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#034 二番は大体、バントがうまい

「これまでだな。貴様が消え去れば、このいまいましい体の不調もリセットされるだろう。そして、おれは今度こそ世界を手に入れる。逆らった者たちをすべて叩き潰す。おれにはその力があるからだ」


 男が野望を口にする。これが物語の復元力というやつか。

 あるべき世界の姿、勇者キリヒトの英雄譚というフォーマットに沿って物語は進んでいくのだという見えざる創造主の声。

 真に排除されるべきは、やはり侵入者である自分なのか?

 本来の力を封じられてなお、おれの前に雄々しく立ちふさがる異世界よりの冒険者。意志の力。揺るがぬ強い気持ちこそが勇者の勇者たる所以ゆえんなのだろう……。

 視界がぼやける。思考がおぼつかなくなり、体中から力が抜けていくのを感じた。

 足がもつれる。

 いまにも倒れそうになったとき、誰かがおれの両腕を双方から支えてくれた。


「大丈夫ですか、ライトさん? 遅れて申し訳ありません」


 この声はサクヤか?

 腕に伝わる確かな感触。だが、少女の姿はどこにも見えない。


「かなりお疲れみたいね。原因は溜まった疲れと傷口の痛みのせい? ちょっとくらい血が流れたからって、簡単にあきらめては駄目よ」


 反対側の腕の方から、今度はオトギの声が聞こえてくる。でも、やっぱり彼女の姿は見当たらない。

 くたびれた頭で懸命に考える。

 多分、サクヤは【認識阻害ハインドボディ】と【偽装隠蔽コンシール】の魔法で気配を立ち、オトギは例の魔法の隠れ蓑を使っているのだろう。

 それならば姿が見えない理由も納得できる。


「とりあえず応急処置よ。ほら、これで元気を出しなさい」


 オトギの声が聞こえると同時に、上着のポケットへ何かが差し込まれた。

 オレンジ色に輝く柔らかな毛並み。毛先から溢れてくる膨大な妖力。

 たちまちに傷ついた患部を癒やし、疲れ切った体に生命力がみなぎってくる。

 これは、オトギの尻尾か?

 

「生え変わるから問題ないと言っても、そんなにポンポン使っていいのかよ?」


 大盤振る舞いに余計な心配をしていると、妖力を失った尻尾は次第に小さくなっていき、最後はポケットの中に収まった。

 

 そういえば中世の貴族はキツネの尻尾を素早さとかしこさの象徴と見なし、御守り(ラッキーチャーム)にしていたのではなかったか。


 おぼろげに記憶と記録を思い出す。

 まあいい、お稲荷様でも大権現だいごんげんでも、すがれるものには遠慮なくすがっておくとしよう。

 どのみち、霊験れいけんあらかたなのは間違いなさそうだ。


「何だ、どこから声がしている? それに、この声は……」


 自らを置き去りにして事態が変化していることをようやく悟ったキリヒトが、不快そうな表情で疑問を口にする。

 やつにしてみれば、自分を無視してほかの誰かが女性キャラと意味有りげな会話を繰り広げているシチュエーションそのものが到底、受け入れられないのだろう。

 

「オトギ? お前か! お前までおれを見捨てるのか!」


 つくづく自分本位で身勝手な勇者様である。

 出て来る女の子がろくな理由もなしに、みんながお前に好意を寄せてくれるなどと思い上がるなよ。

 だがな、おれだってもとは一介いっかいの健康的な男子だ。

 学生時代は、女子生徒から黄色い声援を受ける運動部のヒーローを恨めしげなまなこで見つめていた。


『筋肉と付き合うような異性に興味はない』


 などと、訳の分からない負け惜しみを口にして家路を急いだのは、間違いなく負け犬の遠吠えというやつだろう。

 それがどうだ。生まれ変わっていまこの瞬間、ヒロインたちの声援を受けながらもう一度、戦いに挑もうとしている。

 正直、最高に気持ちよかった。

 何だか無意味に自分が格好良く思えてくる。

 ただの勘違いかも知れないが、多少のうぬぼれはきっと真の英雄に必要な条件なのかもしれない。


「どこまでもおれを愚弄する……」


 唇を強く噛みしめ、握りこぶしをきつく固めるのが見えた。

 来る! 雷迅拳・赤影(ライトニングフィストブロー・クリムゾンファントム)だ!

