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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
第七章 少女強化月間
117/325

117.トリニティ・ブルー


 こんなことをしている場合ではないと頭ではわかっているのに。

 目の前の光景がガラス越しに見えているかのようだった。

 渦中にいるはずなのに、どうしても他人事に思えてしまう。


 ミサキの知り合いだというあの二人が来てから決定的に何かが変わってしまった。

 ……いや、今まで目を逸らしていただけで、この世界は最初から”そう”だった。

 全てだと思っていたこの世界が実はひとつの泡にしか過ぎず、膜の外にはあふれんばかりの水が広がっていた。


 本当は知っていた。

 深く考えずとも直感で。

 だが、その事実を改めて突き付けられたとき、踏みしめていた地面が音を立てて崩れ落ちていくのを感じた。


 …………なんて。

 本当はそれ自体がショックだったわけではない。


 あたしがここまで動揺しているのは――――




 

 悪魔――『終焉の偶像』の特性は看破した。

 攻撃中のみダメージが通る、ならば。


「嬢ちゃん、おれが後衛を守る! だから遠慮なく攻め続けろ!」

 

「わかった! カーマ、合わせてね」


「言われなくても!」


 ここまで戦って気づいたのは、悪魔が後衛を優先的に狙う習性があるということだ。

 だったらターゲットをわざわざ引き付けなくとも盾役のくまが後衛のそばにいてくれれば、奴の攻撃は防ぎやすい。


 フォーメーションは前衛二人に後衛が四人。

 陣形を組んだミサキたちを確認した悪魔が次の攻撃態勢に入る。

 掲げた手に紫色の光輪を生成し、ミサキへと向かって放り投げた。


 その時、光輪とすれ違うように飛んだ一筋の弾丸が悪魔を穿つ。

 翡翠のスキル【スコーピオン・バレットストライク】だ。貫通力と弾速に優れた技が悪魔のHPを大きく削る。


 だが光輪は止まらない。ミサキは自身の目前まで迫ったそれを横に飛び回避を試みたが、急激に軌道を変えた光輪に腹部を切り裂かれる。


「いったあ!」


 かすっただけなのに視界の端に見えるHPゲージが急激に減っていくのが見えて肝を冷やす。

 だがフランが使用した継続回復アイテム《纏気飴》が降らせる光の雨のおかげで即死は免れた。なんとか助かりはしたが、ミサキの耐久が低めなのを差し引いてもとんでもない火力だ。


 そんな光輪はまだ生きている。今度はカーマを標的にし、床を削りながら低い軌道で襲い掛かる。


「うっとおしい、けどっ!」


 双剣で思い切り弾くが、空中で止まった後再びカーマへと迫りくる。

 執拗な攻撃に、しかしカーマは笑みを浮かべ、


「いま無防備よね? 【バニシング・――――」


 いつの間にか武器を短剣へと変えていたカーマの姿が消滅し、光輪が虚空を通過する。

 そして。


「――――ディバイド】」


 悪魔の背後。

 そこにいつの間にか生じていた霧の中からカーマが現れたかと思うと、悪魔の背中を滅多切りにする。


「ゴオアアアアッ!?」


 突然のバックアタックに怯む『終焉の偶像』。

 カーマはスペシャルクラス『グリムリーパー』。多種多様な斬撃武器を使い分ける。

 しかし何度も攻撃を受けたことで怒りを覚えたのか、悪魔が雄たけびを上げたかと思うと、その身体が霧状に変化した。


「ちょ、なにこれ……きゃああっ!」


 意志を持つ霧は瞬く間にカーマを取り巻いたかと思うと、その身体を持ち上げていく。

 そのまま猛スピードで飛び壁に、柱に、天井に、容赦なく赤い少女を叩きつけた。


「がはっ……!」


「どうしよう、あのままじゃカーマが……!」 


 一発一発の激突ダメージはそこまで高くはない。

 しかし『グリムリーパー』は耐久性を捨てて攻撃に特化したクラス。何度も繰り返されればすぐにHPが無くなってしまう。しかも霧になった状態で飛び回られては誰も手が出せない。

 ミサキやくまはどうしたって手が出せないし、遠距離攻撃が可能なラブリカと翡翠が対処しようとしているが、カーマに攻撃を当てることを躊躇ってなかなか狙いが定まらない。そもそも霧状の敵に攻撃が通じるのか。


 ならば。


「――――フラン!」  


 呼びかける相手は、錬金術士。

 

「なんとかして!」


「なんとかして、って……」


 あまりにも乱暴な信頼。

 状況も心情も考慮せず、お前ならできるだろうと投げかける。

 

(あたしに、なにができるって……)


