#021 熱き鼓動
「そうか、お前はそんなに死にたいのか……」
わかりやすいほどの憤怒を顔に浮かべ、男がにじり寄ってくる。
手にした剣をぶらぶらと手首で遊ばせ、白刃のきらめきを自然とこちらに意識させる。
相手が手にしているのは諸刃の長剣。こちらは片刃の短刀。リーチの差は歴然であった。
「覚悟しろ!」
間合いに入ると同時に男が剣を閃かせ、側頭部に凶刃が迫ってくる。
横目に敵の動きをとらえながら、攻撃を躱すことはなく、ただ空いている片手を上げた。
体にまとった魔力の盾。不可思議な力が敵の攻撃を静かに受け止める。
「なんだ?」
男が怪訝そうな顔つきで行き場のない剣先を凝視した。
だが、いいのか?
敵はここにいる。お前のすぐ目の前に。
防御した左手で刃物をつかんだ相手の腕をすかさず取った。
逃げられないように敵の動きを封じて、今度はこちらから武器を握ったまま右の拳を顔面に叩き込む。
鼻の軟骨がゆがむ確かな手応えが伝わってきた。
「ふ! うがああぁっ!」
もんどり打って地面に倒れ込む盗賊。破れた粘膜から流れ出す鼻血が石畳に色鮮やかな模様を描いた。
「うまく整形できなかったら、これから先は鼻で息をするのも困難だぞ。まして、獲物を追いかけて走り続けるなんて至難の業だ。これでは盗賊家業も上がったりだな……」
両手で鼻を抑えている男を眺めながら冷たく言い放つ。
『命までは獲らない』
やつらはそう答えた。ならばこちらも相応しい態度で臨むとしよう。
命は残す。だが、盗賊として生きていく術は奪う。
それがおれの結論だった。
「てめえ、仲間に何をしやがる!」
後方から唸るような怒声が聞こえてきた。きっと、あの鷲鼻の男だろう。
わざわざ声を上げるあたり、相手もかなり焦っているようだ。
あるいは突発的事態を周囲の同僚に伝えようとしているのか。
いずれにしてもこちらの対応は同じだ。迎撃する。
「くらえ!」
視線をわずかにうしろへ傾け、様子をうかがう。
見ればあちらも馬鹿ではないので、先ほどの男のように剣を振り上げて切りつける真似はしてこない。
切っ先を前方に伸ばし、おれの背中に刃を突き刺そうとしていた。
その雄たけびにタイミングを合わせて体をひねる。攻撃は無情に誰もいない空間を駆け抜けた。
即座に腕を伸ばして武器を持った男の手首をつかみ取る。ひるんだ敵が柄を握った右手を堅くこわばらせた。
「こいつ! 手を放せ!」
剣を奪われまいとする無意識の挙動。
それを見て、おれは親指の付け根を狙い、金属で覆われた柄頭を力任せに叩きつける。骨が粉々に砕けていく確かな手ごたえ。
「お、おれの指がっ!」
男が痛みに耐えかねて握っていた剣を地面に落とす。石畳に金属の乾いた音が高くこだました。
「いてぇっ! いてえよぉ!」
あらぬ方向へ広がる右手の指を見つめながら、盗賊が力なく膝を崩す。
そのまま地面に倒れ込みながら両腕を胸の前に抱え、正面に突っ伏した。
「たとえ、折れた骨がもう一度つながっても剣を握ることはもう無理だろう。それでも両手を使って鍬や鋤を操る程度は出来るはずだ。これに懲りて、人から奪う生活は終わりにするんだな……」
うずくまった背中に向かい、静かに語りかける。
こいつらが本当におれの言う通り、更生を果たすかどうかは定かでない。
正直に言えば、たいして興味もなかった。
ただ、おれはアドベルの犠牲に報いてやりたかっただけだ。
「——こいつ、本当にキリヒトの仲間じゃないのか?」
気づけば、おれの周りをいつの間にか残りの盗賊たちが囲んでいた。
遠巻きにこちらを睨みつけるが、決して近づこうとはしてこない。
すでにふたりの仲間がやられているのだ。
下手な挑発は身を滅ぼすと理解しているのだろう。
「どうした、かかってこないのか? おれはたったひとりだぞ……」
目の前にならんだ盗賊たちに一瞥をくれながら半歩、足を前に動かす。
