127.あたしたちの”強さ”
静かで無機質。
天井も床も壁でさえも真っ白な広々とした部屋。
フラン、翡翠、カーマの三人はミサキの姿をしたボス『ファントム・ファタル』と対峙していた。
「来るわ!」
ファントムはくるりと身体を回転させると、いくつもの小さな鏡を空中に配置した。
それらは不規則に揺れ動き、挙動の予測がつかない。
「さっさと終わらせるわよ! 翡翠は後衛から撃って、フランは、ええと……」
「サポートする!」
カーマにとってフランはまだ出会ったばかりで何ができるかをよく知らない。
それはフラン自身もわかっている。下手に出しゃばって連携を乱すことはできない――というのは建前だ。相手が何をするかわからない以上、こちらも《ヘルメス・トリスメギストス》でバフをかけて速攻を仕掛けようとも思ったがあいにく前の戦いで使ってしまった。レアな素材が使われているアイテムなので、そうそういくつも作れない。
「その首もらった!」
双剣が閃く。狙いはファントムの首。
しかしファントムはぬるりとした動きで刃をかいくぐり、強烈なカウンターをカーマの腹部に叩き込んだ。
「かはっ……」
そこへ間髪入れず銃弾が飛来する。
しかしファントムは眉ひとつ動かさず近くの鏡で受け止めた。
「な――――」
鏡の中に銃弾が飲み込まれたかと思うと、何倍にも大きくなって跳ね返された。
慌てて横に跳んで躱すが、その隙を見越していたファントムが全身から光弾を撒き散らす。
飛び散った光はそこら中の鏡によって乱反射し、寸分の狂いもなく狙いすましたかのように三人へ襲い掛かる。
「おっかしいでしょこの精度! ふざけてんの!?」
ほぼ全方位から迫る光弾を避け、切り裂きながら悪態をつくカーマ。
人間ではなくAIを搭載したゲームの敵だからこそ可能な攻撃。
対処できるのは――と翡翠に視線を投げると、すでにスキルの発動態勢に移行している。
「【ヘッジホッグ・バレッ――うぐっ!」
構えた双銃を取り落とす。
右腕を鏡の剣へと変化させたファントムに背後から切りつけられた。
膝をつく翡翠にそのまま剣が振り下ろされ、
「《豪腕ストレート》ォ!」
側頭部へフランの投げた剛速球が直撃する。
あまりの衝撃に腰を支点に回転しながら吹っ飛ぶファントムだったが、空中でぴたりと不自然に停止し、何事もなかったかのように着地した。
見た目はミサキでも、表情豊かな本物と違って終始無表情で、それが不気味で仕方がない。
『美人の真顔って怖いんだよね』と本人が言っていたな、と翡翠は頭の片隅で思い出した。
「なんなのこいつ気持ち悪い……ねえ翡翠、あいつの姿をしてるんだから、あなたなら行動パターンとか読めるんじゃないの」
「……無理ですね。ミサキさんの皮を被ってるだけで動きが別物すぎます」
「相手がミサキなら読めるの……?」
もしかして翡翠って相当変な子だったりするのかしら、と軽く引きながら杖を構えなおす。
その視線の先ではファントムが次の攻撃に移ろうとしていた。
ばち、と軽い電光を残して消え去ったかと思うと、無数の鏡がフランたちを取り囲む。
「うっ!」
稲妻が走ったかと思うとフランの肩に痛みが生じ、ダメージエフェクトが弾ける。
見えない。なんとか対応しようとするが、全く目が追い付かない。
稲妻と化したファントムは鏡から鏡へ移動し、すれ違いざまに攻撃している。一発一発のダメージは抑えめだが逃れられなければいつかはやられてしまう。
「翡翠!」
「ええ。見てます」
わずかに見開かれた瞳。
電光に体力を削られながらも翡翠はその軌道を目で追っていた。
目の良さ、そして取り入れた情報をもとに的確に動けるのが彼女の強みだ。
虹彩が動く。”目にも止まらぬ速さ”を的確に捕捉する。
「そこ!」
あらぬ方向に撃ちこまれた――フランにはそう感じられた――弾丸は鏡から飛び出した瞬間のファントムの額を貫いた。
弾かれて仰け反ったファントムは霧散し姿を消す。
つかみどころがなく、不規則。
まともに攻撃させてくれるチャンスが著しく少ない。
よく知る人の皮を被った敵は、無意識下でこちらの判断を鈍らせる。
ミサキならこの場合こうする。
どれくらいの速度で動き、どんな攻撃をする。
それを知っていれば知っているほどファントムの戦法との差異によって反応が遅れる。
ミサキとずっと一緒にいたフランはなおさらだ。
「…………たぶんこの敵は大人数で挑戦するほど強くなるのね。前に来たときはここまでじゃなかった」
アイテムポーチを確認しつつ呟く。
ミサキと来たときは、二人が初めて共に戦ったボスである蒼いドラゴンによく似た姿だった。
「ふうん。でも倒せない敵じゃないわ」
「ええ。ミサキさんと戦い方はかけ離れてはいますが……今のところ基本戦法は近いです。素早く動いてヒットアンドアウェイ、で…………」
翡翠の分析が途切れる。
三人の目の前で、膨大な量の霧が集まりその姿を成すと、そこには巨人が顕現していた。
「言ったそばから!!」
見上げるほどの身長……と言うよりは体長と表現すべきサイズ。10メートルはありそうだ。
ファントムはその両腕を掲げたかと思うと、槍の形に変形させフランたちを襲う。
極めて鋭利かつ鉄槌のような重圧を伴った攻撃が連続して降り注いだ。
「こんなの当たったら絶対死ぬッ……!」
苛烈な鋼鉄の雨の隙間を縫うようにくぐり抜け、紙一重で回避していくフラン。
翡翠は銃弾を撃ち込んでも効果がないことを確認すると同じように回避に専念し始めた。
「カーマちゃん!」
「わかってる!」
カーマは転がって回避しつつ器用にメニューを開いたかと思うと武器を大剣に換装した。
この場で単純なパワー勝負ができるのは彼女だけだ。
頭上から迫りくる槍の両腕に対し、カーマは腰だめに構えた大剣を力任せに振り上げる。
「【タイタンフォース・ディバイド】!」
斬るというよりは打撃の方がふさわしい剛斬が槍の両腕を叩き割る。
損傷が大きいせいか仰け反って震えると、巨大化したファントムは再び霧散した。
「もうっ! いったい何パターンあるのよ!」
苛立つように地団太を踏むカーマ。
確かに手を変え品を変え様々な攻撃を繰り出してくるのは厄介だ。しかもある程度ダメージを与えると霧と化して仕切り直してくる。これでは勢いに任せて畳みかけるということもできない。
地道に削って行くしかないのか、と思案を巡らせるフランの目前で霧が集まっていく。
見覚えのある姿だった。
白いボディスーツの上から黒いベルトのような拘束具、さらにその上から兎耳付きのフーデッドジャケットを羽織っている。
ミサキの姿を模したファントムが纏うその姿はマリスを打倒するために作られた装束。マリシャスコート。
「…………そうか」
変化したファントムを見て直感する。
このボス、『ファントム・ファタル』は挑んだプレイヤーによってその姿と攻撃パターンを変えると思っていた。それは確かに間違いではない。
しかし正確ではなかった。戦法に関してはその姿かたちに合わせたものが選択されるのだろう。
このボスはおそらく――挑んだ者が思い描く『強敵』を形作るのだ。
ファントムはその両手に炎を灯す。
フランたちにとっての”強さ”の象徴が今、迫りくる。




