116.間隙を縫う糸口
グランドモンスター『終焉の偶像』。
悪魔のような姿のそのボスが、翡翠の首を掴みあげて宙づりにしている。
「翡翠!」
盾役のくまが攻撃を引き付けるスキル【アテンション】を使用しているはずなのに、なぜ翡翠が攻撃されている?
当然の疑問に、くま本人も困惑しながら原因を探る。自身のステータス画面を注視すると、その原因が見つかった。
「嬢ちゃん! こいつの攻撃、強化解除が付いてる!」
「はあ!?」
【アテンション】は自身に一定時間『ターゲット固定』という特殊なバフをかけるスキルだ。
だが今のくまのステータス画面からはそれがきれいさっぱりなくなっている。
「え……じゃあ私の強化スキルも解除されちゃうってことじゃないですか!」
フランの回復アイテムによって致命傷から復活したラブリカが悲痛な叫びを上げる。
彼女はパーティを強化するバッファーとしての役割を期待して連れてきた。だというのにこれではどう立ち回ればいいのか。
それを見たくまは苦い顔になりながら、
「全ての攻撃がそうなのか、さっき受けたレーザーだけに強化解除効果が付いているのかはわからない。だがおいそれと攻撃を受ければじり貧になるばかりだ!」
「グゥルルルル……」
一方、唸り声を上げる悪魔。
その顔面に銃口が押し付けられた。
「離してくれません?」
ガンガンガンガンガン! と激しい銃声が連続する。
翡翠が首を掴まれながらも弾丸を顔面にゼロ距離で叩き込んだ。
大した胆力だがろくに効かないはず――ミサキはそう考えていたが。
「ゴアアアアッ!」
「効いてる!?」
苦悶の声を上げ、翡翠から離した手で撃たれた顔面を抑える悪魔。
HPバーを見ると目視できるほどに大きく削れていた。
さっきミサキとカーマが同時に攻撃した時はびくともしていなかったのに、いったいどうして。
このボスはおそらくいままでの敵にはない特殊なギミックをいくつも備えている。
まずはそれを解明するところからだ。
「わたしとカーマと翡翠はこのまま攻撃を続ける! ラブリカは攻撃バフだけ掛け続けて!」
防御を上げても攻撃を受ければ解除され、効果が薄い。
ならば効果時間が続く限り恩恵のある攻撃バフに集中したほうがいい。
その意図をくみ取ったラブリカは頷き、全体攻撃強化スキル【ショッキング・ライブ】を発動させる。
「ならおれはできる限り【アテンション】を使っておく!」
「ありがとうくまさん……っく!」
接近してきた悪魔が振り回す強靭な尻尾を受け止め、さらに声を張り上げる。
この戦法だとどうしても防御が薄くなり、何度か攻撃をもらえばあっという間に沈んでしまう。ならば回復手段を用意しておかなくてはいけない。
「フラン、《纏気飴》を――フラン!?」
錬金術士の方へ目を向けると、なぜか俯き心ここにあらずといった様相を呈している。
ミサキが困惑していると、フランの近くにいたラブリカが背中を思い切り叩く。
「ちょっとしっかりしてくださいよ!」
「……っ! あ――――ごめんなさい!」
ミサキの声が耳には入っていたのか、慌ててポーチから大きな飴玉を取り出すと上空へ向かって放り投げる。
飴玉は空中で弾けると緑色の雲となって広がり、光の雨を聖堂全体へ降らし始める。
《纏気飴》は一定時間、範囲内に継続回復の雨を降らせるアイテムだ。これで実質的な耐久を底上げする心づもりなのだが……。
(フラン……?)
