居酒屋相撲(ジャングル場所大一番)4
『みあってみあって〜』
ジャングルの真上に、茶色い毛の丸い動物が飛び上がる。どんどん上がっていって、ついには空に浮かぶ白い雲を突き抜けた。動物は花火のように体を広げて、自分がヒヒだと明かしてみせる。
ヒヒは白い雲をもう一度上から突っ切って、ジャングルにいくつもある高い木々のうち、一番高い樹木のてっぺんに着地した。
樹木はたわむこともなく、ヒヒをてっぺんで受け止める。
ヒヒは、紫と黄色のカラフルな着物を着ていて、手には平たいひょうたん型のうちわを持っている。
「みあってみあって〜、みあってみあって〜」
ヒヒは寄り目がちになって、ずっとそう言っている。ジャングルに立ち上がる、木々よりも半分以上大きな動物たちを、真剣に見つめていた。
ジャングルに下半身を突っ込んだままたつのは、巨大な像と、巨大なクマ。彼らはイメージカラーのグレーと茶色の中で、一番グレーと茶色の色をしているようだった。
互いに胸を張って、像は赤、クマは黄色のまわしをつけている。
ちょうど上から眺めると、ジャングルは丸い土俵にも見えた。
「ぱおオオオオン! 今日こそ、我らの決着をつけよう!」
「ぐわっはっはっは! まあ、そう焦るな、エレファント。今日は一年に一度の縄張り大相撲。まずは、行事からのルール説明だ」
「じれったいわ! そんなに取り組みがおこわのか、ぱおぉ!」
「慣例に従えぇい! これは神聖な儀式じゃあ!」
ヒヒは『みあってみあって〜』としかいっておらず、誰も説明に入らない。さっきよりさらに寄り目になって、浮世絵の男のように、手を前に出していた。
『パォオオオオオン!!』
像が長い鼻を高々と掲げる。鼻の先端から、白い鼻水を大量に撒き散らす。雨のようになって、足元の居酒屋と、カウボーイたちに、降り注いだ。
ワイズはジェーンを連れてきて、一緒にその鼻水を全身で浴びた。彼らは顔に降ってきた大きな鼻水を、手のひらで拭う。
「な、なんだこのネバネバしたやつは。ニンニクの匂いがするぞ」
「ああ〜、あの像のくそじゃったか!!」
「おい、聞こえてらどうするんだ。あんまりくそくそ言うな」
「きにするではない、像というのは本来優しい性格じゃ」
「そりゃ、普通の像はそうかもしれないが。俺の知ってる像は、少なくとも二足歩行じゃない」
「あ〜、じゃああれは化けもんじゃな」
隣にいた、トラのサーバント『テツロウ』はまたジェーンを睨みつける。
「我々は、化け物じゃない。サーバント、またの名を召喚獣だ」
「召喚獣? 確か、タエリカも従えておったな」
「? 何奴か、いまはどうでもいい。ただ、お前の知ってる召喚獣とはちと違う」
ジェーンはすでにテツロウの話を聞いておらず、巨大な像と巨大なクマを下から眺めていた。
「オイッ、グリズビーの藤! ヒヒジィはずっと『みあって』としかいってないぞ!」
「まてエレファント、気が短くて、森の長が務まるか!」
「何を言う、貴様とて先程からビビっておるではないか、そんな奴に森の長は務まらん!!」
「貴様、さっきからもうしているが、俺はお前に慣例というものを知れと言うとるんじゃ。さては、貴様こそ、さっさと戦わねば負けそうで仕方ないとビビっとるんじゃろ?」
「パォォォォォオ!! なんたる侮辱! 今すぐにでも、渾身の力でぶちかましてくれるわ!」
『では!!! ルール説明を始めるううううううううううう!!!!』
「「ビックリしたぁ!!」」
ヒヒは突然目をさらに見開いて、行事のうちわを縦に振った。
すると、突然。風が吹く。今まで、グリズビーの後ろから、密かに吹いていた、誰も気づかないような風。これが突然、ヒヒの後ろから流れ始めた。
次の瞬間には、ジャングルの木々の葉っぱは、行事のうちわの直線上でズバリと切り裂かれてしまう。釜風が切り裂いたと気づくまで、誰も瞬きしていないかった。
