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レッドギア・ジェーン  作者: まつげ
赤毛族
2/43

ワイズ・エスパニョール(最強のカウボーイ)

 樹林は濡れていて、少し色が濃くなっていた。

 森の茶色はしっとり濡れた黒色をしている。緑の葉っぱは、一度溶けて新鮮な染料を混ぜたように鮮やかだ。ハート型の葉っぱは、ここらで一番大きい。

 女性ことジェーンはその葉っぱで胸を隠していた。滝のような赤髪を背中に垂らし、藁の腰巻で先に進む。まるで原住民のような態度ではあるが、彼女はこのジャングルに来てまだ半日も経っていない。

 ジェーンは人を探していた。


「タエリカ〜? どこにいるんじゃ?」


 そんな彼女を、遠目で一人の男性が発見した。ツタを辿って縦横無尽の彼女を一瞬動物だと思いながら、とあるカウボーイは目を丸めて声をかけた。


「まて、そこの女。そんな格好で何をしている?」

「え? だれ?」

 ジェーンが振り返ると男は、

「待てと言っただろ、そのまま前を向け。乳首が見えるぞ」


 ジェーンの後ろに、カウボーイが一人。カラッとした西部劇の舞台にいそうな男が、なぜこんな熱帯雨林にいるのかジェーンにはわからなかった。しかし、男がジェーンに、銀色の太い狩猟銃を向けているのはよくわかった。

 熱帯雨林の真ん中で、ジェーンは胸を張って男を振り向く。


「よお、人探してんだわ、私は」

「ちょ、だから前を向いていろと言っているだろ!」


 カウボーイは、恥ずかしそうに手で視界を覆った。さすがに、半裸同然の女性に銃を放つほど野蛮ではない。

 続けて言う。


「人探しだと? そんな破廉恥な格好でよく言ったな。原住民かなんかかお前は」


 ジェーンはそれをわかっていて胸を張った。やはり、葉っぱの隙間から乳首が溢れる。


「さあな、じゃけど私は好きで葉っぱと腰巻をしているわけじゃねぇわ。この世界に来る途中、見事に焼き焦がされたのさ」

「焼き焦がされた? 何を言ってる」

「おしえんのは面倒じゃ。ところで、タエリカという女性を知ってるかい? おまいさん」


 カウボーイは首を振った。革製の帽子は湿気で濡れていて、頭の上で左右に揺れた。そのまま、ジェーンから距離を取り、後ろの黒い土を退けていく。

 ジェーンは彼が恥ずかしがっていると悟ると、大股で一歩を踏み出した。

 カウボーイは悔しそうに舌を鳴らす。


「知ったことか。とりあえず、服だけ貸してやる。あと、こんな危険地帯を全裸で歩くんじゃないぞ、二度とだ、わかったな?」

「ほ〜? 危険地帯じゃったか、ここは。一体何が問題じゃ?」

「どうやら本当に異世界人のようだな。この辺りは、虎とか、クマとか、あと虫とかいるぞ。さっさとこっちに来い」

「こうか?」

「ちょ、俺がまずは下がる。それからにしろ」


 カウボーイは恥ずかしそうに後ずさっていった。ジェーンは堂々と胸を張ってその場にとどまる。すると、彼は一人でジャングルの奥に進んでいった。

 その時、ジェーンの後ろから、黒い大きな姿が迫る。今にも、彼女を食い散らかしてしまいそうだ。

 ジェーンはため息をつく。


「はぁ、何しとるんじゃ。ブラックパンサー、おまいさんは匂いが独特じゃなぁ」

『がるるるるるるる』


 黒いパンサー。この動物はジェーンの言ったことを理解していないようで、柔軟な体を伸ばし、ジェーンにバレてないうちにそっと襲おうとしていた。

 ジェーンは振り向きもせず、じっとしている。腕を組んでめんどくさそうに、斜め上の空と木を眺めていた。

 ガブゥ!……ブラックパンサーは後ろからジェーンの体に斜めに噛み付着いた。口を大きく開けて、ばくっ、っと空気を鳴らすほどだ。

 しかし、血が流れるどころか、ジェーンは元気そうに腕を伸ばした。ブラックパンサーの頭を、二回ほどタップする。


「ほうほう、どーどー。お前さんはいい子じゃあ」

『がるるるる?』


 ジェーンの体に噛み付いてみると、ブラックパンサーがいかに巨大なのかがわかる。大鰐おおわにの口にも匹敵する顎。ジェーンのおっぱいを葉っぱの代わりにすっぽりと覆い隠していた。