彼女が集中を切らすなど珍しい。
何か理由があるのだろうが、考えてもわからない。
とにかく今は戦いに集中しなければ。
そうやって意識が逸れた時だった。すぐ近くにいた悪魔が風のような速度でくまへと急接近する。
「こっの……すばしっこい!」
ミサキと戦うものが一人残らず抱いた悪態をつきながら追いすがる。
その間にも悪魔は両の拳を握りしめ、くまへと高速の連撃を叩き込む。
「ぐあああっ!」
耳障りな金属音が連続し、くまの持っていた大盾が吹っ飛ばされる。
そのまま強靭な足をくまの腹に突き込むと、大柄な身体が軽々と壁にたたきつけられる。
「かは……っ」
真っ赤に染まる視界の中、くまは自分のステータス情報に視線を送る。
危険域まで削り取られたHPゲージの上にあるバフアイコンはきれいさっぱり無くなっている。これによってすべての攻撃に強化を剥がす効果が付与されているということがわかった。その状況は他のメンバーにも伝わった。
だが――ターゲット固定効果が消えたということは、他のプレイヤーに矛先が向く。
一番近くにいたラブリカへ再び狙いを定めると、両手で紫色のボールのようなエネルギー体を生成し、全力で放り投げる。
「うわわ、【マゼンタ・ブレーデ】!」
迫りくるエネルギーボールに対し、とっさにステッキの先端から魔力の刃を作り出して切りつけようと試みる。
だが力が足りない。ラブリカが弱いわけではなく、『終焉の偶像』が彼女のステータスを大幅に上回っている。
受け止めきれないエネルギーはピンク色の刃をへし折り、ラブリカに襲い掛かる――――
「【スコーピオン・バレットストライク】!」
翡翠の放つ槍状のレーザーが直前でエネルギーボールを貫き、爆発させる。
爆風に煽られたラブリカは床に転がるがダメージは少なく済んだ。
「あ、ありが――――」
「お礼は後で!」
「は、はいっ!」
凛とした声に思わず背筋が伸びる。
基本的に柔和なリアルとはまた違った雰囲気。戦場でのみどりはこんな人なのか、とラブリカは密かに感嘆する。
「こっち向けーっ!」
技を終え、背中を向けた悪魔へと飛び蹴りを敢行するミサキ。
だが悪魔は振り返ることなく背中から伸びる三本の尻尾を器用に操り、少女の矮躯を空中で絡めとる。
もがいても全くほどけない。それどころかぎりぎりと締め付けられ、HPが削られていく。
「いだだだだ!? この、離してよ……!」
「なにやってんのよバカ! 【クルセイダー・ディバイド】!」
カーマの双剣による十字の斬撃が『終焉の偶像』を襲う。
これで刃が通るとは思っていない。だがわずかでも隙を作れればという目論見。
しかしその想定に反して十字の斬撃は触手を断ち切り、悪魔へとダメージを与えた。
「え!?」
拘束から解き放たれたミサキは目を剥く。
まただ。また攻撃が通った。
(偶然……? いや違う)
さっきの翡翠と今のカーマ。
二つの状況の共通点は何か。
先ほどは翡翠が首を掴まれている最中に放った弾丸がダメージを与えた。
今回はミサキが拘束されているときにカーマのスキルが通った。
(誰かが触れているとき……? じゃない、だったらわたしが殴ったときに通ってないとおかしい)
悪魔の放ったレーザーを走って躱しながら、なおも思考を巡らせる。
(だったら拘束攻撃中? ううん、これだけじゃまだ――――)
その時だった。
『終焉の偶像』が右手を軽く開く。そのモーションには見覚えがある。
開幕で見せた座標指定の極大斬撃。悪魔の視線は――ミサキに向いている。
「ラッキー!」
悪魔が右手を振るのと、ミサキが地面を蹴ったのが同時。
すさまじい速度で駆けるミサキの背後で、虚空が両断される。その直後、助走を乗せた拳が悪魔の腹部へと直撃した。
「グゥオオオアアアアア!」
HPゲージが三度の減少を見せる。
クリティカルの打撃が容赦なく悪魔の命を削った。
「わかった! こいつ攻撃モーション中だけ攻撃が通るんだ!」
『終焉の偶像』は常にダメージを99.9%カットする障壁――パッシブスキル【消圏】を所持している。
きわめて強力なこのスキルだが、攻撃を開始してから終了するまでの間のみ無効化されるという特性を持っている。
それに気づけなければジリ貧は必至だ。
だがミサキはいち早くこのギミックを看破した。
法則さえわかれば大したことはない。ただ執拗にカウンターを徹底するのみだ。
「さて。……反撃開始だ!」
そう笑うミサキへと、悪魔の咆哮が轟いた。




