#031 ブレイクダウン
「つまりは、距離を置いた攻撃では貴様を倒せないということか。だったら、おれの取るべき戦法はひとつだけだ」
不敵な宣告と同時にキリヒトの上半身が心なしか沈んだ。
次には音も風も立てず、ほとんど瞬間移動でおれの懐深くに潜り込んでくる。
「――まさか?」
ついあせって上ずった声を出してしまう。
とは言え、驚いたことは事実だ。
先程のダッシュとは速さと予備動作の小ささがまるで違う。
気づいたときには、すぐ目の前にキリヒトの姿があった。
「これならば撃ち返せないだろ!」
左腕を大きく振り上げ、上からの一撃をこちらに見舞おうとしている。
その動きに呼応して、右手のシュトローム・ブリンガーが前に出た。
衝撃波を脇へ逸らすような形で魔力のフィールドを展開し、敵の攻撃に備える。
「いや、待て……。こいつ、もしかして?」
間近で見たキリヒトの表情。嫌な予感を覚えた。
どこか人を食ったような、相手を陥れようと考えている人間の目。
やつの拳が掲げられた剣の腹をゆるく叩く。
「残念だったな。おれの勝ちだ」
威力は造られた魔法のシールドを軽く揺らす程度だった。
くそ、やっぱりか。
――フェイントだ!
仕草の意味を理解した瞬間。おれの脇腹に重い一撃が突き刺さる。
鈍器で腸を混ぜ返されたような鋭い痛み。
横隔膜が痙攣し、息の吸えない苦しさと力が入らない下半身のせいで膝が崩れていく。
視界におれの横腹を穿ったキリヒトの右拳が見えていた。
「やってくれるな……」
他者を騙すのも騙されるのも人の特徴だ。
轟矢切理人という男は、どこまでもシンプルな強さを追い求めていくタイプの人間らしい。
遠くから倒せないのであれば、近づいて相手を殴り倒す。
死角から打撃が来るのは読んでいた。
知っていてなお、その威力は耐えられるものではない……。
「駄目だ、シュトローム・ブリンガー。無理に踏ん張るな」
右腕のパートナーが崩れそうになるおれの体を下から全力で支えている。
しかし、その努力は、いまこの状況に限っては悪手となった。
「しぶといな。では、これでどうだ」
首を傾けて敵の様子をうかがうと、両手を組んだキリヒトが腕を高く持ち上げている。
狙いはすぐに理解した。でも、体が思うように動かない。
「よせ……。ここで無理に動いても意味はないんだ」
シュトローム・ブリンガーが何かをしようとしていた。
それよりも早く、固く組まれた相手の拳がおれの背中を強打する。
「ぐはぁっ!」
息苦しさに追い打ちをかけてくる、後背からの激しい痛み。
そのまま、おれの体は硬い石造りの床に打ち付けられる。
やばいな……。これ以上のダメージは意識が途切れそうだ。
なんとしてでも、この状況から脱する必要がある。
横になった視界の端でキリヒトが何かの動作を起こそうとしていた。
――ああ、やっぱりな……。
おれとお前はよく似ている。
武器を持たずに、おのれの肉体だけで戦う英雄、ニードル・スパイク。
その存在に由来を持つふたりの転生勇者。
だからこそ相手が何をやろうとしているのか、考えるまでもなく予想がついた。
だからさ……。
「いま、この一瞬だけでいい。おれにすべてを任せろ、シュトローム・ブリンガー!」
「これでも喰らえ!」
キリヒトが片足をうしろに大きく振り上げ、そこから一気におれの胸元をつま先で蹴り上げた。通称、ヤ○ザキック。
とんでもない衝撃に体が小さく浮き上がり、そのまま後方へと弾き飛ばされる。
地面に投げ出されても勢いはなお衰えず、床の上を転がりながら、どんどん遠くへ進んでいく。
ゴロゴロゴロゴロ、ゴロゴロゴロゴロ……。
さて、いい加減わざとらしいかな?
