洋太郎・竹下(数奇な異世界人)
「よーちゃん、最近この辺で変わった話聞かなかった?」
「変わった話ですか? いいえ、特には」
「そう、それならばいいのだけど。じゃあ、こんな宝石知ってるかしら?」
「宝石?」
洋太郎は、タエリカの黒髪を持ったまま、顔を彼女の横に近づけた。
タエリカは服についた赤い宝石を持ち上げる。その拍子に、大きな大きな谷間が見えたのだ。しっとりとした匂いが、洋太郎に迫る。
「な、ななななな!」
「あら、どうしたの? よーちゃん」
「いえ! なんでもありません!!」
「で? この宝石、レッドクリスタル、とか、ルビーとか言うんだけど。見たことないかしら?」
「そうですね〜、僕は床屋を初めてまだ浅いので知りませんが……宝石を買い漁る人間のお客さんはまだいませんデス」
「ま、知らないならいいのよ。ね」
すると、洋太郎は何顔思い出した。タエリカの髪の毛を下に降ろす。降ろされたたエリカの髪の毛は、木の床にそっと丁寧に置かれた。
その瞬間、タエリカはうろたえた。彼女の人生で、美容師が彼女の髪の毛を手放したことは、仕事中には絶対になかったのだ。
「そういえば、一回だけありますよ」
「え?……どうしたのかしら?」
「そういえば、一度、お客さんがつけてらしゃったのを覚えています。僕、お客さんの顔はもちろん、服装も一度見たら絶対に忘れないようにしてるんですが、とあるお方がタエリカ様と同じように胸のところで飾ってらっしゃいました」
「やっぱりね。ここに来てよかったわ。だれなの? その人は?」
「それは個人情報なので」
タエリカの後ろで、洋太郎は自分の頭を撫でた。笑ってごまかそうとしている。この場をしのげれば、大抵のお客はそれ以上踏み込んでこないからだ。
ただ、それはタエリカには通じない。彼女は、すかさず洋太郎の金玉を、ジーンズの上から握りしめた。
「はう!!」
「よーちゃん、このあと、おねぇさんといいことしたくないかしら?」
「え? いや、このままだといいことも悪いことも関係なくなっちゃいますよ! なくなっちゃいますよ」
「そのお客さんのことを教えてくれるだけでいいの。みて、この胸元の赤い宝石。私の世界では、特殊な兵器によく使われてるの。そして、最近私の世界から、その大切なものが盗まれてしまったのよ」
「あ〜、なるほど。で、探しに来たと」
「で? どうなの、よっ!」
「はう!!」
タエリカの尖った爪は赤のネイルが施してあった。だが、その一部がかけて剥がれるほど、ジーンズの上から洋太郎の金玉を掴んでいた。
「たしか、ディオグラディティさんが、あ、あああ」
「ディオグラディティ? だれ、その人は?」
「こ、この世界の有名な兵器開発会社の御曹司様です」
「なるほど〜、いいこと聞いたわ」
すると、洋太郎の金玉が解放される。
タエリカは胸元から長いタクトを取り出した。色は、木の棒をからっからに乾燥させたあと粘土でコーティングしたような、茶色だ。さらに、スカートの下から下品に分厚い本を取り出す。
ページを膝の上で開いて、魔法の杖で突っついた。
「マジカルワード、ディオグラディティ」
マジカルワード。この魔法は、文字を検索することができる魔法である。検索対象は、この世界の範囲内。彼女は、ジェーンと離れてから、自分の魔法がどの程度まで使用可能か調べていた。
検証の結果、世界の摂理に従い、改良されていると知る。つまり、検索対象は、元の世界内であれば元の世界の内を対象に、この世界内であればこの世界内を対象となる。
ぽっ、と紫の炎で文字が本の白いページに浮かび上がった。
『ディオグラディティ、グランバーバッチカンパニー御曹司。現在、開発部を担当、年齢27さい、19さいにてエクレツェア中央大学の博士号を取得。現在、大手の株式トレーダーとしても有名』
タエリカは艶めかしく顎を上げた。後ろでは、洋太郎が散髪の準備を進めている。
「なるほどねぇ、もしかすると、私たちの世界の兵器にも何か関わっているのかもしれないわねぇ」
「タエリカ様、あなた様の世界では、それほどに強力な兵器があったんですか?」
「ええ、とってもすごいやつがあったわよ。人間に反乱を起こすくらいにはね」
「反乱、まるでSFの話ですね」
「ここはファンタジーの異世界のようだけどね。まあ、細かいことはいいわ」
洋太郎はタエリカの黒髪を切り始めた。定規で正確に測りながら、長い黒髪を3ミリだけ削るように切っていく。
「さて、よーちゃん。これが終わったら買い物に行きましょう」
「え、でも僕は店があるので」
「かたいこと言わないのよ、どうせ、『最近の騒ぎ』で客足も止まってるんでしょ? ならいいじゃない、ちょっとくらい」
「まあ、確かにそうですね。それでは2時間ほど昼休みを取るとしましょうか。ああ、今日は一体どれくらいの荷物を持たされるのでしょうか……」
「そんな意地悪しないわよ。ちょっと、寄りたいところがあるのよ」