#009 敵の名はロザリンド
目の前に飛び込んできたのは、遠くからでも圧倒的な存在感を放つ不思議な建物だった。
一見すると堅牢な城塞のようであるが見張り台となっている左右の尖塔に比べ、本体である城郭部分の高さが足りないように思える。
建物には規則的に窓が並んでいて周囲を巡る城壁が不用心といえるほど低い。
おそらくは部屋からの景観を損ねない配慮だろう。
城の正面にはゆるい坂道を下るように庭園が広がっており、そこにはたくさんの花の色づきが見て取れた。
全体の印象としては貴族趣味で彩られた山賊の隠れ家である。
つまりは戦いを意識して設計された建造物ではないということだ。
「なるほど、これが『薔薇の城館』か……」
自分には到底、理解できそうもない非合理と不条理で組み立てられた異形の館であった。
気をつけていないと正気を失ってしまいそうだ。
「ライトさん。あそこで本当に人が住んでいるのでしょうか?」
容赦ない辛辣さで、少女がきっといるであろう住民をこき下ろす。
「そりゃ、いるだろうさ。誰もいなかったらとっくに朽ち果てているはずだ」
イメージとしてはノイシュバンシュタイン城かな?
でも、庭の感じは幾何学的でベルサイユなのか。
真面目に考えるのが馬鹿馬鹿しい。
もしくは田舎のロードサイドで時折、見かける派手な作りのラ……。
いや、止めておこう。
近くには年頃の女の子がいるのだ。不謹慎な例えは教育上よろしくないし、そもそも彼女にはまだ早すぎる話題だ。
「……早すぎるよな?」
「いま何か言いかけませんでしたか?」
つい心の中で思ったことを口の端に乗せてしまったのだろう。
耳ざとく聞きとがめたサクヤが不審げな口ぶりで追求してくる。
やばい、このままではまたしてもJK特有の半端に年を取った成人男性に対し、警戒と嫌悪が内混じりとなった憐憫のまなざしを向けられてしまう。
「な、なんだろうな! 城と言ったら山の中にあるものだっていう固定観念の産物だな、これはきっと」
「まあわたしだって、お城と聞けば森の奥か湖の上に建つものという意識はありますから同じようなものです」
わざとらしく会話を進め、質問をなかったことにする。
「それにしても正面からのりこむ、というのはちょっと問題ありそうですね」
「何かあるのか?」
サクヤの提言に短く訊き返す。
悪いが話の細かい流れをおれは知らない。都度、必要な事柄を彼女から聞き出しているだけだ。
「実は作中でも指折りに強いキャラクターが門番と言うか、お庭番として存在しています。なので、正面から挑むのは得策と言えそうにありません」
「そんなに強いのか? いや、だったらどうしてこんな辺鄙な場所でガードマンをやってるんだよ」
おれの疑問に少女はスマホを取り出して該当する情報を閲覧していく。
つくづく、異世界で情報端末ってのはオーパーツにも程があるな。
ストーリーがさくさく進むのはいいけど、もはや街の情報屋が出る幕はない。
「名前はロザリンド。アーデン公爵家の令嬢で公爵自らが団長を務める極光騎士団の勇者として名を馳せていました。剣技の冴えは王国内に並ぶものなしと噂され、臣民からの人気も絶大。強さの源とされているのは国王陛下より直々に下賜された絶対防御の魔術紋章を内側に組み込んだ彼女専用の全身甲冑ですね。鎧はいかなる攻撃をも完全に防ぐとされ、ゆえに彼女は盾を持ちません。両方の手に長剣の柄を握り、並み居る敵を剣戟で薙ぎ払う双剣使いの戦士です」
「うわー。格好いい」
解説を聞き終えて、開口一番に感想を漏らした。
いや、待てよ……。
「絶対防御って、早い話が相手の攻撃が自動で失敗するわけだよな。そんなやつと戦って、主人公はどうして勝てたんだ? 魔法でも使ったのか」
「魔法攻撃は鎧ではなく本人の職業スキルで対応していますね。精神抵抗上昇と魔法検知。一応、騎士クラスですが特別な乗馬スキルはなくて、明らかに要人警護と衛兵に特化しています。まあ本人の経歴からして、いずれは王族の親衛隊として周囲からは期待されていたようです。それと、主人公がどうやって勝てたのかはマスタースキルの【狙 い 撃 ち】を連続で使用、レベル差を活かしたクリティカルヒットで強引に力押しの勝利をしたようです」
「絶対防御とやらはどうした?」
あまりの強引さにあきれ、半ば揶揄するように訊いた。
まあ高レベル帯でのチート能力というのは得てしてこういったものではある。
「ダメージ計算の仕様上、クリティカルヒットのみは切り上げで一ポイント以上の数字が最低保証されるようですね。それにレベル差の効果が合わさって最大で五ポイントほどの攻撃を延々、数ページに渡って描写し続けていたようです」
「いい趣味だな……。褒めるつもりはないが」
「でも、読者からの評判は良かったらしいですよ。以後、似たような感じで何人ものヒロインを一方的に痛めつける展開がいつまでも繰り返されていますから」
鉄板の流れというやつを頭から否定するほど子供ではない。
ただ、せっかくのキャラクターが納得できるだけの蓋然性もなくイタズラに消費されていくやり方は個人的にどうかと思う。
「結局、ロザリンドさんは初めて自分を倒した主人公のことを好きになって、これまでのキャリアや将来の夢も投げ出し、ただの門番として生きていくことにしたようです」
語られた事件の顛末に唖然として、おれは二の句を継げなかった。
所詮は物語の中の人生であり、個人の趣向や生き様にあれこれ文句をつける理由はない。しかしだな、やっぱりどこか釈然としない気分は残った。
「あの、どうかしましたか? 随分と疲れた感じの顔ですが……」
「いやまあ、人生プランって単語に少し感慨を覚えただけだ……。仕事に戻ろう。ひとつ訊くが、おれがロザリンドとやらに対抗する手段はないのか? 大体、おれはこの世界でどれくらいの強さを持ってるんだ。チート級までとは高望みしないが、それなりの力がないとさすがに攻略以前の話だからな」
せめてステータスの確認程度は早めに済ませておきたい。
たずねた声にサクヤがスマホをのぞき込みながら答えた。
「ライトさんのレベルは侵入した世界における主要キャラの平均値で割り振られます。メインクラスは特別な状況でない限り、武器を使用しての格闘戦を主とする戦士ですね。よく言えば万能、悪く言えば凡庸、うまく使えば汎用といった感じでしょうか」
若干、馬鹿にされた感じもするが、まあいい。
つまりは中ボスよりは上だか、側近になれるほどの力はない。
役には立つが、いなくても困るほどではない脇役扱いということか。
「十傑衆にひとりはいる、捨てキャラみたいな感じだな」
「あまり目立っては困るので、その辺りが妥当かと……」
申し訳なさそうに少女は伝えるが、こちらとしてもある意味、覚悟はしていた。
なので無用な落胆はない。
「つまりは、そのための【強制改変】か」
行き着いた答えにせめてもの希望を見出す。
あの手この手で今日を乗り越え、明日を生き抜くのはどうやら世界が変わっても同じらしい。
「もし、そこのお方たち……」
誰かが声をかけてきた。
おっとエンカウント。さあ何が出るのかな?