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142.人を助けて穴二つ


 ある日、いつものようにミサキがアトリエでくつろぎつつ、端末を操作してネットサーフィンしていると。


「…………『【速報】自警ギルド、またもPK狩り』だって」


「ん?」 


 無意識に呟いた見出しに、釜をかき混ぜるフランが振り返る。

 ミサキが見ていたのは『アストラル・アリーナ』の情報を主に取り扱うニュースサイトだ。

 現在のランキングやアリーナで行われたその日の試合のベストバウト、はたまた有名プレイヤーやギルドの情報など様々な記事を取り扱っている。


「前になんかいたじゃん、エルダに難癖つけてきた人。なんて言ったっけ」


「あのよく転ぶ子? ユスティアって言ってたわ」


 少し前に海岸エリアに行った際エルダとシオに会ったのだが、その時急にやってきたかと思うとエルダが過去PKギルドのリーダーをしていた頃のことを糾弾してきた少女がいた。

 ユスティアと名乗ったその少女は自警ギルド『ユグドラシル』のリーダーをしていると言っていた。


 ミサキが今開いている記事の見出し画像にも彼女の姿が大きく映っている。剣を振るい青い髪をなびかせるユスティアの背後では直前に切り倒したと思われるPK(プレイヤーキラー)が青い破片になって散っていた。近くに立っているのはあの時ユスティアを呼びに来た仲間だろうか。


「これ大丈夫なのかな。前は特に悪事を働いてる人だけを倒してたみたいだけど、今はPKと見れば即粛清みたいな感じだよ」


「暴走してるのかしらね……」


 画像だけで明確に判断することはできないが、ユスティアの表情は苦しそうに見えるほど張りつめていた。

 誰かを断罪せずにはいられない。そう――追い詰められていると言っても良い。


「何かを許せないままでいるとね、それに連なるいろんな物までどんどん許せなくなっていくんだよ」


「なんか妙に経験談っぽいわね。ええと……坊主が……屏風に……肉みたいな話だったかしら」


「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い?」


「それそれ」


 どういう覚え方をしてるんだ、と思ったがそれは置いといて。

 これではユスティアはPKKプレイヤーキラーキラーだ。話を聞く限りギルドメンバーも似たようなことをしているらしい。

 確かに悪質なPKは存在する。前にエルダがやっていたような初心者を大人数で囲って殺すやりかたなどがいい例だ。ただ、大多数のプレイヤーはPKを『あって当たり前のもの』として受け入れている。タウンから一歩出れば好きに他人を攻撃できることもあり、PKは特に珍しいことでもない。外から見れば治安が悪いように見えるかもしれないが、現在は奇跡的なバランスで秩序が保たれている。


 ただ、それを乱すものが現れたとなると……。


「わたしもこの世界に来たばかりのころ、シオに出会って、初心者狩りされた話を聞いて……頭に来てエルダに喧嘩を売りに行ったけどさ。思い返すとあれは無かったなって思うよ」


 後悔はしていないが反省はしている。

 怒りに狂って――とまでは行かなかったが、選択肢としては短絡的が過ぎた。話して分かり合うという道を、最初から捨ててしまっていたのだ。

 相手を”悪”だと定義してしまうと、そういう生き物だとしか捉えられなくなる。どれだけ悪事を働いていようが、相手も同じ人間なのに。


「でもそれで助けられた人がいたんでしょう? だったら……仮に正しくなくても、その選択は絶対に間違ってないわよ」


「……そうだね。それはそうかも」


 シオも、もしかしたらあれからエルダたちの獲物になっていたかもしれない人々も。そしてこれはミサキが知る由もないことだが――PKから足を洗いたかった当時のエルダのことも。

