#017 主役は隠れて移動する
声がした方を仰ぎ見る。
視界に映った丈の長い外套と頭に巻いた白い布。ハウゼルだ。
おれたちの姿を認めると、彼は急いでこちらに駆け寄ってきた。
「ロザリンドか。だが、外傷はないな。命に別状は?」
おれに抱えられているロザリンドを見て、すぐに介抱をしているサクヤに状態をたずねる。
「意識はありませんが、呼吸と脈拍は大丈夫です。でも、急には動かせません」
「まずいな。もう間もなく王の軍勢が到着する。お前たちは早急にここを離れたほうがいい」
いよいよか。なんとか任務を果たせたことにまずはひと安心する。
同時にロザリンドを置いて現場を離れることに若干の迷いを感じていた。
捕まってひどい目に合わなければいいが……。
「彼女の身柄はわたしに任せておけ」
おれの不安を察したのか、ハウゼルが以後を引き受けると申し出た。
外套の内側に手を差し込み、懐から薄い紙上のものを取り出す。
わけがわからないままに相手を見上げていると、手にしたカードから急に光がほとばしり、続けて見覚えのない人物がいきなり姿を現した。
動きやすさを優先した防具と身の丈に及ぶ長い手槍、少し屈めば全身を容易に隠せるほどの大型四角盾。道を塞ぎ、敵の移動を阻止することに特化した装備である。
「先発隊にまぎれて彼女を保護する。そもそもが公爵家の係累だ。無碍に扱えば政治問題にも成りかねん。そう心配するな」
こちらを納得させるようにつぶやく。
驚いているおれは声を返すのも忘れていた。
「ああ、これか。さっき、兵士たちの近くに寄ってイメージをコピーしておいた。こいつも評議会が試作した強襲用デバイスさ。もっとも、わたし程度では【疑似転身】程度しか力を使えないがな……」
そう言って完全武装の兵士はハウゼルの声で手にしたカードをおれに向かって示す。
表面に描かれた絵柄は目の前の人物と同じ兵装で、下に『ROYAL GUARD LV0』と表記されていた。
詳しくはわからないが、カードに写した人間と姿形をそっくりに変えることが可能なのか?
サクヤのがあくまで変装だとしたら、これは完全な変身魔法だ。
「了解した。対策が万全ならばここはまかせる。おれたちはどこかに引き上げるとしよう。あとを頼む」
正直に言えば、いま現在は手詰まりの状況である。
いくら心配しようが実際に対処のしようがなければ、事後を託して退散するよりほかに選択肢はない。
かがんだ相手にロザリンドの頭を委ね、静かに立ち上がる。
「難を避けるなら、山を登ってから峠の方に向かえ。ふもとは人も多く警戒も厳しいからな。順調に進めば、遠からず物語の収束が起こる。そうすれば新たなシークエンスに移動できるだろう」
収束? シークエンスの移動?
意味不明な用語の連発に困っていると、兵士の姿をしたハウゼルがおれを諭すように説明を続けた。
「指定された能動分岐への選択条件を満たすことで通常とは異なる物語の進行が始まる。そのための鍵が王女の奪還というわけだ。この先、どうなるのかはわたしにも定かではない。だが、まあこういうのは大概、ゴリ押しで決着がつくもの。期待しているぞ、ライト」
さらに重ねられた言葉を受け、ひとつの可能性がひらめいた。
これ、裏ボス戦だ……。となれば、次に攻略する相手はいやでも思いつく。
レベル九九のチート技能を有した転生勇者さまである。
いやいや、期待値高すぎないか?
こっちはようやく命がけで中ボス倒しただけなのに……。
「理解したなら、早くいけ。ここもじきに騒がしくなる」
◇◇◇
急かすハウゼルに追い立てられ、おれとサクヤは『薔薇の城館』をあとにした。
いまは木々の間を縫うように山の中を進んでいる。
歩きやすい山道はところどころに人が居て、行き交う者たちを待ち構えていた。
きっと不審者をその場で拘束するつもりなのだろう。
結局、見た目からして怪しさ満点のおれたちは草木生い茂る山中を行軍するはめになった。
それでも時折、あちらこちらで山狩りをしている連中の気配が届く。
用意周到なことだ。完全にこの一帯を制圧するのだという王の決意が見て取れる。
「あの……。サクヤさん?」
前を行くサクヤの背中に向かって小声で呼びかける。【経路照会】を使って、迷うことなく木々の小道を進んでいく少女が反応して振り返った。
「どうかしましたか? あと少しで見晴らしのいい場所に出れるので、我慢できないようであれば早めにお願いします」
何をだ?
