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第1話 プロローグ

 その日の朝、パトリシアは自室の姿見の前に立つと入念に全身をチェックした。


 普段は目立つのが嫌できっちりまとめている癖のある赤い髪は、今日はそのままに背中に垂らしてみた。

 子供の頃はよく人参と揶揄われ自分では大嫌いな色だけど、こうしていれば多少は顔色を良く見せてくれるかもしれない。

 お馴染みのぶかぶかのねずみ色のスーツに代わって着るのは、購入したばかりの黒のスーツ。

 友人のエミリーと店員に強く勧められたスーツはいつもの自分より痩せて見えるし、何度も丈を合わせたタイトスカートと初めて履く細い5センチのヒールのおかげで、今日は足までも細く見える気がするから不思議だ。

 そして仕上げに口紅を塗ろうとした所でパトリシア手を止めると、再び目の前の鏡に目を移した。


 自分にとってはコンプレックス以外の何物でもない赤い髪と緑の目という組み合わせ。

 不吉な色の組み合わせだとか派手で似合わないとか幼い頃からさんざん言われ、ずっと隠すように眼鏡をかけてきた。

 でも自分はどうせ今週いっぱいで仕事を辞める身。


(だったら今更隠すようなことをしなくてもいいかな? 誰に何を言われたって、もう関係ないよね……?)


 パトリシアは首を傾げながら色気のかけらもない無骨な黒縁眼鏡を外すと、鏡に向かっておずおずとぎこちない笑みを浮かべたのだった。









 パトリシア・マッケイ、26歳。

 魔法庁備品管理局に配属されて4年目の彼女が上司に退職届を叩きつけたのは、先週の金曜日の事だ。


 王都から遠く離れた田舎の小さな農村出身のパトリシアにとって、「魔法使い」という職業はそれこそ御伽噺に出てくる憧れの存在だった。

 村に魔法が使える人間が一人もいなかった事もあって、村人にとっても魔法使いはどこか架空の国の出来事のように遠い存在だったし、だからこそ幼いパトリシアに魔力があると判明した時、すわ初めての魔法使いの誕生かと村中が大騒ぎになったものだ。

 そして家族の期待を一身に背負い進学した王都のアカデミーだったが、パトリシアは入学早々に自分が井の中の蛙の一人だという現実を知った。

 国中、いや世界中から優秀な子供が集まるアカデミーの中では、パトリシアの魔力はごく平均的に過ぎなかったのだ。

 だがそれでめげるようなパトリシアではなかった。

 せめて座学だけは誰にも負けないように、と毎日寝る間も惜しんで勉強を続けた結果、彼女は見事学年首位の成績を勝ち取ったのだ。

 そしてパトリシアの熱意と弛まぬ努力は、アカデミー最終年度になって見事結実することになる。


 魔法使いというものは得てして徹底した能力主義であり、同時に秘密主義でもある。よく言えばプライドの高い孤高の一匹狼、悪く言えば協調性のない奇人変人の集まりだ。

 魔力の多い優秀な魔法使いに限ってその傾向は強く、彼等は自分だけしか使えない高度でオリジナルの術こそが至高だと言って憚らない。

 パトリシアはそんな彼等の意識を逆手取り、今までの魔法使いが見向きもしなかった『魔力の少ない人間でも使える術』の研究を、卒論のテーマに選んだのだ。


 まずパトリシアは同学年の魔法使い全員に頭を下げ、共同研究と言う名目で彼等が途中で見捨てた膨大な量の魔法陣や術のデータを集めた。

 そしてそれらを集計する過程でデータにある種の共通性がある事を発見したパトリシアは、数値化した共通性を既存の魔法陣に組み込む事により、魔力消費量の効率を大幅に向上させる事を可能にしたのだ。

 それは一部のエリートしか使えなかった高度な魔術が一般人でも使用可能になる、画期的な発見だった。

 論文の成果を認められ見事アカデミーの学年首席を獲得したパトリシアは、とんとん拍子に国の魔法使いのエリートが集まる魔法庁への入庁を決める。

 アカデミーを首席で卒業、そして魔法使いの中枢機関である魔法庁に入庁を果たす、そんな誰もが夢見るエリートコースを見事勝ち取ったパトリシア。


 だが晴れて憧れの魔法庁に登庁した彼女を待っていたのは、魔法庁のお荷物が集まると言われる魔法庁備品管理局、その中でも特に目立たない倉庫部での仕事だった────。



 魔法庁備品管理局倉庫部、通称「倉庫番」。

 魔法庁が所有する広大で巨大な倉庫には、国宝級のお宝から厳重に封印された「いわくつき」の品、更にはドラゴンの爪や人魚の鱗、妖精の粉といった貴重品から、羊皮紙やペンなどの一般的な消耗品まで、多岐に渡る物品が保管されている。

 それらを管理する備品管理局の仕事の中で倉庫部に割り振られた仕事は、申請のあった品物を倉庫から探し出し申請者に届ける、ただそれだけ。

 魔法使いが集う魔法庁の中で最も魔法を使う必要のない部署とも言われ、能力の無い人材が集まるとも言われる所以であった。


 配属当初は落ち込み戸惑いも多かったパトリシアだが、意外にも倉庫番の仕事は彼女の性に合っていたようだ。

 毎日何十件と届く申請品の中には、時としてパトリシアが思いもよらない品がある。

 例えば「虹の袂の土」、「雨の最初の一雫」、「聖女のラブレター」。

 そんな物本当にあるの? と疑いたくなる品を探すのは謎解きや宝探しの様で楽しかったし、お目当ての品を探し出し申請者に届けた時の、そのなんとも嬉しそうな顔を見るのも好きだった。

 更に空いた時間があればパトリシアは埋もれた保管品を一つずつ取り出し、埃を払い、磨き、そしてまた元の棚に戻すという地道な作業をコツコツと続けた。

 きらきらと輝く大きな宝石の結晶、小さな瓶に入った七色に輝く液体。古びた羊皮紙の巻紙に書かれた緻密な魔法陣や、古の偉大な魔法使いが残した文献……。

 おかげで今や巨大な倉庫の中にパトリシアが知らない物は無いと言っても過言ではないだろう。


 だが27の誕生日を間近に控えたある日、パトリシアはふと思った。

 何年たっても私の仕事は倉庫から言われた物を探す、ただそれだけ。

 目立った功績がある訳でもない自分は、きっとこの先も倉庫から出ることはないだろう。

 そして何より倉庫番という仕事は、パトリシアでなくとも出来るのではないだろうか。


 家族みんなに応援されて村を出た。

 せめて座学は誰にも負けないようにと、毎日遅くまで机にかじりついて勉強したアカデミー時代。

 その結果が認められて華々しく卒業して、誇りと期待を胸に入った魔法庁。

 それなのに私を待っていたのは、仕事のできないお荷物がするという倉庫番。

 倉庫番の仕事が嫌いなわけではない。嫌だったら3年も続けられなかった。

 だがパトリシアのやりたかった仕事は、果たしてこれだったんだろうか。

 

(来る日も来る日も暗い倉庫で埃にまみれ、誰とも話さず、誰からも見向きもされないような、そんな今の自分に私はなりたかったの……?)

 

 幸いな事にアカデミー時代の横の繋がりはまだ切れていない。

 卒論の共同研究のメンバーは未だにパトリシアと一緒に仕事がしたいと熱心に誘ってくれるし、他の研究施設から声をかけられたこともある。

 もしかしたらこの27の誕生日は仕事を変えるいい契機だし、ラストチャンスになるかもしれない。


 そんな風にパトリシアが悩んでいた矢先、その出来事は起こった。





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