 だが、ブラックパンサーは首をかしげる。ジェーンの体に、自慢の牙は刺さっていないのだ。強靭な皮膚に牙は食い込むばかり……。

 ジェーンはブラックパンサーの黒い鼻頭を撫でて、また、ため息をついた。


「なんじゃ、最近では注射器でも、私の皮膚を貫けるというのに。やっぱり、現代には硬い食品は不足しているのか? ここでも」

『がるるるる』

「やめい、食う前に歯が折れてしまうぞ」

『がるるー』


 ブラックパンサーは仕方なく牙を下げた。ジェーンの体は唾液でベトベトしている。てかっていて、セクシーだった。

 赤毛もべっとりしている。だが、彼女は体全身を使って、赤毛のよだれだけは振り払った。

 周囲に透明な液体が飛び散った。

 カウボーイはまだ、ジェーンの乳首を遮るように右手を顔の前に出している。そのまま木々の隙間を後ずさっていて、今の出来事をまるで知らない。


「ついてきてるか?」


 カウボーイが尋ねる。

 ジェーンは口角を上げてニヤついた。


「ああ、ついてきとるぞ。任せろ」

「そうか」


 ジェーンはブラックパンサーの頭を撫でて、


「ほらみい、あっちの方が美味しそうじゃろ」

『がるるるる』

「後ろからいったれい」


 ジェーンはほくそ笑んでいた。なぜなら、彼の後ろからついて行っているのは、ジェーンではなくブラックパンサーだからだ。よだれを跡に残して、ゆっくりと追いかける。

 カウボーイは足元だけは気にして、後ずさる。


「おい、半裸の女。お前の名前は?」

「あー、私はジェーンっていうんだ。レッドギア・ジェーン。よろしくな」

「レッドギア。かっこいいな、俺にも半分分けてもらいたいくらいだ」

「ジェーンって名乗っていいぞ?」

「そっちじゃねぇよ」

「あんたはどうなんだい? 名前、あんだろ?」

「そうだな。俺の名前は、ワイズ・エスパニョール。一応、名の通ったカウボーイさ」

『がうるるるる』


 ワイズは首をかしげる。そういえばさっきからやけに獣の臭いがしていた。だが、足元を見ても別にそれらしき獣はない。黒い土に、自分の足跡があるだけだ。

 だが、念のためにジェーンへと呼びかける。


「あれ? ジェーン、今、獣の声がしたんけど」

「そうか? それは私の腹の音じゃ。気にすんな」

「まったく、腹まで空かせているのか。仕方ない、行きつけの店で食わせてやるよ」

「ありがとよ」


 ジェーンは指でブラックパンサーに合図した。


(ナイスだ。たらふくおごってやんよ)


『がるるるる』


 ブラックパンサーは調子に乗ってカウボーイの真ん前まで近づく。さすがに、熱い息がワイズの頭にかかり始めた。じっとりと眺めるように、至近距離まで黒い鼻を近づける。その鼻頭をペロリと舐めると、よだれがワイズの足元に滴った。

 ワイズはまた首をかしげる。


「ジェーン? なんだか君の足は黒い毛で覆われているような気がする。さっきあまり確認しなかったけど、そんな格好だったかな?」

「さあな、散々歩いたから、泥にまみれたんかもな」

「そういうわけではないような気がするんだけど」


 ついに、ワイズは目の前の右手をずらして、視界を覗き込んだ。


『がるるるるる』

「な、なんじゃこりゃああ!!」


 目の前には、案の定ブラックパンサーがいた。

 ブラックパンサーは一気に牙を剥き、ワイズの首に飛びかかる。彼も応戦しようとはしたものの、あまりに急なことで、銃を抜き損ねたのだ。銀色の銃は、湿っていたのもあって、黒い地面に音を立てる。


「た、たすけてくれえ!」

『がるるるるるるる!!」

 すると、ジェーンが、

「よっと、黒豹くん、あぶないのじゃ。ほいっと」


 ワイズの目の前で、ブラックパンサーの顔が止まる。後ろから引っ張られているとブラックパンサーが気づくまで、あっという間だった。

 ジェーンは片手でブラックパンサーの首の後ろを掴んでいる。体重は明らかにジェーンの方が軽いようなのだが、自然現象の方程式はその真逆を計算してはじき出した。

 黒い地面に、彼女の足は大きく沈んでいる。反対に、ブラックパンサーは重機で吊るされたように浮かび上がった。

 ジェーンは黒猫をつかむように、丁寧に隣に引き戻す。



『がうるるるる』

「いいこなのじゃ。いいこいいこ」


 ワイズは呆然として、


「おい、女。今何をした?」

「みてればわかるじゃろ。掴んで寄せたのじゃ」

「そんな馬鹿な。女性一人に出来っこないぞそんな話は」

『がるう』



 ジェーンはブラックパンサーを隣に従えると、ワイズの目を見てこう言い放った。


「おい、腹一杯飯を食わせろ。約束じゃ」

「や、約束て……」


 ワイズはジェーンの肝が据わった態度に、もう一度呆然としていた。


『がうるるるる』ブラックパンサーも腹を空かせた。よだれが地面に水溜りを作っている。


 ワイズはよだれの主を指差して、

「この子のも?」と、訪ねた。


「そうじゃ」


『がるう』ブラックパンサーは申し訳なさそうだ。


 なんで女より黒豹の方が遠慮しているのか、ワイズは呆れ返る。


「……わかったよ、これも仕事だ。ついてこい」


 ジェーンと愉快な仲間たちは、これからご飯を食べに行くこととなる。知ったことではないかもしれないが、ワイズは彼女たちの腹一杯をまだ知らない。

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