近くのトイレを探す遠足に来た小学生じゃないんだから、それくらいは問題ない。
言いたいのは別の件だ。
「いや、訊きたいのはこれなんだがな……」
声を潜めて手にした魔法具を差し出す。
竹の持ち手に大きく広げられた櫛状の先端部。細骨を支えにして両面に貼り付けられた円形の紙。どう見ても団扇だった。
一見して思い出すのが、学芸会で木の役を務める演者が両手に持つ小道具だろう。
サクヤは念のために【隠蔽魔法】をおれにかけると言って、これを寄越してきた。それも四つだ。
おれはそのうちの二枚を頭につけたハチマキに差し込み、残りを両手に握った。
どう見ても馬鹿そのものである。
しかも、これがもとは白い紙だったものを緑色のマジックで上から塗りつぶしただけという安普請。
よく見れば、うっすら『納涼大会』という文字がすけて見える。
お前、これは夏祭りでもらったものをリサイクルしただけだろ!
手作り感が強すぎて、魔法のありがたみがひとかけらも届かない。
「あ、大丈夫ですよ。それでも情景描写としては『木々に紛れて移動した』と表現されますから、【魔法除去】でも使われない限り、見つかりません」
自信満々に答えてみせるサクヤ。
半信半疑で少女の笑顔を見ているおれ。
微妙な空気が流れていく。その時。
「ライトさん、あれは……」
サクヤが何かに気づいて上空を見上げた。うながされて視線をそちらへ向ける。
見れば、空に黒黒とした煙が立ち昇っていた。
火元を確かめれば、いまはもう遠くに望む『薔薇の城館』から煙る火の手が上がっている。
やはりか……。
そうなるだろうとは予測していた。
敵の根城を強襲するのだ。いっそ何もかもを灰燼に帰してしまったほうが効果としては大きい。
まずは相手の拠るべきところを奪い、流浪させる。さらには実力行使を見せつけることにより、日和見主義者に対して自分を支持するよう強く訴えるのだ。
そうなれば敵の後ろ盾に立つ存在は極めて少数となってさらに対応が取りやすくなる。単純な力が権威と権力を分かち難く支える世界であれば、武力はもっとも効果的に誇示されなければならない。
飾り物の剣に見惚れる人間はいても、白いままの刃を人は恐れない。
剣は血塗られてこそ初めて、敵も味方も同時に震え上がらせる存在なのだから。
「無事に王女を保護したようだな。でも、収束とやらがいつ起こるんだ?」
物語の予定調和を見届けて、次なる展開を待つ。
そもそもおれたちにはこれ以上、行くべき場所もない。いまは単に人目を避けて移動しているだけだ。
「そうですね……。まだ何かイベントでも残っているのでしょうか?」
のんきに進行状況を予見してみせる。
なんだよ、今度はムービーシーンでも差し込まれるのか?
段々とおれもこの世界観になじんできた。
「動くな、そこの怪しいやつ! このような場所で何をしている?」
近くの山道から不審者を問い詰める激しい声が響いた。
やっぱり、ダメじゃないか! このアイテム!
怒りに我を忘れて、手にした魔法具を投げ出そうとした矢先。
おれたちには目もくれず、急いで道を駆け上がる兵士の一団が見えた。
あれ、本当に見つかっていないのか?
心の中でサクヤに土下座し、何が起こっているのか確かめるため、兵士たちのあとを追いかける。
少し進むと見晴らしのいい開けた場所があった。伸びた草むらに身を隠し、そっと様子をうかがう。
無論、頭と手には緑に塗られた団扇を装備したままだ。




