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第2話

 それは先週の金曜日、夕方になりいつものようにパトリシアが倉庫から備品管理室に戻った時のことだった。



「おう、パトリシアお疲れ。どうだこの後一緒に夕飯でも」

「お疲れ様です、局長。生憎ですが今日は先約があるんです」



 帰り支度をしているパトリシアに声をかけてきたのは、備品局局長のディアンだ。

 ディアン・モーガン、備品管理局局長、30歳。

 魔法庁最年少で局長まで上り詰め、エリート揃いの魔法庁の中でも1,2を争う膨大な魔力を持つといわれるエリート中のエリート。

 そしてすらっとした長身で嫌味なくダークスーツを着こなし、シルバーの髪に透き通るような切れ長のアイスブルーの瞳を持つこの男は、魔法庁の抱かれたい男5年連続1位に輝く独身女性の憧れの的でもあった。


 だけどパトリシアはこのディアンという男が、はっきり言って苦手だった。

 ディアンは皆が見ている前で、頻繁にパトリシアを食事に誘った。

 だが隣に立つと自分の地味で平凡な外見が目立つ事を自覚しているパトリシアにとって、彼の誘いは苦痛以外の何物でもない。

 だから当然のようにパトリシアがその誘いを断ると、決まって後日ディアンを狙う女性達からやっかみまがいの嫌がらせを受けるのだ。

 そんな事が何度も繰り返される内に、入庁直後ほのかに抱いていた憧れはいつの間にかすっかり消え失せてしまった。

 そしてなによりパトリシアの不信感に追い打ちをかけたのは、このディアンこそがパトリシアに有無を言わせず倉庫番を押し付けた、その張本人だったからだ────。


 だからいつもように軽い調子でパトリシアが食事の誘いを断ると、この日に限ってディアンは眉間に皺を寄せ、鋭い目つきで曖昧な笑みを浮かべるパトリシアを睨んだ。



「……おいパトリシア、いつもそうやって俺の誘いを断るが、本当にその先約っていうのはあるんだろうな」

「ええ勿論ですよ! ちなみに今日は同期のエイミーとパブに飲みに行く約束をしてるんです」



 にこやかに笑って答えるパトリシアに、ディアンは忌々し気に舌打ちするとおもむろにパトリシアの机へやって来たかと思うと、彼女の座る椅子をぐいと自分の方へと向けた。

 そして細い銀縁の眼鏡を外しほつれたシルバーの前髪を上に撫でつけたディアンは、顔を間近に寄せるとアイスブルーの瞳でじっとパトリシアを覗き込んだ。



「……じゃあ一体いつなら空いてるんだ。俺はお前と食事に行きたいんだ」

「へ……?」



 至近距離でパトリシアを見つめるディアンからは、妙な迫力と色気が溢れる。

 嫌味なく第二ボタンまで開けられた仕立ての良いシャツからは意外にも鍛えられた筋肉が覗き、微かに漂うのはシトラスの香り。

 思わずドキリとしてしまったパトリアは慌てて目を逸らすと、わざとらしく手帳を開きスケジュールを確認するフリをした。



「……ええっと……そうですね、来年になればなんとかスケジュールが空くとは思います。はっきりわかったらまたお知らせしますよ」



 そう言いながら席を立って逃げようとしたパトリシアの腕を、ディアンは強い力で掴んだ。



「ちょ、ちょっと局長、一体なんですか?」

「……俺を焦らして何が楽しい。あまりいい気になるなよ?」



 冷たく、まるで見下すように睨みつけるディアンに、パトリシアはカチンとした。


 (いい気になるなですって……?)


 入局当時からしつこくパトリシアを誘うこの男は、一体何が目的なのだろう。

 確かに顔はいいことは認める。

 魔法庁の抱かれたい男5年連続1位のタイトルホルダーは伊達じゃあないし、悔しいことに仕事もできる。

 ディアンが備品局の局長になったのは、パトリシアが魔法庁に入った年と同じ今から3年前。当時入局したばかりのパトリシアですら、入庁最速で局長就任というセンセーショナルなニュースに驚いたものだ。

 だけどパトリシアが求めるものは恋愛ではない。やりがいのある仕事。


 (この男は私を3年間も暗い倉庫に押し込んで、誰もやりたがらない仕事を押し付けた挙句、何度も何度も地味な女を揶揄って……。一体何がしたいの? それとも自分に墜とせない女はいないとでも思ってる……?)


 ────パトリシアは静かにブチ切れた。



「……いい気だなんて、私にみたいな地味な女がエリートの局長相手にそんなことできる訳ないじゃないですか」



 わざとらしく困ったように眉を下げたパトリシアは机から小さな封筒を出すと、ディアンを不安気に見上げた。



「実は私、ずっと局長に渡そうと思っていた物があって……。よかったらこの機会に受け取っていただけますか?」

「これは何か仕事の資料か? それとも……そのパトリシアの私的な書類か?」



 何を思ったか眉間に深く皺を寄せたディアンは、まるで危険物でも扱う様に慎重に封筒を受け取る。



「私的と言えば私的な文章なんですが……、あの、私の気持ちが書いてあります。でもこの場で読まれるとちょっと恥ずかしいので、よかったら家に帰ってから読んでいただけませんか?」



 パトリシアがわざと語尾を濁し首を傾げると、深く頷いたディアンはさも大事そうに封筒をジャケットの内ポケットへと仕舞い込んだ。



「そうか……、そうだよな。ここで読まない方がいいよな。よしわかった。これは家に戻ってからじっくり読むとしよう」

「よかった! 局長が受け取ってくれて安心しました!」



 何故か忙しなく前髪を何度も後ろに撫で付けるディアンに、心の底から喜んだパトリシアはにっこりと微笑んだ。



「ところで局長は月曜から1週間出張でしたよね?」

「あ、ああ、そういえばそうだったな。国を跨いでの会議だからどんなに早くても帰国は再来週の月曜になる。その、この返事は再来週になるが、それでも大丈夫か?」

「勿論です。急ぐものではありませんからゆっくり読んでください。……じゃあ局長、みなさん、今日はお先に失礼しますね」



 すっきりした顔でパトリシアは周囲の人間に挨拶をすると、振り返りもせずに備品局の部屋を後にした。


 だから彼女は気が付かなかった。

 ディアンが熱心に彼女の背中を見つめていた事も、そんなディアンの様子を見ていた備品局の人間が、にやにやしながら目配せを交わしていたのも────。






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