114.折り重なる翠帳紅閨
グランドスキル習得クエスト、その専用エリア。
エリアの形状としては広々とした湖の上にサイズの違う浮島が二つ。小さいほうはミサキたちが立っている場所で、そこから大橋が伸びており、大きな浮島へと繋がっている。
大きな浮島には大聖堂が建っていて、そこにボスがいると予想される。
夕日の差し込む静かなエリアではあるが、橋も聖堂も、その静謐さにはそぐわない紫色の肉塊に浸食されており禍々しい空気を醸している。
そしてそんな肉塊から球体モンスターが大量に出現し囲まれてしまった、というのが現状だ。橋と浮島外は見かけだけのハリボテで進入禁止。つまり目的のボスと対面するにはこの橋を通るほかないのだが、とにかく敵の数が多すぎる。
聖堂内にいる討伐目標のボスとは激戦が予想される。だからここで消耗するわけにはいかない。
ミサキは必死に頭を回し指示を出す。
「フランは温存! ラブリカは遠距離攻撃でちょっかいかけて、くまさんは後衛を守って――――」
「ちょっと……これやばくないですか!?」
ラブリカが甲高い声を上げる。
同時に、その光景に全員が気づいた。
小型眼球型モンスター『フォビドゥンアイ』が不明瞭な声のようなものを発したかと思うと、すべての個体が魔法陣にも似た色とりどりのエフェクトを放ち始める。その声は聞き取ることができなかったが、特有のエコーには覚えがあった。
「詠唱……!? あいつらマジックスキルを一斉に……!」
「【マジック・キャンセラー】!」
詠唱を聞いたくまが即座に叫ぶと、彼を中心に半透明のドームが展開されパーティを包む。
瞬間、フォビドゥンアイたちの瞳から炎が、風が、氷が――あらゆる属性を網羅した魔法の雨が襲い掛かってきた。
それぞれは特筆すべき威力ではない。しかし圧倒的物量でもってミサキたちを殺しにかかってきている。
「くまさんナイス! 間に合わなかったら全滅だったね!」
「いや……このスキルはその場しのぎにしかならない!」
【マジック・キャンセラー】は魔法攻撃を一定時間完全シャットアウトする非常に強力なスキルだ。
しかし強力であるがゆえに弱点も存在する。まずは技後硬直の長さ。使用するとしばらくの間身動きが取れない。そしてもうひとつは攻撃を防ぐたびに継続時間が減少していくという点である。本来なら強固な壁となるこのスキルだが、この物量が相手では大した時間は持たない。
「えええどうするの!?」
「すまない、数秒は稼いだから何とかしてくれ!」
「無茶ぶり!」
くまとしても想定外の状況だった。
対魔法スキルはいくつかあるがどれも威力を軽減するタイプのもので、この豪雨の前では意味を成さない。
だから完全に魔法を無効にする【マジック・キャンセラー】を選択したのだが、これでは破られるのも時間の問題だ。そもそもこのゲームは魔法を防ぐ術が極端に少ない。
ドームにヒビが入る。攻撃を遮るものがなくなる。
ここまでか、とあきらめかけたその時だった。
「伏せてください!」
凛とした声が響く。
ミサキが思わず振り返ると、翡翠が双銃を構えていた。慌てて這いつくばると、他のパーティメンバーもそれに倣う。
「チャージ完了……全弾発射! 【ヘッジホッグ・バレットストライク】!」
ドームが割れる。
魔法の雨が殺到する。
同時に、翡翠が踊るように双銃を操り、全方位にすさまじい量の弾丸を発射した。
弾丸は全ての魔法を貫き、使用者であるフォビドゥンアイたちに風穴を開けた。ぱあん、と風船の割れるような音を立ててモンスターたちは青いポリゴン片になって消滅していく。
「すご……」
「あれだけの数を全滅させるなんて大したもんだな」