『る〜るは簡単ジャァ。相撲に勝てば森の主人。この森、現在はグリズビーの藤の先代、ガチヒグマ関が所有してオル。しかぁ〜し、世代交代により、新たな一番を開くこととなったのジャァ。今回、エレファントの先代、ガチゾウの関の思いアル。二人とも、真剣に取り組みを行えい!!』
エレファントとグリズビーは互いに頷いた。頷くだけで、森全体も頷いたように響く。
「御意」
「御意」
『では、ふたりとも、杵邸の位置につケイ!』
グリズビーは後ろの方にさがっていった。彼はジャングルに住む生物に気を使えるタイプのクマで、慎重に動物たちを踏まないように進んで行く。
一方、エレファントは周りのことを気にしないタイプのゾウさんで、長いお鼻をから鼻水をこぼしつつ、居酒屋に突っ込んできた。
ワイズは目を見張る。
「おい! ゾウが下がってきたぞ! みんな、逃げろ!!」
今、巨大なゾウのグレーのシワシワしたかかとが、目の前のジャングルを掻き分けながら、居酒屋に近づいているというのに。カウボーイたちはキョロキョロしていて、サーバントたちの行動においていかれているようだった。それほどまでに、異世界でも尋常ではない事態である。
「なんてゾウだ!」
「こんなことして、サーバントはなんのつもりだ!」
「やっぱりあいつらは、俺たちのことを対等になんか思ってねぇぞあれは!!」
ワイズはジェーンの手を引く。彼女は動く気がないらしい。
「どうした、早く逃げるぞ」
「戦ってみたい」
「は?」
「戦ってみたいぞ、ワイズ」
「バカっ! んなこと言ってる場合か!」
「戦ってみたいなぁ」
テツロウは、ジェーンの肩を掴む。
「何してんだ、早く逃げるぞ」
「おい、トラ。そんなに強いのか? このゾウとクマは」
テツロウはジェーンに呆れ返っていた。先程の発言といい、彼女はテツロウにとって、あまりにも無謀な人間だった。
「強いに決まっているだろ。俺の攻撃で生きてるお前でも、さすがに。さっきは悪かった。だが、あのエレファントさんにけりつけられようものなら、俺の爪程度の騒ぎではない。どういうわけかピンピンしているお前でも」
すると、テツロウの足元に、ピチャリと音を立てる液体が滴っていた。はじめは、ジェーンが恐怖のあまりにおしっこでも漏らしたのかと思ったのだろう。だが、液体が明らかに赤い血液であることを知ると、テツロウの黄色い顔は青白く波が引いていく。
「おい……これはなんだ……生きてるのか、お前は?」
「ああ、さっきの傷から漏れたんじゃな。すまん」
ワイズは二人の後でようやくジェーンの血液に気がつく。手を掴んだまま、慌てて後ろに飛び下がった。
「ジェーン! 今すぐ手当を!」
テツロウもジェーンの手を掴む。肉球で必死に、彼女の体を引っ張る。しかし、ジェーンの体は地面に固定されているように、ビクともしない。
「どうなてんだ、この女!! お前の知り合いだろ、ワイズ!」
「知るかぁ! さっき初めて会ったばっかりだ!」
「どこの出だこいつ!」
「そんな場合じゃないだろおオ!」
ついに、許ヂアなゾウのグレーでシワシワの大きな足が、ジャングルを突っ切ってきた。黒い泥を跳ね上げて、巨大な樹木を丸ごと引き抜いて、根っこごとこっちに迫ってくる。
速度は、世間でよく聞く、こんなに早いとは思わなかった、だった。
「ジェーン!」
「逃げろ!!」
『パオォォォォォォォオン!!』
ジェーンの正面から、巨大なゾウの足がぶつかる。黒の赤の文字を足掻かれたTシャツは、そのサンドイッチになって、あっという間に穴が空いていてた。地面に滴るジェーンの血は、その衝突になんの問題もない。ただ、ゾウがジェーンにつまずいた、そういうことが起こるだけなのだから。
上を見上げると、今度はゾウの背中が降ってきていた。