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124.悪意の轍


 暗がりに合成音声が響く。


『……まさか失敗するなんてな』


 落胆の色濃い声色。

 その”誰か”は苛立ちを隠せないようだった。


『あのミサキとかいう奴がかばいに入ったのは一体どういうことだ? 間に合う速さでも距離でもなかったはずだ。反応してから行動に移るまでが早すぎるんだよあいつ、クソッ』

『しかもなぜかあいつは『手』を弾きやがった。スキャン時のエラーといい、錬金術士に並んで不明な点が多い』


 カタカタ、とタイピング音が鳴る。

 

『あぁ? 落ち着けって? ……そうだな。感情を得たことで思考の幅は広がったが怒りに捉われたら意味がねえ。しかし現実としてはあまりいい状況とは言えない。失敗すれば失敗するほどやつらに手がかりを与えかねない。……そろそろ尻尾を捕まえられてもおかしくねえ』


 モニターの前に座る人物は少し震える指先でキーボードを叩く。

 

『ああ。だからしばらくは小型を低頻度でばらまいて様子を見る。その分の時間は準備に充てよう』


 暗躍。

 悪意の源は尽きることなく胎動し続ける。






「はい、メンテナンスおしまい。また耐久値下がってきたら持ってきてね、クルエちゃん」


「ありがとー! じゃあまたなー」 


 アトリエの常連客に商品を渡して見送る。ここ最近は知名度もかなり高くなり、繁盛していると言って差し支えないだろう。

 ドアが完全に閉じたのを確認して、フランは小さくため息をつく。


 マリスに感染したミサキを倒してから三日が経過していた。

 あれからミサキは姿を見せていない。

 彼女と連絡を取る手段は無く、今どういった状況に置かれているのか一切わからない状態だ。


 はっきり言って気が気でない。

 あの状態のミサキを倒したのは自分だ。マリスはマリスの力でしか倒せないとは言え、あれは非常に危険な力。精神に直接爪痕を残しかねないというのはこれまでの経験からある程度わかっている。

 

 だからこそ心配なのだ。

 もしかしたらミサキを再起不能にまで追い込んでしまったのではないかと。いや、最悪の場合――――


「……駄目ね。悪い想像ばかりしちゃう」


 今日はもう店じまいにして、外に出て気分を変えよう。

 そう考えてドアに手を伸ばした瞬間だった。

 こんこん、とノックの音が連続する。


 間の悪さにわずかな苛立ちを覚えながらドアを開くと、そこにいたのは見覚えのある顔だった。


「はいはいどなた……って」


「ん」


「お久しぶりです。……といっても数日ぶりくらいですか」


 訪ねてきたのはグランドスキル習得クエストで共闘した二人――ミサキのリアルにおける友人。

 翡翠とカーマだった。




「……そう。ミサキ、熱出して寝てるのね」


 静かに安堵のため息を漏らす。

 体調を崩していること自体は喜べないが、無事ならそれでいい。

 以前ミサキが初めてマリシャスコートを纏った際も体調を崩していた。今回はあの時よりも長引いているようで、やはりマリスに感染した影響は大きかったのだろう。


「学校は休んでますけど、もうほとんど熱は下がってて。明日には治ってるんじゃないでしょうか」

 

 翡翠はフランの淹れた紅茶を上品な所作で飲む。

 まるでお嬢様かのような雰囲気で、フランは少し気圧される。


「それより聞きたいことがあるわ。ミサキ(あいつ)に取りついた、あの黒いのは何?」


 ソファに腰かけ不遜に足を組むカーマ。

 値踏みするような……というよりは、フランを見定めるような鋭い眼差し。

 ミサキを害するようなことがあればその瞬間から敵になる――そう物語っている。


 それだけあの子のことが大切なのだろうな、と温かくも物寂しい気持ちになる。


「……あなたたちになら話してもいいわね。あれはマリスといって――――」





「……なるほどね。そういう感じか」


「厄介ですね」

 

 一度の説明で理解してもらえるか不安だったが、思ったより呑み込みが早い。

 マリスは非常に不条理な存在だ。未だ不明な点も多いし、一般プレイヤーの間では都市伝説として扱うものも多い。

 プレイヤーなどに感染し、異形のモンスターへと変貌させその精神を蝕む。感染者はその時の記憶を失う(ミサキ除く)というのも眉唾化に一役買っていると言えるだろう。


 目撃者は確かにいるが、証言に信憑性が感じられないという理由で事実として受け取られず、動画をアップロードしてもすぐさま消去されてしまう。そういった事情からマリスという名すら一般に知られてはいない。


