#025 スピンアウト
「――詩篇強制介入改変装置……やはり面倒だな。シュトローム・ブリンガーでいいか。そいつは任意の人物を物語世界へ送り込み、特別な能力で作中世界の法則を捻じ曲げてしまうというデバイスだ」
唐突にハウゼルがおれの持つシュトローム・ブリンガーの解説を始めた。
でも、いまさら?
こいつのとんでもない能力はすでに十分、承知している。
「だが、その力を行使できるのは人間だけだ……。創造と創意を持つ人の叡智こそが困難を克服し、物語を終わらせられる。だからこそ、お前は呼ばれたんだ、ナルオライト……。シュトローム・ブリンガーの力を借りて物語に侵入できる唯一の人間。バベル図書館、二人目の転生勇者として」
唯一……?
どういうことだ。ここにいる人間は、おれひとりということか。
ならば、ハウゼルやオトギ、そして……サクヤもか。
「評議会より送り込まれた調査官は、すべて異なる物語から呼び出されたキャラクターだ。だからこそ他作品への介入をデバイスに頼らず行うことが可能となる。我々はまさに”おとぎの国の侵入者”だ。用意を整え、環境を構築し、最後を飾るべき『終焉の客演者』の登場を待ち受ける。すべては物語の幕を早急に下ろすためだ」
ハウゼルは次々に自分たちの行動の意味とおれが担うべき役割を伝えてくる。
しかし、わからない。だからこそ尋ね返した。
「なぜ、そうまでして早く終わらせる理由があるんだ? ミネバは純粋に物語の結末を期待しておれに力を貸してくれと頼んできた。それは間違いなのか……」
目覚めたあとに巨大な図書館で聞かされた少女の願い。
あの言葉は嘘であるというのか。
「彼女の言うことは真実だ。ただ、物語を終焉に導くという行為にはもうひとつ意味がある。評議会は単純にそちらの方を重視しているだけだ」
打ち切りの理由なんて、新連載をさっさと始めたいという以外にあるのだろうか?
ついつい前世の記憶を持ち出して、納得できそうな理由を探す。
ダメだ、そういうことじゃない。
「われわれが放置された物語の幕引きを急ぐ理由は、そうしなければ『破壊』されてしまうからだ」
「破壊? 誰に……」
随分と物騒な話の流れに驚いて、事の発端を問いただす。
作品の放置であれば枚挙に暇はない。だが破壊となると、わざわざそうした行為に及ぶ犯人の動機が気にかかった。
誰かが作り出した世界を他人が壊してしまうのは、いくらなんでも横暴だ。
何を思って、そのような暴挙に走ったのだろうか?
「放置された物語に入り込み、作品世界でつちかわれた技術の結晶や登場人物たちの能力を奪い取る……。結果として物語は持続性を消失し、破滅ののちに虚無を迎える。すべてはひとりの強奪者による身勝手なふるまいの結果だ。そして、その犯人こそバベル図書館、最初の転生勇者だった男。やつは最初に訪れた物語で世界を崩壊させ、わたしたちの前から姿を消した」
事故のあと、ふたたび目覚めたとき、ミネバはやけに自分を恐れていた。
あれは転生者に対する恐怖の感情を拭いきれていなかったからなのか……。
つくづく少女の健気な対応に頭が下がる。
さらにもうひとり、自身を転生者と名乗ったサクヤは。
「壊された世界から、ただひとり救い出されたのがサクヤだ。彼女は記憶を失い、バベル図書館に預けられた。いまはまだ事実を伏せている。せめて自分から記憶を思い出すまでは……」
秘密を明かしながら目配せをしてくる。
まあ、お前も黙ってろよってことなんだろうな……。
人には口にしちゃいけない公然の秘密がある。
それはいい。自分にとって大切なのは、現在の状況を知らされた上でおれに何を期待しているかだ。
「最終目標はそいつを倒すことなのか?」
