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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
第六章 錬金術士はにんきもの
104/325

104.アウトロ


 空中。

 右手に確かな手ごたえ。

 舞い散るダメージエフェクト。

 視界の端に見えるカンナギのHPゲージが空になる。


 落下する。

 落ちて、着地に失敗する。


「いたっ」


 尻を強かに打った衝撃に声を上げると遅れてカンナギが傍らに落下する。どすん! とミサキよりも大きな音が響いた。

 倒れたそれを確認して、あたりを見回す。

 ミサキの虚像を追って駆け巡った雷によって、一本残らず破壊された石柱の群れ――今は瓦礫の山だ――があった。


 ゆっくりと立ち上がる。

 開いた自分の右手を見ると、なぜだか胸が熱くなってきて、思わず強く握りしめる。

 

「やった」


 こみ上げてくるものを外へ吐き出すようにして、頭上に広がる青空を見上げる。

 雲ひとつない空。目が痛くなるほどに真っ青で胸が詰まった。


「やっっっっっ…………たー!!!! 勝ったーーーーーーっ!!」


 ああ――努力が報われる瞬間というのは、いつだって、何度だって、こんなに嬉しいのだ。

 勝ててよかったと心から思う。もしまた負けていたら楽しいなんて思えなかったかもしれない。

 あまりの喜びにそこらじゅう走り回ってぴょんぴょん跳ねる。まるで久しぶりに散歩へ連れ出される飼い犬のようだった。


「勝った、勝ったよみんなー! わーい!!」


 喜色満面で手を振るミサキへ、すかすかの観客席から聞こえるまばらな拍手。でもそれがミサキにとってはなにより嬉しかった。みんながいたから強くなれた――なんて月並みではあるが、間違いなく勝てたのは自分ひとりのおかげではない。これまで通ってきた道程の全てが彼女を強くした。


 そして、彼女に最も影響を与えた少女は――フランは。

 頬杖をついて、そんなに喜んでなんていませんよというようなポーズを取って、それでも緩む口元を抑えられなかった。

 きっと勝つと、ミサキが負けたままでいるはずがないと思っていたけれど。それでも、良かったと安堵した。


「……ふふ。やっぱりあなたは笑っているのが一番よ」


 その眼下で、倒れていたカンナギがむくりと起き上がる。

 アリーナでのバトルにおいて、敗北者はすぐに消えてリスポーンするもしばしの間そこに留まるのも自由だ。彼は後者を選んだらしい。


 その彼に、ミサキは歩み寄って手を差し伸べる。

 悔しそうに苦笑したカンナギはその手を取って立ち上がった。


「……完敗だ。本当に強いんだな、君は」


 優しげなまなざしを見上げ、ミサキは首を横に振る。


「ううん。まだきっとカンナギの方が強いよ。わたしが勝てたのはグランドスキルを使われたから。それだけに対策を練って、狙ってたから。……だからこそわからないことがあるんだよね」


「なんだい?」 


「どうしてあそこまでグランドスキルにこだわってたの? 対戦動画とかを見てても絶対あのスキルでとどめを刺してたよね。確かに強力なスキルだけど、それが必要ないほど格下の相手でもわざわざ使ってた――時間を稼いでまで。パフォーマンスにしてもやり過ぎだと思うんだ。どうして?」


 純粋な疑問だった。

 彼だって【ケラウノス】の弱点――膨大な技後硬直には気づいていたはずだ。それを無理にごまかしてまで使用することにこだわっていた理由がわからない。対策されるとは考えなかったのだろうか。今回はミサキが逸脱した方法で勝ちはしたが、きっとそれ以外にもあのスキルを破る方法はある。それについてカンナギが考えなかったとは思えない。


 仮にカンナギが用心して終始グランドスキルを使わず戦っていたとしたら――まず間違いなくミサキは敗北していただろう。

 

「ああ……それはね、」


 カンナギは珍しく照れくさそうに後頭部を掻き、一度躊躇ってから口を開く。

 ”それ”を聞いたミサキは目を見開き……深くため息をついた。


「……わたし、やっぱりあなたのこと気に入らないな」


 観念したように、笑った。






「おつかれさま」


「あは、ほんとにね……」 


 アトリエに帰ってきたミサキを、錬金術士は穏やかな笑みを浮かべて迎える。

 その笑顔に綻んだ頬のままふらふらと歩いて勢いよくソファへと身を預けた。肉体的な疲労は無くとも精神的にはもうへろへろだった。あれだけのスピードで動き続けていれば神経も遣おうというもので、今のミサキの姿はさもありなんというところであった。

