#038 ツイスト・アウト
城内から脱出し、外に出る。
そうすると、さらに世界は舞台構成を一段と低下させていた。
青空は安っぽい色のペンキで雑に塗られ、漂う雲は白い絵の具を水に濡らした太い面相筆で素早く引っかくような処理をされている。
「な、なんだ、これは……?」
さらに周囲を見渡す。
背の高い城壁は大胆にデフォルメされた姿で地面に置かれ、その前には厚みを無くした無個性な兵士たちが何体も立てかけられていた。
見ようによっては、いよいよ学芸会レベルの大道具である。
もうちょっとすれば、お遊戯会になってしまうだろう。
「こいつはまずい!」
おれたち三人は可能な限りに急ぎ足で城の中庭まで戻ってきた。
もっとも、ここだっていつまで現状のレベルを維持できるのか怪しいものだ。
早いうちにこの世界から脱出したほうがよいのは火を見るよりも明らかである。
「ライト! こっちだ、早く」
どこからか自分を呼ぶ声が聞こえた。
顔を向けると、白い布を頭に巻いたハウゼルがこちらを見ながら片手を挙げている。
相手は地下へと続く石造りの階段の前に居た。
まあ、それもいまは書き割りの安普請なセットがひとつ、背景として置いてあるだけだが。
駆け寄って、まずは互いの状況を確認し合う。
「よくやった。どうやら無事に使命は果たせたようだな。これで我々もようやく再起をかけられる……」
近くにおれを迎えて、ハウゼルは安堵するように息を吐いた。
みずから表立って動くことの許されない現場監督の苦悩がしのばれる。
それにしても、いままでこんなところで何をしていたんだ?
不思議に思っていると、男のうしろに例の等身大パネルがひとつ横たわっているのが見えた。
興味本位にそちらへ注意を傾けると、描かれた人物に見覚えがある。
いましがたまで、おれの心を惑わせていた女性の姿だ。
「ロザリンド!」
視界に映ったのは金色の長い髪をした育ちの良さそうな女性。
均整の取れた肢体と意志の強そうな澄んだ瞳が見る人に強い印象を与える。
とは言え、いまの彼女の姿はおれが知っているものとはいささか違っていた。
まず体を包んでいるのは、見すぼらしい無色の囚人服で足元は裸足のまま。
手入れの行き届いていた美しいブロンドの髪はやけにくすんでいて、表情はどこか冴えない。
前後の情報から想像すれば、どこかに幽閉でもされていたのだろうか。
「どうして、こんな場所に?」
不審を覚えて短く理由を問いかける。
答えはすぐに返ってきた。
「彼女は城の地下牢に投獄されていた。王の裁可が下りるまでは一応、謀反人の扱いだからな。それなりの気配りはされていただろう。だが、体裁だけは整えておく必要がある。この恰好も多分に外向けの配慮だ。それでも彼女にしてみれば、これまでの人生で受けたことのない屈辱だったのは間違いなかろう」
ふむ……。
許すにしたって、一応の手順は踏んでおかないと駄目だということか。
ところが、そこにキリヒトが強襲をかけてきて、浮足立った連中が彼女を真の黒幕として処分してしまおうと考え始めた。
事態の顛末としてはこんなところかな。
「それであんたは騒ぎに乗じて、ロザリンドを牢から助け出したのか」
問いかけにハウゼルは黙ったまま首を縦に振った。
しかし、問題なのはここから先だ。
この世界はまもなく終わる。
城や建物は時間の経過とともに低次元化し、人々も登場人物としての個性を失い、たんなるモブへと変化していく。
それはロザリンドも同様だった。
「可能であれば、この子には新たなメンバーとして加わってほしかった。前にも言ったが、我々はまず何よりも多くの味方を必要としている。それだけの力量をこの女性は備えていると思ったのだがな……」
つまりはスカウトとして新規勧誘を狙っていたのか。
ハウゼルの考えにはおれも賛同するが、実際のところ彼女は人としての存在意義を失いかけている。
この状態でどうにか出来るものなのだろうか?