 流石にこれだけやつの攻撃を受けていればいい加減、クセやモーションが判ってくる。


「下がれ、二人共! ここはおれが防いで見せる」


 急いでサクヤとオトギに避難するよう指示を出した。

 もう大丈夫だ。おれには頼れる仲間と心強い相棒がいる。

 確かにキリヒトは強い。だが、強さの秘密を自分は知っている。

 理由さえ判明すれば、その力を逆に利用して敵をほふることは十分に可能だ。

 そのためにも、まずは次の一撃を絶対に無効化することが必要不可欠。

 戦いは一手、先を読んで相手を詰める。

 ここが勝負の分かれ目だ。


「くたばれ、侵入者! ここはおれの世界だ」


 片腕を振り上げ、肉が裂けるのもいとわずにキリヒトが必殺技を放とうとする。

 たちまちのうちに、またしても周囲が赤い霧に包まれた。

 見えない恐怖。これこそがやつの攻撃を一層、恐ろしいものへと進化させている真因だ。

 しかし、おびえるな。覚めた頭で考えてみれば、傷ついた腕で強引に撃ち込んだものが本来の威力とスピードを保っているはずがない。

 訪れるであろうコースと方向を冷静に見極め、おれは手にしたシュトローム・ブリンガーを体の前で構えた。

 左手で柄を握り、右手は添えるように刀身の中ほどを支える。


「いけ、シュトローム・ブリンガー!」


 掛け声と同時に、意思を持った剣がまたも魔法のフィールドを発生させる。

 ヒントは前に詰め寄られたとき、シュトローム・ブリンガーが自発的に相手の攻撃をうしろへ逸らそうとフィールドの形を調整したことだ。

 次の瞬間、両腕に強い衝撃が伝わってきた。だが、放たれた技は勢いを残したまま、付けられた角度に誘導されて、はるか後方上空へ飛び去っていく。

 ほどなく遠くから、何かが壊された激しい激突音が響いてきた。

 きっと、二階の欄干らんかんに到達した衝撃波が手すりを打ち砕いた音だろう。

 思ったとおりだ。この程度の威力しか出せない、やつの雷迅拳ライトニングフィストブローであれば、剣を振るって勢いを相殺するまでもない。

 うまく交わすだけなら、これで上等。


「馬鹿な……。またしてもおれの技を」


 三度みたび、自身の能力を打ち破られたキリヒトが呆けたようにつぶやいた。

 やつの視界の中には腰をかがめたまま真横に剣を構えている、一見すると間抜けなおれが見えているだろう。だが、これも演出のひとつだ。

 やれる限りに相手の精神を逆なでし、挑発を繰り返す。

 ペテン師と呼ばれたからには、せいぜいその名にふさわしく全力でやつを煽ってやるとしよう。


「残念だったな。これでお前の一番の武器は二度と通用しないぞ。お前におれは倒せない……。遠くからチマチマとこちらを狙っているようではな」


 長らくやつと戦ってきて、ようやくひとつの結論に至った。

 こいつは極端なまでに戦術の幅が小さい。

 敵の射程外から一方的に攻勢を仕掛ける雷迅拳ライトニングフィストブロー、それが駄目だとわかると、後先を考えず相手の懐に飛び込んで全力のパワープレイ。

 事実上、この二択しかないのだ。

 まあ、結果として通用してしまうからこそ、他の選択肢など検討にも値しなかったのは理解できる。

 だが、これまでキリヒトが相手をしてきたのは、どれだけの力を持っていようが結局は物語の登場人物だ。

 人間同士の戦い……。

 転生勇者と転生勇者がぶつかれば、どのような駆け引きが行われるのかをその身に刻みつけてやる。


「サクヤ! おれはまだ【強制介入コード】は使えるのか?」


 どこかにいるであろう冒険のパートナーに向かって質問を投げかける。


「対人指定に限っては行使可能です、ライトさん! でも……」


 返ってきた答えは明確であった。

 しかし、何かを言いよどむような少女の声。

 

「わかっている。次で最後なんだろ……」


 おれがこの世界へ飛び込む前、ミネバから告げられた行使可能なポイントは三つだけだ。

 最初のひとつはロザリンドとの対決で使い、二つ目はいましがたキリヒトに対しておれが行使した。

 つまり、残りのポイントはあとひとつということ。

 それでも、対人指定であればレベルに関係なく消費量が一定というのは幸いだった。あと一度、おれにはチャンスが残されているのだから。


「次で決めてみせる。さあ、かかってこい! キリヒト!」


 キメ顔で相手に向かい、最終決戦を挑んでいく。

 だが、実際のおれはバントの構えを崩していないわけだから、向こうからしてみれば、かなり馬鹿っぽく見えていることだろう。

 最後の最後までしまらないな、まったく……。

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