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#032 ペテン師は大いに語る

「貴様、おれの体に何をした?」


 こちらを強くにらみながらキリヒトが問いかけてくる。

 だが、今度ばかりは一言も答えない。

 ただ静かに相手を見つめ返すばかりだ。

 しびれを切らしたように、やつがふたたび動き始めようとする。

 すでにシュトローム・ブリンガーによる魔力の結界は、【強制改変コード】の終了とともに解かれていた。

 いま、おれたちの間に存在しているのは、僅かな距離とたどり着くまでの時間のみ。

 それは無敵の転生勇者にとって、無いにも等しい刹那せつなの一瞬であった。


「答えろ!」


 おれの態度がよほど腹に据えかねたのか、 やつが小さく背中をかがめ、いまにも駆け出そうと足に力を加える。

 次の瞬間、何かが引きちぎられるような大きな音が聞こえた。

 視界には床に倒れた状態で足首を押さえているキリヒトの姿がある。

 その表情は苦悶くもんに歪み、自分の身に何が起こっているのか、まるで見当がついていない様子だった。


「馬鹿な……。なぜ、おれの体が」


 動かない左足を呆然と見つめながら相手がつぶやく。

 おれはその様子を冷ややかに眺めながら、さらに追い込みを掛けていった。


「やめておけ。お前にはもう、これまでのような戦いは出来ない。無理をすれば、体が壊れるだけだ」

「なめるな! このペテン師が! お前が何度、策をろうしてもおれを止めることなど不可能だ!」


 こちらをペテン師呼ばわりして、やつは無理矢理に上体を起こした。

 急に足が動かなくなってしまった原因をおれに求めているらしい。

 まあな。きっかけを作ったのは事実だ。

 でも、お前を壊したのは他の誰でもない。

 キリヒト、自分自身だぞ。


「どこまでもふざけたことを!」


 地面に腰をつけたまま片手を振り上げ、雷迅拳ライトニングフィストブローを放とうとする。

 大きく腕が振り抜かれたあと、悲鳴とともにまたしても床にうずくまる男の姿があった。


「なぜ? なぜだ! どうして、おれの体がこんなにもろくなっている!」


 得意技を繰り出そうとしていたやつの手は皮膚がズタズタに引き裂かれ、内側の筋肉が露出していた。

 寸断された血管からは赤黒い血液がとめどなく流れ出している。

 ところどころに見えているのは白い骨の一部だろう。

 その光景は無残の一言だった。

 まるで見えない壁に全力で腕を叩きつけたように、やつの片手は見る影もなく破壊されている。


「だから言ったんだ。すでにお前の体の耐久値は、よく鍛え上げれられた人間のものと大差ない。なのに肉体の限界を超えた超人的スキルを使おうとすればけんは断裂し、骨は折れる。振り切った四肢は速度の壁にあらがえず、皮膚と筋肉を裂いていく。キリヒト、もうお前には転生勇者の力を使うことは適わない。なぜなら生まれ変わったその体は、ただの人間と同じだからだ」


 生物には骨格スケールの限界がある。

 人間がどれほど鍛練を積み上げようとも、野生の熊に匹敵するパワーや競走馬と互角のスピードは出せない。

 それらは肉体構造や進化の果てに獲得した種の固有能力であるが、ひとつの傾向が厳然として存在する。

 大型化、つまり骨格スケールが巨大化すると限界値が上昇するという相関性だ。特に純粋な筋肉量が結果に大きく左右するパワーの限界値はほとんど体格によって決定する。

 人間はトレーニングや摂取せっしゅする化合物により筋肉量を自律的に調整できる唯一の存在であるが、獲得した筋肉を駆使する限界は骨格スケールとそこにつながる各種靭帯(じんたい)の大きさで決定される。限界を超えたトレーニングは人体を破壊して能力は消失し、結果として稼働できる範囲内へと収斂しゅうれんする。

 人は超人にはなれない。転生勇者もただの人間であるなら発揮する力は、せいぜいが人類最強くらいなもの。

 その程度では、魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする過酷な異世界で無双など望むべくもない。


「ふ、ふざけるな! おれがただの人間だと? おれは勇者ニードル・スパイクの力をすべて受け継いだ存在だ!」


 キリヒトがみずからの素性をもとに、おれの言葉を否定する。

 だからさ……。

 だからこそ、お前は自分の力を制御できずに自壊していくんだ。


「ニードル・スパイク……。厳しい修行の末に自らの肉体を武器として戦うファイター。最大の攻撃は、目にも止まらぬ速さで四肢を振り抜き、その衝撃で持って敵を討ち倒す雷神拳ライトニングファストブロー。魔法でも超科学でもなく、純粋な肉体に拠る攻撃スキル。だからこそ”人間”には到底、耐えきれないんだ。残念だったな、モデルにしたキャラクターが悪かった。もし、お前が魔術師ハリカルや機械化戦士ログナイトを選んでいたら、多少の無茶はご都合主義でごまかせたのに……」


 おれが元ネタとなったゲームの解説を始めると、キリヒトはあっけにとられた形相で聞いていた。

 そして、とまどいもあらわに問いかけてくる。


「なぜ、貴様がそれほど情報に精通している……。一体、お前は何者なんだ?」


 やつにしてみれば、いまのおれは突如、現れて、物語の筋書きを思いのままに書き換えていくなぞの人物に見えているのだろう。

 あまつさえ、主人公である自分を差し置いてストーリーの根幹部分に通じているのでは、まさしく創造主のような存在である。


「おれか? もとはただの編集者だよ。なんの因果か、いまは転生勇者になってしまったがな……。ああ、そうか。お前は、どうしておれが『ブレイブ・ワールド』なんていう古臭いゲームのことをよく知っているのか不思議なんだな。いいさ、知りたいなら教えてやる。おれの本当の名前はナルオライト。前に生きていた頃は、『ハーキュリー・ノベルズ』という小さな出版社に勤めていた。そして、『ブレイブ・ワールド』のリブート企画、『ブレイブ・ニュー・ワールド』シリーズの刊行にたずさわった。オリジナルのゲーム内容をひと通り読み込んだのはその時だ」


 入社してしばらくのち、担当部署が新たな企画を立ち上げる際、おれも編集部の一員として加わった。

 チームでもっとも新人のおれに与えられた役割は、前作のシステムを編集作業の開始までにすべて把握すること。

 しばらくは、寝ても冷めてもキャラクターブックを片手に全体の概要がいようを理解するべく奮闘した。

 そして、ビジュアルをすべて女の子の美麗なイラストに一新した『ブレイブ・ワールド・イノセント』、続編の『ブレイブ・ワールド・リピュア』はハーキュリー・ノベルズ過去最大のヒット作となって見事に成功を収めた。

 無論、ゲームデザイン自体は専門の外部プロによって現代的にリファインされたわけだが、意見をすり合わせる段階でおれの知識が少しは役立ったと思いたい。


「すべてを理解している……。その上で、おれの力を封じたというわけか」


 キリヒトがふらつきながらも立ち上がり、険しい視線でおれを睨みつける。

 その表情には、いまだ絶望の陰りはうかがえず、まだ何かを画策しているようにも感じられた。


「まだ立つのか? もはや、どのような攻撃もお前自身を痛めつけるだけだぞ。死にたくなければ、じっとしておいたほうが身のためだ」


 老婆心にも似た思いで忠告する。

 これ以上、やつに何ができるというのだ?

 おれには、キリヒトが意地を張って無意味な抵抗を試みているとしか見えなかった。

 だが、それはおれの甘さに過ぎない。

 すぐにも転生勇者の真の恐ろしさを思い知らされる。

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