「いずれはな……。だが、いまは無理だ。勘違いするな、お前では勝てないと言っているんじゃない。やつの力に対して、われわれはあまりに無力だ。それをハッキリと思い知らされたんだ、わたしはな」
ハウゼルが視線を下げた。
表情には言葉だけでは伝えきれないほどの怒りが浮かんでいる。
敵ではない。自分自身に対してのだ。
「いいさ。だったら、おれはどうしたらいい?」
短く答えて返事を待つ。
ごちゃごちゃした裏の事情はもういい。
とにかく、いまはやれることを始めるだけだ。
「必要なのは、いま以上に敵の戦力を広げないことと、味方の数を増やすことだ。うしろの方はわたしがやる。お前には前半をお願いしたい」
「具体的には?」
「この世界にいる転生勇者を討ち果たせ。やつに能力を奪われる前に」
いとも簡単に言ってくれる。
つまりは弱体化する以前の無敵勇者様を倒せというわけか。
それでも自分がやろうとしていた行為と方向性が変わりないのは幸いだ。
これで迷う必要もなくキリヒトを叩ける。
遠慮なく、やつが目指している王宮に乗り込むとしよう。
「すまないが、わたしは城の地下牢に向かう。そこで仲間を助け出さないといけないからな。オトギ、お前はライトと行動をともにしろ。彼を玉座へ案内するんだ」
「な……どうしてわたしが!」
ハウゼルの指示を聞いて、オトギが不満げな声を上げた。
輝く金色の瞳が激しい怒りを帯びている。
「最短ルートを知っているのはお前だけだ。それに荒事ではサクヤよりもお前のほうが適任だろう。戦いたくはないのか?」
「そ……れは、その……」
口ごもるオトギに男はけしかけるような態度を見せる。
「では行け。そういうわけだ。ここからはオトギに先導させる。サクヤにはわたしの方を手伝ってもらうが問題ないか?」
突然の選択におれは横目でオトギの顔色を確かめた。
いまだ彼女はすべてに納得しているとは言い難い表情を浮かべている。
さてと……。
どうやって、やる気を出してもらおうかな。
「そうだな。おれよりも転生勇者に詳しくて、うまく立ち回れるキャラクターがいてくれたら実にありがたい。なにしろおれは事実上、これが初めての実戦デビューだ。戦闘に長けたベテランが近くにいてくれるのは心強いな」
とりあえず、相手を空より高く持ち上げる。
人をやる気にさせるにはこの手しかない。
というか、この手しか知らない。
「しょ、しょうがないな……。そこまで言われると。今回だけは特別に手伝ってやるよ。い、いつもやさしいなんて思うなよ」
見れば、さきほどよりもらんらんと強く瞳を輝かせ、瞳孔を縦に長くしているオトギがいた。
興奮のあまりか、頭には狐の耳がふたつ生えている。
そういえば、実家で飼っていた犬も散歩に出かける前は大体、こんな感じだったなと思いがけず郷愁に浸った。
よし、なんとなくこいつの扱い方がわかってきたぞ。
「では、行動開始だ! 決着がついたあとは再度、この中庭に集合し物語から脱出する。いいな!」
ハウゼルが指示を下した瞬間、弾かれたようにオトギが駆け出す。
どうやら目指しているのは城の中庭の外か……。
おれも急いであとを追いかけるように走り出す。
「ライト!」
その場を離れようとしていたおれに向かって、ハウゼルの呼び止める声が聞こえた。
「頼む、勝ってくれ……」
振り返った視界に穿つような鋭い視線と、振り絞った男の声が耳に響く。
なんと答えたらよいのやら……。結局、何も答えられなかった。
小さく首を縦に動かし、ようやく決意を伝える。
いまはそれしかできなかった。
期待に答えてみせるのは軽はずみな言動ではなく、実際の成果を見せることだ。
だが、問題ない。異世界だろうが現実だろうが、一人前の男ならつねにノルマと戦うのが社会人の勤めである。
転生勇者も楽じゃない。
ハウゼルに再度、背中を向けておれはふたたび走り出した。




