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ガールズ・ゲームVR ーアストラル・アリーナー  作者: 草鳥
第六章 錬金術士はにんきもの
101/325

101.あの日のオリジン


 早朝、七時半。

 アリーナにて。

 円形のフィールドには二人の人物がいた。


 片方は小柄な黒髪の少女。

 もう片方は白馬の王子様という形容が似合いそうな金髪の青年。


「再戦の申し込みをくれた時は驚いたよ。あのままうやむやになってしまうものだと思っていたし――それに」


「それに?」


「もう戦う理由が無いと思っていたからね」


 そう言って青年は――カンナギは苦笑してみせる。

 しかしミサキにはわかっている。柔らかく細められたその瞳の奥には燃える戦意がくすぶっていることを。

 おそらく彼の目にも、自分は同じように映っているのだろう。


「振られたんだって?」


 至極、端的に。

 その事実を指摘してやる。

 すると彼は照れたように笑った。


「ああ――やっぱり聞いていたかい。そうだね、すげなく断られてしまった」


「そこまで残念そうじゃないんだね」 


「うん。想いが届かなかったのはとても残念だけど……『友達は大事にしたいから』なんて言われたら、ね」


「そ、そう」


 少し、いやかなり恥ずかしい。

 そんなことをよく恥ずかしげもなく言える――などと内心でぶつくさ言うミサキだったが、彼女本人も割と普段からこういうことをあっけらかんと言ってしまう(たち)だった。

 

 少し顔を赤くするミサキを見て、カンナギはどこか遠くを見るように視線を外した。


「前の戦いはとても残念だった」


「……うん、そうだね。本当に」


「だからこうしてまた君と対峙できるということを嬉しく思う。理由がなくとも――いや」


 殺気が。

 空を見つめていたカンナギがミサキを再び目に入れた瞬間、ピリピリと空気が張り詰めた。

 柔和な王子様。みんなに慕われるギルドリーダー。そんなものは影も形も無く。

 今のカンナギは戦いに飢える獣のようだった。

 あの時”お預け”をされたのは君だけじゃない、とでも言うように。


「ある。理由は。そうだろう? だから僕に連絡してきたんだろう」


「――――うん」


 そして。

 ミサキもまた同じく。

 ずっとこの時を待ちわびていた。


「今はもうフランは関係なく、わたしはあなたを倒したい。もし勝てたなら、その時はきっと……前よりこのゲームが楽しくなるって思うから」 


 その宣言を聞いたカンナギは心から嬉しそうに笑み、両腕を広げる。


「ならば――さあ! 決着を付けよう! 前と同じこの場所で! 指名バトルなんてシステムはもう関係ない! この世界で培った全てをぶつけ合おう……どちらかの命が尽きるまで!」


 彼我の距離は数メートル。

 試合開始を示すカウントダウンホログラムは無い。

 ただこの場所で、戦うだけだ。

 


「…………」  


「…………」


 睨み合い、無言の牽制を交わす。

 先に動いた方が負けるなんて文言があるが、もしかするとあれは信憑性があったのかもしれない、と思う。

 少なくともこの状況、うかつには動けない。


 緊迫感に汗でも流してしまいそうな心地の中――その時は訪れる。


 電脳の風が砂塵を流した。


「ッ!」


 動き出したのは完全に同時。

 

 何のために戦うか――そんな理由は二人の間にはない。

 戦いたいから戦う。だから今ここにいた。





 観客席の人影はまばらだ。

 当然だが、休日だからと言って――いや、休日だからこそ早い時間からこの世界にいるものは少ない。

 カンナギのギルドメンバーが十人余りと、熱心なファンらしき者が数人。

 あとは暇なやじ馬がちらほらと――ミサキの知り合いが少し。とにかくいつも満員御礼な観客席は空席の方が多い。


 そんな中に長い金髪を垂らす魔女っぽい服装の少女がいた。

 頬杖を突き、ミサキとカンナギの戦いを見守っている。


「がんばれ」

 

 囁くような声は誰にも届かない。

 届けるべき相手にだって聞こえない。

 遠くに見える戦いが、その青空のような瞳に映っている。

 熾烈そのものといったやり取りの隙間からのぞくミサキは笑っているように見えた。


 楽しそうだ。

 誰かと全力で戦っているとき、ミサキは本当に楽しそうだ。

 特に今は。

 

 以前彼女は、勝たなければいけない戦いは好きではないと言っていた。 


 ミサキはきっと勝っても負けても楽しかったと言うだろう。

 結果に大した意味は無い。きっと戦いそのものに、彼女は意味を見出している。


「がんばれ」


 それでももういちど、祈るような声色で呟く。

 悔しがる顔よりも、勝って喜ぶところが見たいから。


 


 戦いが始まって。

 意識が極まった集中に入ると、自身の根源的な部分に目が向く。

 

 ミサキは、自分にとってのゲームとはどんな存在か、と思い返していた。


 いわゆるゲーム歴と呼べるものは非常に短い。

 はじめてまともにゲーム機に触れたのは一年と半年ほど前だ。

 それは彼女の母親が失踪した時期と重なる。

 母親が残したゲーム機で寂しさを紛らわせようとしたのが始まりだった。

  

 ゲームだけが孤独に寄り添ってくれた。

 寂しさも、後悔も、自己嫌悪も――ゲームをしているときは少しの間遠くへ行ってくれたから。

 大嫌いな自分とは違う存在になれたから。


 そして、今は。

 

 この世界で。

 自分自身が主人公になるゲームで、ミサキは心から楽しいと思えた。

 それはきっと以前よりも自分のことを好きになれたからだろう。

 大切な人たちが愛してくれる自己を肯定できるようになったからだろう。


 相手を見据え、地面を蹴り、拳を握る。

 やることはずっと変わりないのに、心の高揚が抑えられない。

 一切のしがらみも無く、自分の力を試せることが楽しくて仕方がない。


 ああ――今のわたしは。わたしの強さは。

 あの日々に、自分と一緒にいてくれた主人公たちへと、少しは近づけただろうか。


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