13.空を翔ける蒼い彗星
スペシャルクラス『極剣』。二刀流。
特異性にあふれたスズリと言う名の少女剣士はまず左手の刀を振るう。
「【飛燕】」
凄まじい速度で飛翔する斬撃を、首を振って回避する。
頬から黄色いダメージエフェクトがかすかに散ったが直撃は避けられた。
「まずは近づかないと……!」
徒手空拳のミサキには近接戦闘の策は無い。
よって接近が最優先になるのだが……スズリが斬撃を飛ばすスキル【飛燕】を連射してくるせいでなかなか叶わない。技後硬直が非常に短いようだ。
「そればっか撃つのやめてってばー!」
「相手が対応できないならその技だけ振るのは当然だろう」
「確かに!」
だったら対応してやる、と内心で負けん気を燃やす。
スキルの発射感覚、弾速、それらを見極め――一気に加速する。
「また速く……!?」
「さっきまでのが最高速度なんて誰も言ってないよ!」
斬撃の間を縫うようにしながら接近する。
ミサキの習得している【スタビライザー】というパッシブスキルによって、方向転換や急停止の際に起きるスリップが軽減され、スピードに加えて小回りの利く動きが可能になっている。
そしてあっという間に二者の距離はほぼゼロに。
「この……!」
振り下ろす右のロングソードをグローブで守られた手の甲で防ぎ、すかさず右脚を一閃。
恐ろしい速度の回し蹴りが脇腹に突き刺さる。
「ごは……っ」
クリティカルを示す深紅のダメージエフェクトが飛び散る中、スズリは地面で一度バウンドした後転がる。ミサキから彼女のHPは視認できないが、おそらく多くは残っていないだろう。完全に優勢だ――少なくともここまでは。
油断はしない。
フランとの戦いでは彼女の奥の手にしてやられるところだった。
そんなミサキの気構えに応えるようにスズリはゆっくりと立ち上がる。
「強いな、やっぱり」
「……やっぱり?」
ミサキが怪訝な顔をする。
以前から自分のことを知っていたのだろうか?
「噂になってるぞ。『やたら素早くて強い素手の変な女がいる』って」
「へ、へんなおんな……」
そんな知られ方をしていたのか……と肩を落とす。
どうせ有名になるならもっとかっこいい異名とかが欲しかった。
「他には……ああそうだ、髪が黒くてすばしっこいからゴ……」
「いやーーーーーーー!!!!」
今世紀最大の大音声が出た。
そんな呼ばれ方をしているなんて沽券に関わる。というかそんな呼び方をしているやつらまとめてぶん殴ってやろうか、とすら思った。
「うう……髪染めようかな……」
「まあそんなことはいいんだ」
「よくないよっ!」
本当によくない。
G呼ばわりはさすがに流せない。
「前にこのアリーナで魔女みたいなやつと戦ってただろう。あのバトルを見てからお前のことが気になってたんだ」
「アレ見てたの……?」
わりと無様な結末だったから正直恥ずかしい。
ネットにアップされていた試合の動画に、迷った末にこっそり低評価を入れたくらいには恥ずかしい。
つるつる滑る自分とか、結局黒焦げで死ぬ自分とか、見ていられなかった。
「こんなにも早く戦えるなんて私は運がいい」
「わたしは今とっても不運って感じだけど」
「だから君には全力で臨みたい。受け止めてくれるか?」
まっすぐな瞳に少しだけたじろぐ。
だが……自分との戦いを望んでくれた相手には向き合いたい。
「……うん。わたしも戦いたい」
ありがとう、と呟きスズリはメニューを開き何やら操作する。
するとスズリの肩の少し上――その空中に、ワイヤーフレームが高速で輪郭を描く。それが何かはすぐにわかった。
二振りの剣――片方はメカニカルなデザインの片手剣。もう片方は刀。柄がなく、代わりに包帯が巻かれている昔の包丁のようないでたち。
それらがふわふわとスズリの近くに浮遊している。両手の二本に加え空中の二本。異様な絵面が表すのはつまり、
「お見せしよう。これが四刀流だ!」
「変態だ―!!」
「へ、変態とは失礼な! 剣は多い方が強いに決まってるだろう! ……というか素手も相当だからな」
ジト目でそう言われては返す言葉がない。
いまだにミサキ以外の素手使いは見つかっていないのだ。
「ああもういい、始めるぞ」
「う、うん」
仕切り直しである。
適度に距離を取って向かい合う。
静寂が流れる。さっきまでのやり取りから急変した空気が、騒々しかった観客をも黙らせる。
徐々に傾く太陽が雲に隠れ――それを合図に双方は動き出す。
「四元抜刀――【飛燕・蓮華】!」
先ほどとは比べものにならない量の斬撃が広範囲に撒き散らされる。
とっさに隙間を抜けてすり抜けようとするも、それは叶わない。
「密度が……っ!」
幾重にも放たれた斬撃がミサキを襲い、ダメージエフェクトが散る。
身体のあちこちが裂け、ダメージも無視できないほどに大きい。フランが作ってくれた装備で上がった防御力がなければこれだけでお陀仏だった。
「もう一度だ!」
膝をつくミサキに向かって再び多重斬撃が放たれる。間に合わない。回避できない。
どれだけ速かろうと、攻撃範囲が広すぎてそこから抜けられない。
絶体絶命――そんな時、走馬灯染みた記憶が蘇った。まだ試していないことがひとつだけある。
「――――イグナイト!」
その声に呼応し、青いグローブ――《アズール・コスモス》が蒼い炎を生み出す。
ロケットエンジンのように炎は噴射し、そして……。
「……な」
「え……?」
ミサキは空を飛んだ。
「な、なにこれーっ!?」
突然の飛翔にバランスを崩して空中でくるくると回転する。
地上約15mほど……スズリだけではなく、高い位置に設置されている観客席からでも見上げるような高度。
相手の攻撃は回避できた。できはしたが……
(このままだと落ちて死ぬ……!)
