136.もうひとつの錬金術
改めて。
フランという少女は、アイテム調合という独自の能力を活用し、自作のアイテムや装備を売るアトリエを生業としている。ミサキの協力もあり、今では『アストラル・アリーナ』でもトップクラスに有名な店になっていた。
様々なプレイヤーが訪れるようになり、顔見知りも増えた。その中でも懇意にしてくれているお得意様がいて、ミサキの知らないところで個人的に仲良くしていたりもする。
「それにしてもまあ繁盛したもんやなあ、フランちゃんの万事屋」
「アトリエね。おかげさまで」
「腕のええ鍛冶屋って評判やで?」
「だからア・ト・リ・エ!!」
クルエドロップ。
このゲームの運営会社でデバッグのバイトをしており、以前はレースイベント『ライオット』でボスとしての役目も務めた、関西弁の少女である。今日もプリーツスカートに白いブラウス、上からキャラメル色のカーディガンといった現実世界の女子高生さながらの服装である。ただ一点、腰から下げた禍々しい日本刀がミスマッチだった。ちなみにフラン謹製の品である。
今日はその刀のメンテ目的――というのは建前で、珍しく暇になったから来てみたとのこと。現在はフランのベッドに勝った知ったる様子でごろごろ転がっている。遠慮を知らない。
「やーでもほんまええ刀。すぱすぱえげつない切れ味やもん」
「クルエちゃんの腕がいいのよ。あとはそうね、強いて言うなら【防具貫通】のおかげかしら」
《チギリザクロ》に付与された複数のパッシブスキルのうちのひとつ、【防具貫通】。その名の通り防具に刃が阻まれなくなるスキル。盾や鎧で受け止めようとすれば最後、真っ二つの死体が出来上がる初見殺し。武器で受けることは可能なので、以前スズリと戦った際は効果が発揮されることはなかった。
「こんなすごいもん作れるなんて錬金術士ってやっぱすごいよなあ……ん?」
「どうしたの?」
「や、なんか頭のここんとこに引っかかってて……錬金術士、れんきんじゅつし……なんやったかな、他の場所で聞いたことあった気がするんやけど……」
うんうん唸りつつ頭の側面を指でぐりぐりいじるクルエドロップに助け船を出してやる。
「もしかしてあたし以外の錬金術士のこと?」
「あ、そうそう! なんでわかったん?」
「最近お客さんからよく聞くのよ。たまにトーナメントに出場してる錬金術士さんは知り合いですかって」
一か月ほど前からだっただろうか。
トーナメントで目立った活躍を始めた錬金術士がいるという噂が立ち始めたのは。
フランはよっぽどのことがなければ対人戦はしないので、間違いなく別人だ。というか似ても似つかぬ姿の少女だという話なので、そもそも同一人物の疑いは出ないはずだ。
「でもおかしいなあ」
「なにが?」
「フランちゃんの『錬金術士』ってスペシャルクラスやろ? せやったら他に錬金術士がおるはずないんやけどなー」
スペシャルクラスは非常に特異な存在だ。
すさまじく尖った性能であるがゆえに通常のクラスとは一線を画し、誰が見てもスペシャルだとわかる。
そしてその特別性を最たるものにしているのが、同じスペシャルクラスは二人といないという仕様である。
例えばカンナギのクラスは『勇者』だが、彼が勇者になった時点で彼と同じ条件を満たしても勇者になることは金輪際できない。彼がクラスチェンジすればまた話が変わってくるが、そうはしないだろう。
扱いづらいスペシャルクラスだが、適性があればあるほどに――半ば呪われているかの如く、手放せなくなる。それがない戦いが考えられなくなる。
「……そう言われるとちょっと気になってきたわね。本気で探してみるのもいいかも」
まだ見ぬ他の錬金術使い。興味がないと言ったら大嘘だ。
とはいえ特定の人物を見つけるということは、このゲームにおいて非常に難しい。
フランのように知名度が高く拠点を構えているならまだしも、個人が対象となると難易度はぐっと上がる。
何しろこのゲームは人口が多い――今もなお増え続けている。
「探すにしても限界あるわよねー……」
最近自作したロッキングチェアに揺られつつ、ここ最近のことを思い返す。
とりあえずアトリエを訪れた客に聞いてみたものの、昨日アリーナに出てただとか、一週間前に南区のあたりを歩いていただとか、そういった類いの情報は手に入れたが、当の錬金術士を見つけるに足るものではなかった。
そして何より困るのが、こうしてフランが錬金術士を探し始めてからしばらくして、ぱったりと情報が途絶えたのだ。まるでこちらの探りを察知されたかのように。
自意識過剰かもしれない。ただ意図的なものだとすれば向こうがこちらを意識して身を隠したということになる。単に人とのかかわりが煩わしいタイプの人間なのかもしれないが。
ミサキにも話してみたが知らないようだった。アリーナでの公式戦へ精力的に参加している彼女ならどこかで会っているかもと思ったが、運悪く面識はないとのこと。
「いったん止めにしようかしらね。向こうが嫌がってたらアレだし」
その錬金術士の風貌をメモした紙を懐から取り出して眺める。
見た目はフランと同年齢くらいの少女。肩まで下ろした銀髪にゴツいゴーグル、オーバーオール。特徴的なのは左手に装着した籠手だそうだ。
その籠手に何かを装填することで攻撃を繰り出していた――とアリーナ観戦フリークを自称する男性プレイヤーが興奮気味に話していた。やはりスペシャルクラスだけあって戦法は特異。いまだに希少価値の高い存在である。
それにしても自分の錬金術とはかなり別物だと感じる。
基本的にフランの戦法はアイテムを投擲、もしくは経口摂取に別れる。同じ錬金術士でもこの違いはいったいなんなのだろうと考えにふけっていると、アトリエのドアがノックされた。
「はーいどうぞ」
開かれた入り口から入ってきたのは同い年くらいの少女だった。
その姿を確認した瞬間、思わず目を見開きメモと見比べ、言葉を失う。
探していた錬金術士そのままの姿が、そこにいた。