ただ、それだけでやつらは慄くようにこの場から逃げ出そうとしていた。
「こらぁ! 山賊が獲物に背中を見せるんじゃねえ!」
連中の背後から、ひと回り体格の大きい男が現れる。
濃いヒゲと隠すつもりがない全身の傷跡。漂う迫力。
間違いなく一団を引き連れているリーダーだろう。
「参ったなあ、兄さん。おれの大切な仲間が二人も使い物にならなくなっちまった……」
倒れている手下たちをほかの部下に介抱させ、頭目と思わしき人物が声を上げる。
「いやあ、強いねえ。見た目からじゃ判断できないくらいの力だ。あんた、どうせキリヒトの同類か何かだろ?」
「おれはあいつの仲間じゃない。似たようなものだっていう、あんたの見立ては合ってるけどな……」
落ち着き払った態度でおれの正体に迫る山賊のボス。
しかし、口ぶりを聞く限り、キリヒトに対してあまり好印象を持っているわけでも無さそうだった。
「まったく、あんたといいあの男といい、よそ様の場所で好き放題にされてはこちらの命がいくつあっても足りねえな。わかったよ、これ以上は何も盗らずにさっさと街を出て行く。だからさ……。あんたもおれたちを大人しく見逃してくれないかね?」
「貴様ら……何をいまさら」
こっちの要望としては、全員を張り飛ばして二度と武器が持てないようにしてやりたいくらいだ。
しかし、やつらはそうしたおれの憤りを見透かすように発言を続けた。
「いいのか? おれたちみたいな雑兵をいつまでも相手にしていて……。あいつはすでに王宮へ向かっているぞ。わかるだろ、おれたちは結局のところ陽動部隊だ。やつの侵入を手助けする代わりに、この国で最も豊かな街を蹂躙、略奪する機会を得た。それでも数だけは一〇や二〇じゃない。ざっと二〇〇人以上の盗賊がここで暴れている。あんたはその数をすべて倒すつもりか?」
二〇〇人! まさかと思ったが、それだけの勢力をキリヒトは動かしていたのか。
現実の問題として到底、おれひとりが対応できる規模ではない。
「そういうことだよ、兄さん。あんたが本当にこの惨劇を止めたければ、一刻も早くキリヒトの元へ向かうことだ。あいつを倒せば国王の軍勢が治安維持に出動する。だが、あの男の脅威がある限り国王のそばを離れられない。そういった寸法だよ」
男の言葉に勢いが削がれていく。
確かに、ここでいつまでも盗賊を相手にしていては結局のところ時間の無駄だ。
あるいは、それこそがキリヒトの目的なのか。
だが、こいつらを放っておいては……。
「だからな、おれたちはこれで退散する。市街を略奪できるというのは盗賊家業としてはおいしいが、それも仲間に犠牲がなければという前提だ。あんたみたいなやつが出てきたのなら、もう引き際なんだよ。危険を犯してまでキリヒトの企てに力を貸す義理はないのでな……」
甘い汁は吸いたいが、火の粉をかぶるのは御免こうむるというつもりか。
どこまでも身勝手で虫のいい連中である。しかし、おれをキリヒトと同様に脅威であると見ているのは間違いないようだ。
ならば……。
「さっさとここから失せろ。次に姿を見かけたら、もはや容赦はしない。お前の言う通り、こちらも時間がないからな……」
ここは妥協せざる得ない。それが結論だった。
何より、あちらに戦闘意欲がない以上、たとえ続けてもただの殺戮である。それでは意味がない。
「決まりだな……。お前らぁ、さっさと引き上げるぞ! 動けないやつはだれか手を貸してやれ! 仲間はひとりも見捨てない。それが山賊の流儀だ!」
ボスの号令一下、あわただしく盗賊たちは退却の準備を整える。
動けないものに肩を貸し、戦利品を服や靴の内側に隠していく。
金銀財宝を表にぶら下げて外を歩くのは、自分が標的になるのを恐れない愚か者か強者である。
彼らはどこまでもしたたかで臆病だった。