このゲームには落下ダメージがある。
防御力に関係なく、落下する高度によって割合でダメージを受けるのだ。落下ダメージを軽減するパッシブスキルも存在しているのだが……この高さでは関係ない。このまま着地すればその瞬間即死だ。
しかも地上ではスズリが待ち構えている。着地する前に文字通り八つ裂きにされかねない。
「なななななんとかしないと」
あとで絶対フランとっちめてやる、と決意しながら考える。
どうすれば助かるか。
空中に投げ出された状況でできることはほとんどない。先ほどスズリに連撃を加えられたのも、相手を空中へとバウンドさせ続けたからだ。
ならばどうするか。
「……イグナイト!」
そう、このじゃじゃ馬を制御するしかない。
気合で体勢を固定し、真横へ向かって炎を放つ。するとその反対側へとミサキの身体がすっとんだ。
観客席へと一直線に飛び――再びイグナイトを、今度は逆側に噴射し減速する。
びたん! と観客席を守るバリアにトカゲのように張り付いたミサキは、今度は地面へと向かってバリアを蹴る。地表まで残り数m――しかしそこを狙うのがスズリだ。
「面白い曲芸だったがこれで終わりだ!」
浮遊する二本の剣が、両腕の動きに連動しミサキ目がけて飛翔する。
その切っ先はミサキの落下地点へと向いている。
だが、
「そう来ると思ったよ!」
くるりと空中で身体をひるがえしたミサキは二本の剣を躱し、そのままイグナイトで加速――ミサイルのごとき速度でスズリへと接近、拳を打つ。
だがその攻撃は、スズリの持つ二本の剣によって阻まれる。
拮抗する力。ぎりぎりと押し合う二人は至近距離で笑みを交わす。
「……楽しいな!」
「ほんとにね!」
その言葉と同時、虚を突くようにミサキが力を抜いたことでつんのめったスズリの顎に真下からミサキの右足が襲い掛かり、しかし主人の元へともう二本の剣が戻ってきたことで阻止された。
慌てて距離を取ったミサキに、今度は四刀使いが踏み込み剣を四方八方から振るう。近距離で荒れ狂う四振りの剣を必死にミサキが捌く形。
「そんな芸当いつまでも続かないぞ!」
「わかってるよ!」
剣舞の間を縫って、吐息がかかりそうなほどの距離にミサキが近づく。
だが、
「【鬼神楽】!」
さっき二刀で披露した技が威力を増して襲い掛かり、弾き飛ばされるミサキ――再び空中へと投げ出される。しかしその瞳に混乱の色は無い。
音もなく動く唇が紡ぐのは『想定通り』という言葉。
その内容を理解できたわけではない。だが背筋を襲う壮絶な悪寒に、スズリは最大の一撃を直感する。
「…………イグナイト!」
空中で噴射された蒼炎がミサキの背中を押す。
放たれたのは蒼い尾を引く、彗星のごときキック。
四天の剣士へ目がけて一直線に空を翔ける。
「迎え撃つ! 四刀流、その極地――【無塵】」
四振りの剣が消失した。
いや……そう見えた次の瞬間には振り抜かれている。
彗星を絶つため放たれた巨大な斬撃がミサキを襲う。
だが――蒼炎纏う彗星はそれすら貫いた。
星は矢のように剣士を射抜き、遥か後方まで吹き飛ばし、そして。
舞い上がる砂塵の中、立っているのは何も持たない少女。
誰よりも速くフィールドを駆けた――ミサキと言う名のプレイヤーだった。