「フランしかいないんだってば!」 


「…………ああもう!」


 こんな時ばかり強引なことを言うミサキは腹立たしいが、こんなことにくよくよ悩んでいる場合ではない。

 無理やり懊悩を追いやって、ポーチを探る。


「見てなさい、錬金術の可能性は無限なんだから――《いきいきサイクロン》!」


 取り出したのはファンのような形状のアイテム。その羽部分が回転し風を起こす。

 ミサキと初めて共闘した際に使用されたもので、本来は風を受けた味方の攻撃力を上げるためのアイテムだ。

 しかしここに至っては、カーマを苛む霧を吹き払う突風としての効果を発揮した。


 霧と化した『終焉の偶像』の拘束から解き放たれ、着地するカーマだったがHPの消耗は激しい。

 

「いったん下がって回復して」


「ごめん。ありがと、ええと……フラン」


 くまの後ろに退避して《薬草パイ》を悶絶しながら咀嚼する。

 苦味に耐えながら、ゲームなのになぜこんなリアルに基づいた食事方法をとらなければいけないのかと内心で悪態をついた。


 一方、霧から実体に戻った悪魔は右手を大きく振り上げる。すると聖堂の床のいたるところ――およそ十か所ほどが赤く明滅を始めた。その場所に攻撃が来るという予兆エフェクトだ。

 そしてわざわざ予兆があるということは相応に強力な攻撃であることを意味する。


「ばっか…………!」


 振り下ろした右手が床に叩きつけられる直前、全員ががむしゃらに退避する。

 直後、赤くなった床からどす黒いイバラの束が突き出した。

 おそらく即死級の威力。だがなんとか全員が回避したようだ。


 だが間髪入れず、今度は聖堂全体が真っ赤に染まる。


「全体攻撃って……こんなの無理ゲーですっ!」


 ラブリカが悲鳴じみた文句を叫ぶ。

 さきほどと同じ予兆エフェクト。だが今度は床という限られた場所ではなく聖堂内の空間全域が対象だ。

 回避は不可能。そしておそらく食らえば死は免れない。こういった技こそ威力が高いと見てしかるべきだ。

 これに対処できなければ勝てない。そういう調整をされているのだろう、このボスは。


 絶体絶命だ。『終焉の偶像』は両腕をクロスさせ、力を溜めている。次の瞬間にも攻撃態勢に入ってもおかしくない。

 

(躱せない、なら)

 

「ラブリカ、フラン、全員に防御バフを――――」


「違う!」


 意を決してミサキが選択した”耐える”という選択肢を、くまの大音声が遮った。

 その場の全員が彼に視線を投げかける。


「今こそ攻める時だ! 掛けるなら攻撃バフにしてくれ!」


「い、いや、でも」


「こういう時の……盾役(おれ)だろうが!」


 視線が交差する。

 彼が言うのなら……そう言い切るのであれば、任せるに値する。

 出会った頃の、自身なさげでどこかおどおどしていたくまはもういないのだと思った。


「よし、殴るよ!」


 フランが二個目のいきいきサイクロンで風を全体に行き渡らせ、ラブリカも【ショッキング・ライブ】で攻撃バフを重ねがけする。

 ミサキとカーマが並んで悪魔へと突進し、後方では翡翠が銃を構える。


 そこで『終焉の偶像』が力を解放した。


「グゥゥゥオオオアアアアアッ!」


 悪魔が両腕を勢いよく開くと同時、くまが大盾を掲げる。


「【ホライゾン・フォートレス】!」


 聖堂全体を白色のドームが包み込んだ直後、そこへ重なるように超高範囲を斬撃の嵐が席巻した。

 先ほど見せた座標指定の斬撃――必殺級の威力がエリア全体を駆け巡る。

 だが。


「効いてない……!」


 斬撃は発生したそばから消滅していく。

 【ホライゾン・フォートレス】は全体攻撃のみという制約はあるが、完全にダメージをシャットアウトするスキル。

 これまではそもそも全体攻撃を繰り出してくる敵自体がおらず注目はされていなかったが、このクエストに挑む前に念のため習得しておいたのが功を奏した。


 そして。 

 斬撃を放っている間は攻撃中。つまり――ピンチはチャンスである。


「合わせて!」


「ええ!」


「わかってる!」


 ミサキ、翡翠、カーマが攻撃態勢に入る。

 攻撃を当てれば相手の攻撃を中断してしまい、以降のダメージが入らなくなる。

 よって一気にダメージを稼ぐには攻撃のタイミングを重ねる必要があった。


「【バハムート・バレットストライク】!」


 発射された青く巨大な弾丸が斬撃の嵐を突き進み、ミサキたちと並走する。

 ワンチャンスに大火力を叩き込むため、この間にカーマは武器を大剣へと変更する。


「【タイダルウェイブ・ディバイド】!」


「はあああああっ!」 


 紺碧の水流を纏った大剣が振り下ろされ、同時にミサキのグローブから噴き出した蒼炎で加速した拳が叩き込まれる。

 

 銃撃。斬撃。拳撃。

 刹那に重なる集中砲火が『終焉の偶像』に直撃した。


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