 ゲーム内だというのに眠気を感じる。かなり限界だということが自分でもわかる。早めにログアウトしておいた方がいいだろう。

 

「あー……疲れた。ロビーに帰ってきたらめっちゃ囲まれてさあ」


「んふふ、人気者じゃない」


「大変だったんだよ…………」


 観客席で見ていた知り合いたちが出迎えてくれるのは予想していたが、中継などであのバトルを聞きつけた野次馬も駆けつけて来て、それはもう人口密度が大変なことになってしまっていた。

 スキャンダルを起こした芸能人くらいには大人数に詰め寄られてしまって、目を回しそうになってしまった。ラブリカがうまく逃がしてくれたが。できた後輩である。別れ際の『貸しイチですからね!』というセリフが恐ろしいが。


「……………………」


 最後のカンナギとの会話を思い出す。


『僕のグランドスキルは特殊なクエストをクリアして手に入れたんだ』

『超高難度クエストさ。大勢で挑むのが想定されている、きわめて強力なボスを相手にギルド総出で立ち向かった』


 その思い出を、彼は慈しむような面持ちで語った。


『頭が三つ、腕が六本、背丈は僕の何十倍もある、白髪に白い肌、神々しい装束を纏った神のような相手だった』

『何度も諦めかけた。余りに強く、仲間たちは次々と倒れていった』

『だがみんなは諦めなかった。結果、何とか勝利し、僕たちはグランドスキル習得権を手に入れた』

『誰がこれを習得すべきだろうか、と僕は呼びかけた。少なくとも途中で臆してしまった僕以外の誰かが相応しいだろう、と思ったんだ』

『だというのに――ははっ。みんなはなんて言ったと思う? お前に決まってるだろ、だってさ』

 

『あの時から僕は……彼らに恥じないリーダーになろうと決意した。ギルドの――『ブレイブ・クルーズ』の代表として』 

『グランドスキルにこだわっていたのはね、言ってしまえば自慢だよ。これほどすごいスキルを僕にくれた仲間たちは――こんなにもすごいんだぞって、ただ自慢したかっただけなんだ』


 ミサキは目を閉じて反芻する。

 あの屈託のない笑顔を思い出す。


(あーあ。あんなこと言われたら勝った気にならないよ。だから気に入らないんだってば――――)


 だけど、嫌いじゃない。


「ミサキ?」


「…………ん、なんでもないよ。勝ったなーって浸ってただけ」


「そう」


「…………なんかさ、わたしに言うことない?」


「はい?」


 不満げにミサキは口をとがらせてみるも、フランはきょとんと首を傾げるばかり。傾いた頭に合わせてふわふわの金髪が揺れた。


「だ、だから、わたしの戦いを見て思うところとかなかったの?」


「はあ。すごいなーって思ったわよ」


「いやっ、それだけ……ああもう!」


 我慢ならないとばかりにミサキは勢いよく立ち上がる。

 その顔は真っ赤に染まってリンゴみたいだった。


「ほ、褒めるとか! あってもいいんじゃないかなって思うんですが!」


 頑張ったのだ。

 もちろん自分が勝ちたくて努力して、つかみ取った勝利ではあるのだが。

 それでもフランは無関係というわけでもないし、わざわざバトルを見届けてもらったわけだし、なにかそういう見返りみたいなものがあってもいいと思っていたのだ。


「…………ぷっ。あっはは、あーはっはっは!」


「なんで笑う! ……~~っ、もういいよ!」


「ごめんなさい、バカにするつもりじゃないの。子どもっぽくて可愛いなって思っただけよ」 


「バカにしてるじゃん!」


「あーはいはい、仕方ないわね」


 ソファに座り込んで拗ねてしまったミサキに歩み寄り、傍にしゃがんで抱きしめる。

 ミサキは少しむずがっていたが、すぐに身体の力を緩めた。


「がんばったわね……やっぱりすごいわ、あなた」


「……うん。ありがと」


「……正直ね、あなたが勝った時、ちょっと涙ぐんじゃった」


「え、ほんと?」


「ええ。でもなんだか恥ずかしくって。あなたとカンナギが話してる間に帰ってきちゃったのよ」


 抱きしめてくるその身体がいつもより熱いことに気づいて、視線を逸らすとフランの耳が赤くなっていることに気付く。

 これを見られただけで、頑張った甲斐はあったかな、と思った。


「だからほんとはロビーで言えたら良かったんだけど……おめでとう、ミサキ」


「ありがと、フラン」


 きっと、今日の勝利の味は一生忘れられないだろう。


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