102.虎の子レイヤー
僕は別に、バトルなんて好きじゃなかった。
生まれ育った環境も、穏やかな人が多かったこともあり、殴り合いの喧嘩なんてことはした試しがない。……これに関しては幼馴染の巧が守ってくれていたことが大きいような気がするが。
だから巧が誘ってくれたこのゲームにも最初はそんなに身が入っていなかった。
こんなにバトル偏重のゲームだとは思っていなかったから、実は少し期待外れだった。
もっとこう……人との交流や、セカンドライフというか、ゆったりとした暮らしみたいなものを期待していたのだ。まあ実際は家を建てたりもできるし、僕が望んでいたことができないわけではなかったのだけど、さておき。
しばらくこのゲームをプレイして、巧と一緒に勢いでギルドを設立して。そうしたら、たくさんの人が集まってきた。
気が付けば大所帯になって、いつしかリーダーと呼ばれるようになって。なら僕は、彼らが担ぐにふさわしい存在になろうと思って強さを目指した。
かと言ってそれで戦いが好きになったというわけではなかったのだが――変わったのは。
あの子と、ミサキという少女と戦ってからだ。
今まで相対した中でもっとも強い彼女との戦いで、僕は不覚にも高揚してしまった。
フランさんへの想いを表明するための戦いだったはずなのに。いつだってバトルは手段でしかなかったのに。
戦い始めて、だんだんと彼女の力を見たいという気持ちが強くなっていった。
彼女があの戦いに際して身が入っていなかったことに落胆すらした。
…………そんな自分に驚きもした。
いつの間にか僕は戦い自体を楽しんでいた。
本当は……誰にも打ち明けたことはないが、野蛮だとすら思っていたのに。
僕の戦いと言えばスポーツ、特にサッカーだ。それこそが人間にとっての健全な争いだと思っていた。
だというのに、どうしてあんなにも高鳴ってしまったのか。
今日ここに来たのは、それを確かめるためだ。
「はあっ!」
横薙ぎに振るった剣が虚空を裂く。
直前でバックステップしたミサキに回避されたのだ。
(…………なんだ…………?)
困惑の種を抱えつつも、カンナギは一歩踏み込む。今回は最初から防具を脱ぎ捨てた状態で戦闘を開始している。よってその速度は格段に上昇している。
しかし、その接近に合わせたように――まるでそれがわかっていたかのようにミサキもまた踏み込み、彼我の距離がゼロへと限りなく近づく。
剣の間合いのさらに内側。ミサキの距離だ。
「ふッ!」
腹部に突き刺さる拳。
衝撃でカンナギが数メートル後退する。
ここまでの戦いで優勢なのはミサキだった。優勢……では、あるのだが。
「何を狙っている……?」
前回のような高速戦闘はなりを潜め、今展開されているのは至極スローペースな戦いだった。
攻撃を高速でやり取りするのではなく、一度打ち合うたびに仕切り直すような、もどかしいとも言える試合運び。
カンナギからすれば全くの予想外だった。
なぜならこれはカンナギにとっての理想の展開だからだ。
問答無用で勝負を決めるパワーを持つグランドスキルがある以上、それを放つための準備をするのが普通だ。
与ダメージ、被ダメージ、そして経過時間。それらによってゲージをマックスにすることで使えるようになるという特性上、カンナギ側はできる限り時間をかけて戦うのが正解になる。
だというのに、その時間稼ぎをしているのはミサキの方なのだ。
彼女はグランドスキルのことをわかっているはずなのに。
そしてグランドスキルへの対策を用意してくるはずだとカンナギは予想し、その対策への対策もあったのに。
彼女も全く攻撃してこないわけではない。
隙ができれば的確にダメージを与えてくる。だが、一発食らわせてすぐ引いてしまう。
もっと畳みかけることだってできるだろうに――前回とは全く戦い方が違う。
前回が短距離走だとすれば今回はジョギングだ。
悪い言い方をすれば直線的な力押しが目立った前回と比べると、今回はあまりにもつかみどころがない。
しびれを切らしてこちらから攻めようとするとまるで磁石の同極を近づけた時のように触れることが困難になる。
もどかしい。
気が逸る。
今すぐにでも均衡を破ってしまいたい。
「【ギガ・ぺネトレイト】!」
力任せに放たれる、雷を伴った高速の突き。
中距離までほぼ一瞬で届くこのスキルなら、ミサキを捉えることもできるはず。
その考えは間違いではない。
「ぐっ!」
あまりの突進速度に回避しきれない。
発動ワードに反応して真横に飛んだものの、発射直前まで狙いをつけることができる【ギガ・ぺネトレイト】の前では間に合わず。
二の腕が浅く抉れ、それだけでHPが大幅に削られる。
ミサキは思わず奥歯を噛みしめる。
やはりこんな戦法がいつまでも通用する相手ではない。
怯んだのは一瞬。
食らった衝撃にたたらを踏みつつも体勢を立て直し、背後まで走り抜けたカンナギへと振り返る。
「後隙のこと、忘れて――」
「ないさ!」
技後硬直はすでに終了していた。
このスキルの強力な点は、威力やホーミング力だけではない。硬直の少なさもまた、強力さに拍車をかける要因となっている。
詰め寄るミサキに対して振り返りざまに剣を斜め下から振り抜く。
その反応の速さにミサキは慌てて急ブレーキし、両腕をクロスさせガードを固める。
だが強烈な斬撃は、そのガードの上から打撃としてミサキを襲う。
ガゴン! という鈍い音とともにミサキの身体が宙を舞う。少なくないダメージ。
打ち上げられたミサキは空中でくるりと体勢を立て直し、着地する。
「……………………」
序盤優勢を保っていたミサキではあったが、その実一切の余裕が無かった。
針の糸を通すような立ち回りを続けるというのは思ったよりも神経を使う。
言うまでもないことだが、カンナギはミサキよりも明確に格上である。
ステータスも、スキルも、プレイヤー自身の性能も。
例えグランドスキルが無くとも、おそらく百回戦えば九十九回敗北するだろう。
だが――これも言うまでもないことではあるが。
それを重々承知した上で、ミサキは勝ちに来た。
百回のうちの一回をこの一戦に持ってくるために。
だが悟られてはいけない。
そのうえで致命的なダメージを食らうことも許されない。
少女は虎視眈々と牙を研ぎ、喉笛へと突き立てるその時を待つ。
 




