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129.ノスタル・シー


「ナオッターーーーーーーー!!!!!!」


「うるさっ!」


 勢いよくアトリエの扉が開かれると騒音が舞い込んできた。

 ずんずんと踏み込んでくる小柄な少女を睨むアトリエの主フランはこの上なく面倒そうに耳を塞ぐ。


「健康優良美少女ミサキちゃんが帰ってきたよ! さあさあ祝うがいい、レッドカーペットを敷くのだオンザロード」


「……いや、なに? どういうテンション? 熱で頭どうにかなっちゃった? あたしそういうのはちょっと」


「あ、あれー……冷たくない……?」


 爆発的な勢いは一瞬で鳴りを潜め、しょぼしょぼと背中を曲げたまま歩いてソファに座る。

 これこれ、落ち着くー……と一息ついて。


「翡翠たちから心配してたって聞いててさ。だからなんていうか……どういう顔すればいいかわかんなかったんだよ」


「逆に気まずいわよ。ほんとにおかしくなったかと思ったじゃないの」


 おっしゃる通り、とこうべを垂れる。

 するとミサキは視界の端に映る錬金釜に気づいた。オールのようなかきまぜ棒が中に立てかけられている。


「調合してたの? ごめん、邪魔しちゃったかな」


「休憩中だからべつにいいわよ」


 カーマと翡翠の武器調合は難航していた。


 難航していた、と言うのは滞っていたわけではなく、要する時間が長いという意味だ。

 とにかく工程が多い。そしてひとつひとつに繊細な技術とそれを支える集中力が必要になる。

 もしミスでもしてせっかく手に入れた素材を無駄になんてしようものならこのアトリエの主としての名折れだ。いや、それ以前にせっかくの新しい友人へ顔向けできなくなるのは嫌だった。


 だからこそ慎重に、適宜休憩を挟みつつ進めていた。

 そんな努力の甲斐あってか完成は間近である。


「ま、なんにしても元気になったなら良かったわ」


「待っててくれてありがとね」


 マリスに取り込まれ、暴走したミサキ。

 そのミサキを救うために本気で戦い打倒したフラン。


 そのことに関して、二人はわざわざ言及しない。 

 任せて、任された。この話はその時終わっている。


「そうだ、気晴らしにどこか行かない? ここのところ戦い続きだったし」


「気晴らし……」


 さざ波が脳裏に響く。

 太陽に照らされた白くまぶしい街。

 風に乗って届く潮の香り。

 降り注ぐ陽光を反射してきらきらと輝く――――


「海かしら」

   

「いいね。いこう、散歩」


 最後に見たのはいつのことだったか。

 故郷。錬金術士の生まれ育った地。いつか帰る場所。

 

(…………まだ、だけどね)

 

 今はこの場所で目いっぱい楽しむ。

 でも、たまには感傷的になるのも悪くないだろう。




 

 青い空。

 白い雲。

 きらめく太陽。

 潮風にヤシの木が揺れ、岩場はいつものように波に削られる。


 この世界でも端に位置する海岸エリア。 

 白い砂浜にミサキたちは足を踏み入れる。


 美しい景色だが人気(ひとけ)はない。

 このゲームを楽しんでいる大部分のプレイヤーは対戦や観戦に熱を上げている割合が多く、あまりこういった景観を楽しむものは多くない。加えてここはホームタウンから極めて離れた場所にあり、そういった理由も足を遠くさせていた。