「えっと、信じるの?」 


「まあね」


「私たちも見ちゃいましたし」


 考えてみれば翡翠たちはミサキが感染する様子を目撃していた。であれば理解が早いのにも頷ける。

 遭遇した者ですら運営の用意したイベントだと考えている者も多い中、受け入れる者は稀有だ。

 カーマ……リアルのアカネに関してはミサキがマリス討伐のアルバイトを受けた際に同行していたこともあり、ざっくりと聞いていたことが大きいのだが。


 半ば値踏みするような目でフランが二人を眺めていると、翡翠がおずおずと手を挙げた。


「……あの、ちょっといいですか?」  


「ん? ええ、どうぞ」


「マリシャスコートって私たちにも用意できませんか?」


 そう言われるとは思っていた。

 ミサキを大切に想う彼女たちならきっと自分たちも戦うはずだと。

 しかしそれはできない。


「……それはできないわ」


「――――理由を聞かせてもらってもいい?」


 カーマの声色は張りつめていた。

 情の入ったくだらない理由なら切り捨ててやるとでも言いたげな眼差しに射抜かれ、わずかにたじろぐフラン。

 そういう意志がないわけではない。ミサキと二人で正体不明のモンスターの討伐にあたるという状況を、楽しんでいないと言えば嘘になるし、自分よりも前からミサキとの付き合いがある翡翠とカーマへの優越感がないかと言われれば、そんなことはない。


 だがフランは個人的な感情を持ちつつも、それに振り回されるのはやめることにしていた。

 無様に揺らいでいたら本当に大切なものを取りこぼしてしまう。それを学んだから。 


「まず作るための材料がないし、手に入らない。初めてマリスに遭遇したとき、ミサキが偶然マリスの力を吸収して倒した後排出された結晶を元に作ったから……あの現象はあれきり起こってないのよ」


 それを聞いた翡翠とカーマは視線を交わす。


「吸収……ね」


「もしかして……」


「何か知ってるの?」


 手がかりがあるなら小さなことでも聞いておきたい。

 しかしそんなフランの意志に反して、翡翠たちはかぶりを振る。


「いえ、なんでもありません。それなら仕方ないでしょうね」


「マリスのことはあんたたちに任せるわ」


 なんでもないということはないのだろう。

 きっとあの現象につながる何かを知っていて、同時にそれを言うつもりがないということもわかってしまった。

 まだまだ自分の知らないミサキがいる。そのことにフランはもどかしさを覚えた。


 そんなフランの表情をくみ取ったのか、翡翠が慌てて両手を振る。


「あ、その……大丈夫です! 私たちもわからないことが多くて……断言できないと言いますか、想像の域を出ないと言いますか」


「……ありがとう。気を遣わせちゃったわね」


 そう言って金色のまつげを伏せるフランの姿に、翡翠たちは困ったように顔を見合わせる。


「なんだかミサキさんから聞いていたのと雰囲気が違いますね」


「え?」


「不遜っていうか、よくわからない女で、がめつくて……みたいに言ってた気がするわね?」


「あたし陰口言われてたの!?」


 この上ないほど心外だ。

 いや、間違ってはいない……とは思うが……。

 しかし不本意であることに間違いはない。


「あ、そんな悪い感じのニュアンスではなかったんですよ。つかみどころがないけど頼りになるって言ってましたし」


「そ、そう……まあ当然ね!」


 頼られていたと聞いて気分が上を向く。

 本当のところ、ミサキとしてはもっと褒めたいところだったのだが、あまり他の女をよく言うと翡翠の機嫌が悪くなることを知っていたので抑えていただけである。


 鼻を高くするフランを見て、唐突にカーマが両手をぱんと合わせる。


「あ、そうそう忘れるところだった。他にも用があったのよ」 


「用? 何かしら」  


「用っていうか――依頼ね。あなたを凄腕の錬金術士と見込んで、あたしたちの武器を新しく作ってほしいのよ」


 もしマリスと戦えなくとも強くなるに越したことはない。

 翡翠とカーマがこのアトリエに訪れた主目的は、この依頼だった。


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