#027 嘘と誠とこの世の真実
建物に開けられた出入り口を抜けると、まっすぐな細い橋があった。
積み上げられたレンガの壁。高さは人の腰ほど。
それが中空を渡り、視界に映る大きな構造物の二階へとつながっていた。
下を見れば城外の様子が見渡せる。
橋を支えているのはアーチ状の柱で、遠くにはさきほど自分たちが侵入した兵舎の屋根があった。
中ほどまで進み、うしろを振り返る。そこに背の高い塔が見えた。
「ああ、ここを通って逆に地下通路を進み兵舎に出るわけか。いざというときのため、要人用の逃げ道なんだな」
ここまで来ると通ってきたルートの意味がよくわかる。
よくよく見れば、城壁の外側から見えていたのはこの塔だ。
「出入り可能なのはここだけ。行き着く先は兵舎。まあ味方以外で足を踏み入れるやつはいないか。でも、どうせほかにもあちこち逃走経路はあるんだろうな。こいつも所詮は数あるうちのひとつに過ぎないと……」
「だからこそ、キリヒトは前もって盗賊共を街におびき寄せておいたのよ」
そういうわけか。城内に侵入者が現れたとしてもただのひとり。
街では二〇〇人からの狼藉者が好き放題に暴れている。
城の外へ逃げ出すよりも、ここに居たほうがいかにも安全だと思わせる。
やつの狙いは標的を城の中に留まらせること。
敵が何人いようとそんなものはお構いなしだ。
自分に敵う存在などいるはずがないという絶対の自信が行動から見て取れる。
なぜなら、彼は異世界において圧倒的な力を持つ転生勇者であるから……。
「なぜだ? なぜ、そこまで傲慢にふるまえる……」
思考の理不尽さにいささか腹が立ってくる。
おれの独り言を耳聡く聞きつけたオトギが自明の理を諭すように声を返してきた。
「決まっている。あいつにとって、これは現実でもなんでもないからでしょう。飽きた玩具を捨てるように、上手くいかないこの世界をめちゃくちゃにして初めからやり直す。都合が悪いとリセットをかけたがるのは結局、子供の我儘よ」
冷たく批判されると少しばかり耳が痛い。
リセットなどという単語を好んで使いたがるのは別に子供だけではないからだ。
ようするに思考放棄なんだよなあ……。
「おれは何があろうともキリヒトの暴走を止めてみせる。それができるのは同じように外の世界からやって来たおれだけだ。同じ転生勇者として、やつの行いをこれ以上、見過ごしてはおけない」
「やる気が出てきたのはいい傾向ね。まあせいぜい頑張りなさい。そのためのフォローは十分にしてあげるわ」
オトギがいまさらながらにそう語っておれの闘志を焚きつけようとする。
ということは、これまでがどこか他人事だったのか?
まあそうだな……。確かにおれは傍観者だった。
この世界に本気で直接的な介入をしようとまでは考えていなかった気がする。
ただただ、個人的な感情に突き動かされて力を奮っていただけだ。
基本はやりたい放題のキリヒトと大して変わらない。
「行こう。やつを、キリヒトを倒す……。倒して、この物語を終わらせる」
だから、ようやくおれは主人公に成れた気がした。
◇◇◇
橋を渡りきり、二階のバルコニーから王宮に侵入すると、どこからか喧騒が耳に届いてきた。
ついにキリヒトが玉座へと近づいてきたのか?