「んーっ、いい天気」


「太陽がまぶしいわ……」 


「もー、アトリエに籠りっきりだからだよ」


 大きく伸びをするミサキに対してフランは手を桟にして顔に影を落としている。

 このエリアは昼になると他のエリアより光量が高くなるよう設定されている。

 自分で来たいと言ったものの、思った以上の陽光で目の奥が痛かった。


「ていうかフラン、その格好すごく暑そう。脱がないの?」


「暑くないもの。この世界、暑いも寒いもないでしょう」


 雪山でも火山でも、この世界では常温だ。と言うよりアバターから寒暖を感じる機能がオミットされている以上、気温を設定する必要がない。

 フランは長いふわふわの金髪にツバ広の三角帽、オーバーサイズのローブといった魔女のようないで立ちだが、汗ひとつかいていない。比較的軽装のミサキもそれは同じ。

 それでもこういう場所にいればプラシーボ効果で暑いような気はする。あくまでも”気はする”どまりだが。

 

「さて、来たはいいけどなにして過ごそっか」


「別に何もしなくていいんじゃない? たまにはゆっくり…………」


 このところ、カーマと翡翠が来たこともあって二人で過ごすことも少なかった。

 そう思って隣に笑いかけようとしたフランだったが、


「いないし!?」


「おーい!」


 声のした方、海岸線にそって右方向。

 ミサキはいつのまにやら遠くの岩場へと走っていた。その視線の先には見覚えのある小さな影がいて、向こうもミサキに気づいた様子だった。

 やれやれ、とため息をついて後を追う。


「げっ!」


「ちょっとエルダ、わたしと会うといつもそれじゃない? 大人なんだからもうちょっと気遣いってものをさ」


「あーうるせえうるせえ。お局かお前は」


 赤髪が特徴的な背の高いワイルドな美人、エルダ。

 もう片方は対照的にショートカットの幼い少女、シオ。


 露骨に嫌そうな態度を隠さないエルダに対して、シオは久々にミサキと会えて嬉しそうに笑顔を浮かべている。追いついたフランが手を振ると、ぺこりと控えめにお辞儀をした。

 その間にもミサキとエルダはつつき合うようなやり取りを続けている。


「なんかいっつも海にいるね? あーわかった! 海賊だから海好きなんだ!」


「ちっげえよアタシのクラスは関係ねーよ! シオが海好きだからって言うから連れてこられて……」


「休日サービスするパパみたいだね、ぷぷ」


「せめてママにしろよ! ……いやママでもねえ! こいつほんとムカつく……!」


 地団太でも踏みそうなくらいに憤慨している様子だが、ミサキは大喜びだ。

 フランからするとミサキがこういった絡み方をするの相手は珍しい。年上相手だと甘えがちになるのだろうか。時々二人で繰り返し対戦しているようだし、思ったより仲はいいのかもしれない。いや、エルダの側はわりと本気でうっとうしがっているように見えるが……。

 そう言えば翡翠から『ミサキさんは美人の年上に弱い』というタレコミがあったことを思い出した。


「今日はひさびさにエルダさんと会えたので海まで連れてきてもらったのです」


「海好きなの? あたしもよ」


「フランさんもですか! いいですよね……懐かしくて、少し切ない気持ちになるのです」


「…………ええ。そうね」


 ミサキたちに反して少しセンチな雰囲気を醸す。

 二人とも、心の原風景に海があった。


「それにしても仲いいね、エルダたち。ギルドでも起こせば?」


「お前らほどニコイチじゃねーっての。あとギルドの話はやめろ」


「ふふん。まあ? わたしたち仲良しですので!」


「ミサキはなんでそんな自慢げなのよ。あと肩組まないで」


「などと言いつつ嬉しそうなフランさんなのでした」


「やめてシオさん」


 和気あいあいとはしゃぐミサキたち(エルダを除く)。

 笑うミサキを見て、フランは胸を撫でおろす。マリスに感染したことで後遺症が残っているのではと思っていたが、こうしてみる限り影響はなさそうだ。

 快癒に少し時間は要したが、これならもう心配はいらないだろう。

 しばらくはこうして屈託のない笑顔を見せてくれればいいなと、そう思っていた。


「そこのあなた!」


 しかしその時間は長く続かない。

 空を切り裂く声が来訪し、日常は走り去っていく。


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