 辿った道はいびつでも、自らの選択を見つめ続ける限り、ミサキは少しずつまっすぐに歩き始める。





 ホームタウン『アニミ・ラティオ』北区。

 周りの建物よりひときわ背の高いそのギルドハウスの看板には『Yggdrasill』と刻まれている。

 その中の一室、会議室のような場所に五人の少女が集っていた。


「これで小学生プレイヤーだけを狙っていた卑劣なPK、ボルバは粛清しました」


 ギルドのリーダー――青髪の騎士、ユスティアはホログラムウィンドウに表示された、スキンヘッドの男性プレイヤーの顔スクショに赤いバツをつける。

 その他いくつものスクショが並んでいて、そのほとんどに同じようにバツが刻まれていた。


「でもユシー、殺されても復活するのに倒して意味あるの?」


「…………やっぱりこんなことはもうやめた方が……」


 オーバーオールの錬金術師ピオネと小柄なゴスロリのネクロマンサー、ライラックが声を上げる。

 怯えるようなライラックを見下ろして首を横に振った後、

 

「確かにそうですね。しかしあなたたちも知っているでしょう?」


 とんとん、とバツを付けたスクショを指で叩く。

 その数は数十にも上る。


「私たちは彼らを何度も粛清しています。復活し、タウンから出るたびに」


「そう。その結果あの人たちはどうなった? ――ライラ」


 鮮やかな赤紫の髪をハーフアップにまとめた、無表情の少女。少しライラックと似た彼女の質問に、ライラックは過敏なほどにビクついた。


「……え、えと……タウンから出てこなくなったか、ログインしなくなった、よ……お姉ちゃん」


「その呼び方はやめろと言ったはず」


「…………ご、ごめんね、ごめんね……! 嫌わないで……」


 怯え、慌てるライラックを一瞥もせずに鼻を鳴らす、『お姉ちゃん』と呼ばれた少女はリコリス。リアルではライラックの姉に当たる人物だ。

 しかしそのやりとりは姉妹、ひいては家族とは思えないほどに凍てついていた。

 縋る妹に、それを見もしない姉。その有様を痛ましいものを見るようにしていたユスティアだったが、すぐに咳ばらいをして話を戻す。


「そうです、根気強く叩けば悪事を働けなくなる。効率は悪いですが確実です――ただ」


 とん、とホログラムを指で叩くと一つのスクショが中央に移動する。

 それは数ある写真の中でも唯一赤いバツが付けられていないものだった。

 

「…………え」


 その写真を――スクショを目の当たりにしたライラックは言葉を失う。


「この人物はPK常習犯ではありません。ですが――明確な不正を行っています」


「不正って?」


 ピオネの質問に頷いたユスティアは端末を取り出し、ホログラムウィンドウでとある動画を再生し始める。

 映っていたのはアリーナを空撮した映像だ。観客たちの一部が黒い異形のモンスターに変化し、周りの観客を襲い始める。するとアリーナの戦場にいた小柄な少女がなにやら叫ぶとその姿を変化させた。


「……この人って……」


「ええ。現在ランキング三位のトッププレイヤー……名をミサキと言うようです」


 ライラックは息を呑む。

 あの人が、不正? 

 少し前に一緒に戦って話した時はそんなことをするようには見えなかった。

 だが、映像の中で行われているのは間違いなくシステムを逸脱した現象だ。エフェクトも動きも、こうして端から見ていると明確な歪みを感じる。バグによって歪に変貌したグラフィックを見ているような気分になる。


「運営もどうしてこのような事態を放置しているのかわかりません」

 

 もう一度ホログラムを叩くと動画が最小化され、またスクリーンショットが現れる。

 そこにはミサキの隣にもう一人、金髪の錬金術士――フランの顔もあった。


「ええ。そして――彼女たちの不正にたどり着けたこと……あなたには感謝しなければいけませんね」


 この会議でただ一人。

 口を閉ざしていた人物に語り掛ける。

 長い白髪。巫女服のような衣装を身にまとったその少女は、


「……スズリさん」


 ミサキの友人だった。


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