ラブリカとくまが思わず感嘆の声を上げると、当人は照れ臭そうに笑った。
「あはは……いえいえ、発動に時間がかかるスキルなので。時間を稼いでくれたおかげです」
翡翠のクラスはガンナー系最上位クラス『トリガーハッピー』。
装備可能武器は銃カテゴリのみだが、その代わり銃撃に特化したスキルが目白押しになっており、遠距離アタッカーとしては最高峰の性能を持っている。
「話してる場合じゃないみたいだよ!」
注意を集めるミサキが指をさす先には再び大量のフォビドゥンアイが出現しており、橋の先に一塊になってこちらを睨み付けている。よく見ると先ほど魔法の雨を撃ってきた個体とは少し形状が違う。若干だが流線型で、ミサイルのような輪郭。
「ミサキ、もしかしてこれ無限に湧いてくるんじゃないかしら」
「わたしもそう思ってたとこ!」
そんなやり取りをしていると、橋の先で塞ぐように固まった大量のフォビドゥンアイが一斉に突撃を敢行した。
まるで指向性のある濁流のようなその様相に動揺する。
この数。やっていることはただの突進だが、この数が相手では簡単に轢き殺されてしまう。
「くそ、こんな時にまだ技後硬直が……!」
くまが舌打ちをする。
先ほど大技を放った翡翠もまた同じ状況だ。
「こうなったらアイテム使って……!」
「駄目だって温存しなきゃ!」
「でも……!」
使えるアイテムには限りがある。よって温存はするべきだが――しかし出し惜しみしてこんなところで全滅しては元も子もない。アイテムを使えない錬金術士は、はっきり言って弱い。多彩なアイテムによる対応力こそが錬金術士の長所だが、その代わりステータスは低めに設定されている。
「ううう、とにかく防御バフをかけなきゃ!」
そんな言い争う二人をよそに、混乱しながらもステッキを取り出しスキルを使おうとするラブリカ。
だが発動の直前、その肩に誰かの手が置かれた。
「――――違う。いま必要なのは攻撃よ」
カーマだ。
刃渡り50センチほどの双剣を携えた彼女は置いた手を放し、敵の大群へと一人で突っ込んでいく。
「え? え? ええと、【ショッキング・エール】!」
ラブリカがとっさにスキルを発動させるとカーマの身体が赤く発光する。攻撃バフが付いた証だ。
目玉の濁流と軍服の少女の距離は瞬く間に縮まり、そして――
「【スクランブル・ディバイド】」
静かな呟きの直後、二振りの刃が荒れ狂う。
迫りくるとてつもない質量を、真っ向からおろし金のごとく削り取っていく。
高められた攻撃力と双剣の速さが襲い来る敵を上回る。
カーマはスペシャルクラス『グリムリーパー』。
斬撃武器のみに特化したクラスで、ピーキーだが火力という一点においては他の追随を許さない。
「す、すごいですねあのひと……」
バフをかけたラブリカが驚嘆する。
目にも止まらぬ――そして終わりのない斬撃の嵐。
あの敵だって弱いわけではない。数ばかり目立つが一匹一匹のレベルはそれなりの数値だ。
それを雑草を刈るみたいにして蹴散らしていくというのはいったいどういう火力をしているのか。
そうして驚いていると、およそ三桁以上はいたフォビドゥンアイは跡形もなく掃除されていた。
その光景を作った張本人であるカーマは油断の一つも見せず檄を飛ばす。
「ほらぼさっとしない! どうせまた湧いてくるんだからさっさと聖堂まで走るわよ!」
ミサキたちは頷き、カーマに続いて走り出す。
とりあえず聖堂内に入れば襲ってはこなくなるだろう。エリアさえ切り替えればこのゲームの敵はこちらを認識できない。
翡翠とカーマの活躍に、ミサキはひそかに笑みを漏らす。
友人たちの強さが、今はただ誇らしかった。




