130.這いよる過去の手
空を裂くような鋭い声色に、ミサキたちは思わずそちらを見る。その人物は砂浜への階段を降りてこちらへと近づいてきた。
青く長い髪。細身に軽鎧を纏った騎士のようないで立ちの少女。
鋭い目がきりりと吊り上がり、気の強そうな印象を与えてくる。そんな青髪の少女はすたすたと速足で近づいてくる。が、
「あ、転んだ」
ずべしゃあ! と足を滑らせたのか砂浜に全力で突っ込む。
しかし何事もなかったかのように立ち上がると再び近づいてきた。
「あなた、エルダさんですね」
「ねえねえ、今転んで」
「転んでません」
「でもどう見ても転」
「転んでません」
頑なだった。
こほんと咳をし、
「PKギルド『パイレーツ・キングダム』の元リーダーエルダ。間違いありませんか?」
「ッ…………ああ、そうだよ」
「まだこのゲームをやっていたとは驚きです。初心者狩りを続けた結果、どこかの無名プレイヤーに負けたあげくギルドを解散したと聞きましたが――往生際が悪いんですね。自らの行いを悔いたりはしないのですか?」
「ちょっと!」
そのあまりの物言いにミサキが割って入る。
エルダを倒した後、彼女に何があったのかは知らない。
しかし再会した時彼女は変わっていた。きっともう以前のようなことは繰り返さない。
だから見過ごすことはできなかった。
「エルダは確かにそういうことしてたけど、それは昔の話だよ。いまは違う」
「そうなのです、この人はもう…………」
「一度罪を犯した者が再犯を起こすことは珍しくないと思いますが」
「この……!」
我慢ならなくなって詰め寄ろうとしたミサキの肩が掴まれる。
「……いいんだ。そいつの言う通りだ」
「エルダ……」
「確かにアタシは右も左もわからねー初心者を騙して集団で狩った。その事実は変わらない」
「なら早く出て行ってください。二度とこの世界へ足を踏み入れないように」
「……待ってください! そんなことを言う権利はあなたにはないのです!」
「あなたは?」
シオはその小さな手をぶるぶると震わせている。
確かな憤りをその胸に秘めて。
「狩られた側です」
「……どういうことですか?」
「どういうことでもありません! その話は私たちのなかでもう終わっているのです! 部外者が口出しする権利はありません!」
「おいシオ、」
「エルダさんは黙っていてください!」
ぴしゃりとした物言いにエルダが鼻白む。
エルダだけではない、ミサキやフランも同じだった。こんなに激昂しているシオを見るのは初めてだった。
「……あなたは騙されています。加害者と被害者が和解するなんてありえません。許せるはずが……ありません」
そう言って俯き、下唇を噛む女騎士。
しかしシオはそれを無視して胸を張る。
「許してませんよ」
「…………は?」
「許してませんし、この人も許されるつもりはありません。それでも私たちは一緒にいます。それだけです」
「……理解できません。罪は罪でしょう」
苦虫をかみつぶしたような表情で女騎士は呟いた。
どうしてそこまで固執するのかはわからなかったがそろそろ潮時だ。
頃合いを見て、ミサキは口を開く。
「もういいでしょ。何様なの?」
「何様でもありませんが、強いて言うなら自警団をしています。ギルド『ユグドラシル』のリーダーを務めているユスティアと申します」
彼女の鎧の右腕に刻まれた、大樹をモチーフにしたエンブレムがきらりと光る。
ユグドラシル。最近噂になっているのを小耳に挟んだ。なんでもPKを始めとして、ゲーム内で恐喝や出会い目的の接触、個人情報の特定など『悪事』を行ったプレイヤーを独自に粛清しているのだとか。その悪事の基準が彼女たちに依拠しているのが問題視されているようだ。
助けられた者の報告も多いが、独善的だとして問題視する声も存在する。
そんなユスティアだが、なにやら訝し気にミサキの顔を覗き込み始めた。
「あなたどこかで……」
「おーいユシー! そろそろ会議だぞーっ!」
砂浜へ降ろされた階段の上から誰かが呼んでいる。距離が遠く、はっきりとは見えないが同年代くらいの少女と言うことはわかった。
はあ、とため息をつきユスティアは踵を返し歩いていく。
「今日はこれで。ですがこれからも目を光らせておきますので、そのつも――きゃあ!」
思い切り砂浜にダイブした。
(転んだ……)
(転んだわね)
(転びやがった)
(転びましたね)
「転んでません。では」
砂を払い、何事もなかったかのように去っていった。
それきり沈黙が降りる。なんだか気分転換という雰囲気でもなくなってしまった。
ミサキはごほんと咳をひとつして、
「シオちゃんやるじゃん!」
「よく年上にあそこまで食って掛かって行けたわね。すごいわ」
「わ、私は別に……エルダさん、気にしないでくださいね」
「…………ああ」
それでも表情は晴れない。
エルダがPKを辞め、自分のギルドを解体するきっかけになったミサキとしては放っておくのは座りが悪かった。
あの時は怒りに任せて殴り込みをかけ、タイマンで倒すという手段をとったわけだが、振り返ってみるともっと穏便なやり方があったのではないかと思える。
エルダは話の分からない人物ではない。出会った時には知る由もなかったと言えばその通りだが、それでも最初から対話を諦めたのは事実だ。なら、今こうして言葉を交わしたい。
「あのねエルダ。わたしは今のエルダのこと、けっこう好きだよ。だから……自分のこと、あんまり嫌わないであげて」
「はっ!? いや、お前なに言ってんだよ」
「なんだかんだわたしの相手してくれるし、今はシオちゃんとも仲良くしてるみたいだし、それに……」
「だああああっ! やめろって! くそ、行くぞシオ!」
肩を怒らせてざくざくと砂浜を踏みしめていくエルダと、会釈と笑顔を残してそれに続くシオ。
二人を見送ったミサキは安堵の息を落とす。
とりあえず元気は出たようで良かった。
「あなた、その口の上手さはどこで学んだのかしらね」
「上手くなんてないよ、もしそうならもっといい感じのこと言ってるもん。……今のは思ったことを言っただけ。それだけ」
「……ま、そうよね。ミサキはそういう子だわ」
拙くとも、伝わらなくとも。
想いを伝える努力は怠ってはいけない。
きっと無意味ではないと、ミサキは信じている。