「だが残念だ。この少女は自分の世界に囚われている。物語の枠を超え、みずからの個性を武器に新たな舞台へと羽ばたいていけるだけのキャラクター性を有してはいなかった……」
男の声に失望の色がにじむ。
ひどい話だ。おれたちはこの世界にいきなりやって来て、本来であればあり得ない結末を強引に展開した。
そのせいで物語は破綻し、作品空間はいまにも崩壊しようとしている。
この世界で出会った人たちは、みなそれぞれに人生を謳歌していたとおれは思う。
すべてが理想通りでも夢のような世界でもなかった。
それでも人々は懸命に今日を生き抜こうと努力していた。
ロザリンドも同様だ。
「――どうにもならないのか?」
重い口を開いて、ようやくたずねる。
奇跡に一縷の望みを託すのは、おれが往生際の悪い人間である証明だ。
きっとハウゼルはそんな自分を見抜いていたのだろう。
懐から一枚のカードを取り出して、それを目の前に掲げる。
手にしていたのは、男が『薔薇の城館』で見せてくれたものだった。
衛兵の姿が描き込まれた紙片を火の点いたマッチを消すように指先で軽く揺らす。
たったそれだけでカードは白紙の状態に戻った。
「それは……」
「使ってみろ。所詮は物語上のキャラクターに過ぎないおれにはどうすることも適わない。だが、創意と工夫を得意とする人間のお前ならば、何かが起こせるはずだ」
ハウゼルが差し出した白い紙を受け取り、正体を無くしたロザリンドの前に立つ。
望むのであれば誰かの奇跡を待つのではなく、自分から起してみろということか。
つくづく転生勇者には無理難題が突きつけられるようだな。
だが、どうする?
言っちゃ悪いが、おれなんて前に生きてた頃は脇役中の脇役だったぞ。
それが突然、物語の主人公っぽい役割を期待されても正直、困る。
「まあな。別におれのオリジナルでなければダメだってわけでもないんだろ」
苦しい言い訳を枕詞に並べて、なんとなくカードをロザリンドの前にかざした。
すると、携帯のカメラを撮影モードで起動したときのように彼女の姿が表面に浮かび上がる。
――なるほど、そうきたか。
自分でも驚きながらファインダーを操作する。
ようやく全身を画面に収めた瞬間、フォーカスが固定してカードに少女の画像が描き出された。
下には『DUAL SABER』という表記が成されている。
そして、中央に浮かび出た鍵穴のような水平のくぼみ。
上には『INSERT』というロゴが明滅している。
こうなれば、何をすればいいのか簡単に予測がついた。
首にかけていたペンダント状のシュトローム・ブリンガーを鍵穴に差し込む。
「これでいいのか?」
魔力があふれ、まぶしい光がカードからほとばしった。
続けて、ロゴの文字が緑の蛍光色で『LOCK TWIST』と変更表示される。
おそらくは次の動作で情報を固定してしまうのだろう。
その前におれは一言だけ彼女に謝っておきたかった。
「悪かったな。あなたにだって自分の夢や家族に託された希望を叶えるため、過ごしてきた日々があったはずだ。それをすべて台無しにしてしまったのは、転生勇者なんていう身勝手な存在がここに現われたからだ。その上、今度はこちらの都合でどこか別の場所に連れ去ろうとしている。でも、おれはあなたを失いたくないと思った。だから、もうしばらくの間だけ、おれたちの旅に付き合ってくれ。きっと退屈だけはさせないと思うから……。よろしく、ロザリンドさん」
鍵代わりのシュトローム・ブリンガーを回し、カードに情報を記録する。
すべてが終わったとき、少女の姿が写っていた大きなパネルは完全にこの場から消え失せた。
こうしておれは、”ロザリンド・アーデン”というキャラクターを崩れ去る物語の世界から、まさしく『もぎ取り』した。
「終わったな。では、わたしたちも元の世界に還るとしよう。ライト、そのカードはこれからもお前が持っておけ。どうせ、次に使うときにはGアンカーの力が必要なはずだ。事実上、お前の専用デバイスだよ」
ハウゼルの言葉に強くうなづく。
「わかった。それなら、おれが預かっておくとしよう」
短く答えてカードを上着の胸ポケットに収める。
こうして、『終焉の客演者』としての最初の冒険は終わった。
そこからどうやって脱出したのか、おれにはわからない。
ただただ、強い光が目の前に広がり続けていたからだ。