頃合いを見計らい、動きを止めた。
「なんだ、いまの感触は? まさか、おれが蹴ったのは……」
十分な距離を稼いで、やつの方を見る。
キリヒトは納得がいかないような表情で自分のつま先に目を落としていた。
「まさか、貴様!」
何かに気づいて視線をこちらに向ける。
きっと、やつが見た光景の中では胸の前に長剣を抱え込んでいる、おれの姿が映っているだろう。
自由を取り戻した右腕でシュトローム・ブリンガーをとっさに引き寄せ、敵のつま先を阻む。
体全部を包むように魔力のフィールドを展開、相手の力を逆に利用してピンチから逃げ出すことに成功した。
「ちょこまかと目障りなやつだ……」
キリヒトが怒りを宿した瞳で、ようやく立ち上がったおれをきつく睨みつけている。
怒れ、怒れ。ざまあみろ。
勝てない相手から逃げるのは、卑怯でもなんでもない。
それを悪し様に語るのは、まんまと避けられたやつの負け惜しみだ。
「シュトローム・ブリンガー! フィールドを全開にしろ」
おれの命令に膨大な魔力が手にした剣から一斉に放出された。
効果範囲は広いホールのほとんどを覆い尽くすように広がり、内側で動くものをことごとく感知する。
これならば、たとえキリヒトがふたたび近づこうとしても次は対応可能である。
さらには、遠距離から雷迅拳を放っても、結界の形を操作して軌道を変えさせることが可能だ。
無論、このような力技がいつまでも続けられる保証はない。
いずれは魔力の放出が限界を迎えるか、発振器として機能するシュトローム・ブリンガーが故障してしまうだろう。
ならば、ここで【強制改変】を使うしかない。
「さてと……。でも、こいつを相手にして本当に魔法が通じるのか?」
正直、確固たる自信はなかった。
いまこの場所にはナビゲーションを担当してくれるサクヤも、おれよりは事情に通じているであろうオトギもいない。
しかし、どうやって【強制改変】を発動するのかは、もうすでに経験済みである。
その際の条件や一連の流れをおれは当然、熟知していた。
問題は正面に立つ無敵の転生勇者に一体、何を命じれば、その力を封じることが適うのか……。
「まあ、やってみなけりゃ、わからないか」
それについて、おれにはひとつの妙案があった。
なぜなら、こいつの力の源泉、技の原理を知っているからだ。
――いまならば、キリヒトを倒せる。
そう信じて、逆手に握り直した長剣を胸の前に構えた。
「オーダー! 人体の耐久力を厳密に規定しろ、以上だ!」
相も変わらずの無味乾燥な言い回しだが、もう放っておいてくれ。
センスがあろうがなかろうが、ようするに勝てばいいのだ。さあ、いくぞ!
シュトローム・ブリンガーの魔力が励起状態となって刀身がまぶしく光る。
おれは、力の限りに剣先を地面に叩きつけながら大きな声で起動用呪文を叫んだ。
「我が法理に従え、世界――――!」
片膝をつきながら、刃の切っ先を石造りの床に深く突き立てる。
勢いと衝撃で、周囲の地面が自分の足元を小さく残し、クレーター上に丸く沈み込んだ。
石に刺さった刀身から魔力の光が走り出し、輝きは地面の上を雷のように進みながら目標である人物に近づいていく。
「――!」
キリヒトもさすがに何か嫌な雰囲気を感じたのか、慌てて後方へ退避しようとする。だが、やつの立つ場所は、おれたちが展開した魔力のフィールドの範囲内であった。
動こうとする敵の足を見えない糸で引っ張るように、シュトローム・ブリンガーが相手の移動を邪魔していく。
「こ、こいつ!」
逃げ出すことさえ適わずに、男のつま先から頭へと一筋の稲妻が駆け抜けていった。
光はそのまま天井付近まで上昇し、いつしか消え失せる。
これで準備は整った。
あとは期待通りの効果が現れるのを神に祈るだけだ。




