ちゃんになるんだよと言われ、勝手に”姉”という立場と責任を与えられる。

 否が応でも、どれだけ受け入れられなくても。親の都合でそうなってしまう。


 もしかしたら自分の姉もそうだったのかもしれない、とカーマは思いを馳せる。

 妹ができて、姉たらんとせざるを得なくなり、それができないと糾弾される。『お姉ちゃんなんだから』と。

 そういう家庭もあるかもしれない。


 だが。


「だけど、あんたは間違ってる」 


 姉は優しかった。

 ずっと理想の姉たらんとしてくれた。

 仮にそれが重圧であったとしても、おくびにも出さず。

 だからカーマは今も背中を追い続けていられるのだ。


「嫌いでもいい。疎ましくてもいい。受け入れらないことだってあるでしょう。だけど、それは妹を傷つける免罪符にはならないのよ」


「…………ッ」


「だからあたしはあんたが許せない。これ以上ないくらいの敗北を叩きつけて地面の味を教えてあげる」


「何も知らないくせに!」


 リコリスが勢いよく杖を振るうと空中に無数の氷刃が生成され、カーマめがけて殺到する。

 回避不可能の範囲攻撃。それに対し、カーマはすかさず双剣に換装し、足場から飛び降りた。


「【ブレイジング・ディバイド】!」


 赤熱する双剣は炎を放つ。

 燃える斬撃が氷刃をたやすく蹴散らし、カーマはそのまま氷のスロープに着地。軽やかにその上を滑ってリコリスのいる足場へと到着した。


「……ッ……! 氷天に満ちる――――」


「させないわよ!」


 眼前に現れた敵に対しとっさに詠唱を始めたリコリス。

 しかしさらに距離を詰めたカーマはその腹部に前蹴りをお見舞いした。


「かはっ……!」


 息が詰まり、詠唱が強制的に中断される。

 あまりにも容赦のないマジックスキル封じ。


 リコリスは全力で踏みとどまり、なんとか落下は防いだものの、目の前にカーマがいるという事実に変わりはない。

 襲い掛かる双剣の乱舞をロッドで凌ぐものの、完全には防ぎきれない。ダメージエフェクトが散り、HPが減少していく。


「お前たちは……間違っている……!」


 斬撃の嵐を防ぎながら、リコリスは歯を食いしばって吠える。

 

「秩序を乱すものは一人だけでも全体に害をなす! その存在が許されていいわけがない!」


「はっ、思い出したように語るじゃない」


 リコリスの言葉は空虚だった。

 すべてが誰かから借りた言葉。他人の影響。

 自分自身の想いなどひとかけらも含まれていない。


 ただ、相手を否定したいがために零れたものだった。


「あんた空っぽなのよ。あんた自身のことがなにひとつ見えてこない。妹を疎んで、避けて、行動指針を他人に委ねて。何かを否定しないとやっていけないの?」


「……っ、だまれ、だまれえっ!」


 力任せに杖を振るって弾き飛ばし、わずかに距離を作る。


 自分の事なんて、もうわからない。

 きっと笑えなくなったのもそれが原因だ。

 自分が何に喜びを感じ、何を嬉しいと思うのか、いつからか全くわからなくなってしまった。

 

 ごはんを食べても味がしない。

 音楽を聴いても心が揺れない。

 心が死んでいるかのようだった。


「氷天に満ちる無尽の混沌――【ケイオス・ブリザード】!」 


 アリーナごと吹き飛ばしてしまうのではないかと錯覚するほどの突風、そしてそれに伴う豪雪がカーマを襲う。

 身体がたやすく宙を舞い、全身が凍てついていく。


「やば……!」

 

 空中へと投げ出され、そのまま落下する。

 先ほどのように【バニシング・ディバイド】で立て直そうとするが、双剣までも凍っているからか換装が間に合わない。

 『凍結』。付与されたものの素早さを大幅に下げる状態異常だが、その効果が武器にも適用されていた。


 高度はまだかなりある。落下すれば充分に即死する――背筋を冷たくしたカーマだったが、突然の衝撃で我に返る。

 氷のスロープに空中でぶつかった。その拍子に凍った左腕が砕けたが、体勢は立て直した。


 迫る地上に対し、全力の受け身を取り、命からがら着地する。

 ダメージは受けたが即死には至らない。スロープにぶつかったことがクッションとなったのか落下高度は削減できたようだ。

 

「し、死ぬかと思った」 


 優勢でも一発で逆転されかねない。

 このステージは思った以上に厄介だ。


 そして助かったと言えど状況は切迫している。

 HPがもう二割ほどしか残っておらず、隻腕になってしまった。

 着地の拍子に氷は砕けたので《パラレルエトランゼ》をとりあえず片手剣に換装したが、バランスの悪さは否めない。

 腕が生えるまでは60秒。短いようで、戦闘においては途方もなく長い時間だ。


 そしてその窮地をリコリスは逃さない。


「【氷纏華(ひょうてんか)】」


 冷気がリコリスの全身を覆う。

 その姿を変えていく。


 青白い冷気は氷の装束を形作り、彼女の身体に纏った。 

 同時にフィールド全域が凍り付いていく。砂の地上も、空中の足場も、例外なく凍り付く。


「……空っぽなんて、私が一番よくわかってる」


 自らの力で様変わりした戦場を見下ろし、リコリスは静かに呟いた。


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