あわただしく人が行き来する窓際の廊下。二階にいるおれたちを気に留めるものなどひとりもいなかった。
「こっちへ。控室から玉座がある謁見の間の二階欄干に抜けられる」
オトギがこちらに先んじて大きな暗幕が間仕切りとして掛けられている控室へ向かう。部屋に入ると、昼間だというのに中はかなりの暗がりだった。
光源は階下に広がる大きなホールを照らすため、欄干から釣り上げられたいくつものかがり火と階下に置かれた燭台のロウソク。あとは飾り窓から入り込むわずかな自然光のみ。
そして、外部から玉座へとたどり着くには長い通路を踏破せねばならず、キリヒトは道中に配された多くの敵を退ける必要に迫られていることだろう。
「時間のかかるルートを通らせたのはお前か?」
玉座の後方、ホール全体を見下ろせる場所で静かに様子をうかがいながら隣に立つオトギへ質問をぶつけた。
「城内の見取りを教えたのは確かにあたし。まあ、抜け道なんかはあえて伝えなかったけど。それでも真正面から乗り込んでいったのはあいつ自身の考えよ。敵を油断させる必要性があったのと、それ以上に……多分、格好良く思ったんでしょうね」
つき放つようなオトギの返答におれも内心で相槌をうつ。
いかにもプライドの高いあいつが選びそうな結論だったからだ。
玉座に目を下ろす。
いま現在、そこには誰もいない。王はこの城のどこかに身を潜めているらしい。
外には盗賊の群れ、中には狂気に駆られ進撃を止めない異世界からの転生者が迫ってきている。
となれば、城内でおとなしくしている以外はないのだろう。
実際、いかに恐ろしい存在であろうとも、ただひとりの賊によって君主が城を逃げ出したとあっては王家の体面に傷がつく。
むしろ憂慮すべきは、それに乗じて王朝の転覆を図ろうする反逆者が徒党を組んで立ち上がることだ。
「まったく、あっちもこっちも大変だな」
様々な事情が複雑に絡んでいる現状にいろいろと頭を悩ませる。
一瞬、どこかで暗がりに光が走ったのを感じた。
見たのではない、感じた。
周囲が見えにくいからこそ、殺気を乗せた白刃のきらめきは嫌が上にも精神を逆なでする。
駆け寄ってくる足音を聞きながらゆっくりと振り向いた。
なんというか、遅い……。
体の向きを完全に入れ替えると、視界におれを狙ってまっすぐ伸びてくる刃の切っ先が見て取れた。
「手間をかけさせてすまないな、オトギ……」
おれよりも早く不審者の存在に気づいていた相方が、薄い影の中から立ち昇るように姿を現す。
迫る刀身を両手に握った布で包み込み、敵の前進を阻んだ。そのままオトギは襲撃者の手首をつかんで自由を奪い去る。絡めた足で容易に相手のバランスを崩し、木製の床に組み伏した。
「おとなしくしなさい。動けば、問答無用で殺すわよ」
脅し文句で敵を威圧する。本気になるとやっぱり、こいつは怖いな。
さてと、それじゃあ正体を改めさせてもらおうかな?
まず目に飛び込んできたのは、白くまぶしい太ももだった。
ん? いや、見間違いじゃないぞ。
ああ、倒れた拍子に服の裾がまくれてしまったのか。
なら、しょうがない。
心の中で見ないように意識しながら顔を確かめる。
こういう場合、襲ってきたのは美女というのが物語の定番だ。
しかし、今回は微妙に違った。倒れていたのはまぎれもない美少女だった。
「ラクティ! お前がどうしてここに……?」
「オ、オトギさん。では、やはりこのお方はキリヒトさま……」
なんだ? オトギの知り合いなのか。
ラクティと呼ばれた女の子は、おれの方を見上げながら緊張で顔をこわばらせている。
うしろでひとつに編み上げた赤毛の髪、身を包むのは仕立ては良いが飾り気の少ない緋色のドレス。年の頃はサクヤと同じか、少し幼い程度だろう。
オトギと顔なじみと言うことは、彼女もスピンアウトの一員なのだろうか?
それにしては身のこなしがたどたどしいと言うか……ただの女の子過ぎる。
ボンヤリと目の前の女性を眺めていると、またどこからか別の声がした。
「キリヒトさま……。ラクティを許して下さい。罰なら、わ、わたくしが受けます」
光の届かない暗闇から、こちらに歩み寄ってくる足音が聞こえてきた。
声から受ける印象はさらに若い。
ミネバと同じくらい。つまりは一〇代も前半といった感じがした。
「来ては駄目です! 姫様」
「リズリット……。どうしてこんなところに?」
ひとりが”姫”と呼び、もうひとりが名前を呼んだ。
鈍感なおれでも聞き覚えがあるのを思い出す。
弱々しい光のもとに姿を見せたのは、まだ幼さが残る少女だった。
癖ひとつない長い髪。少しだけ陽に焼けた肌を美しく彩るオフホワイトのドレス。
その正体はまぎれもなく、この国の王女であり、本来であれば今日の宴の主役を務めるであろうリズリット殿下である。




