#012 剣の名はシュトローム・ブリンガー
あっという間におれたちは囲まれた。
どいつもこいつも多勢をいいことに全員でなぶるつもりだ。
こちらが素手であるということも相手の増長に一役、買っているのだろう。
「サク……」
パートナーに呼びかけようとして、すぐに声を止めた。
やつらはまだサクヤの正体が女であるということに気づいてはいない。
知れば真っ先に狙うはずである。
迂闊な行動は自分だけではなく、護るべき少女を危機に陥れる。
「落ち着け、短慮は禁物だ」
そんな風に迷っていると、こちらの苦境に気がついたのか無言のままにサクヤが指先で自身の胸の辺りを指し示す。
一瞬、なんのセクシーアピールかと思ったが、そうじゃない!
おれの首にかけているペンダントのことだ。こいつを使えというわけか。
さっそく、胸元にぶら下がっているアクセサリーを片手で握りしめる。
何が起こるのかは想像もつかないが、何かが起これば儲けものだ。
そう考えた刹那、脳裏に忍び込む自分以外の誰かの思考。
「なんだ、これ……」
未体験の出来事に視界の中の風景が激しくゆがむ。
誰かがおれの中にいる。そいつは気を許せばすぐにでもこの体を乗っ取り、おれという人格に成り代わろうとしていた。
意識を集中し、自分自身を懸命に保つ。
それでもペンダントを持つ右腕だけは他者の制御下に置かれてしまった。
気がつくと、手には一振りの長剣を握りしめている。
「いつの間に?」
驚いたのは自分だけではない。
周囲にいた男たちもいきなり、おれが武器をたずさえていることに動揺していた。
「……こいつ、どうやって剣を?」
磨き抜かれた刀身が日の光を受けて、まぶしくきらめく。
突如、おれの意思とは無関係に右腕が一番近くに来ていた敵を狙って攻撃を放とうとした。
引っ張られるように足が前方へ進んでいく。
この動きを契機にして男たちは戦闘態勢に移行した。
こちらとしてもいまは理由を探る状況ではない。とにかく窮地を切り抜けるほうが先決だ。
意を決して戦いに集中する。
「サクヤ、とにかく逃げてくれ。ここはまかせろ」
「ですが……」
「大丈夫だ。なんとなくだが負ける気がしない」
大胆だが短くそう告げた。
実際、目の前にいる暴漢どもの距離の詰め方や間合いのはかり方で、あらかたの技量が予想できる。
どうやら、本当におれはこの世界で強くなっているらしい。
まともに訓練を受けていない連中など、何人いようが物の数ではないと感じていた。
「舐めるなよ、この野郎!」
しびれを切らしたように、ひとりの男が剣を振りかざしながら襲い掛かってくる。
構えで予測できる刃の軌道。踏み込みの甘さは迎撃の準備を容易にさせた。
「ちょっと待て。こいつ、またひとりでに……」
剣を握った右腕が勝手に斬撃を放とうとしている。
男にはこちらの一撃を躱す余裕は到底、ないだろう。
急ぎ片足を軸にして前方に大きく蹴りを繰り出した。
伸ばしたつま先は駆け込んできた男のみぞおちを的確にとらえ、相手はたちまち苦悶の表情でうずくまる。
意味のない殺しはダメだ。それを教え込むように左手で言うことを聞かない右腕を強く握りしめる。
「この野郎、よくも! 全員で囲むんだ、一斉にかかれ!」
飛びぬけて背の高いリーダーらしき人物が即座に命令を下した。
呼応して、残りのメンバーが遠巻きにこちらを睨む。
「サクヤは大丈夫か」
大人数に包囲されたとしても、いまは特段の恐怖も感じない。
それよりも相方の少女の行方が気になった。
人質にでも取られては大変である。
しかし、見える限りに彼女の姿はなかった。
「無事にここから逃げ出したのか?」
などとつぶやいたが、不思議とすぐ近くにサクヤの気配を感じた。
男たちはおれに注意を向けているせいで気づく様子もない。けれど確かに少女はこの近くに留まっている。
一時的に姿を隠す魔法か、まわりの景色に溶け込んで存在を消すアイテムでも使用したのだろうか?
まあいいや。むしろこれで一安心だ。遠慮なく残敵の掃討に力を注ぐとしよう。
「死角から狙え! つかまるなよ!」
ご丁寧に襲ってくる方角を教えてくれた。
なので、後方に力いっぱい回し蹴りなどを披露してみせる。
踵に人の顔をとらえた確かな感触。
吹き飛ばされた仲間を見て、呆然としている周囲の男たちに近づき、おもに拳と膝でごあいさつ。
これだけ接近すれば、間合いの長い刃物などはまさしく無用の長物である。
地に伏した人間の数が片手で足りなくなった頃、剣をつかんだ右腕の自由が戻ってきた。
手応えのない相手に興味を失ったのか、単に活動時間の限界なのか……。
ともかく、これで本当の自由自在だ。
さあ、張り切っていくぞと勢い込んだ瞬間。
「む、無理だ……。こんなやつに勝てっこない」
冷静であるが、誰もが口に出したがらない勇気ある一言。
メンバーの中のひとりが震える声で訴えた。
まあ、こちらに殺意がないのは相手側もとっくに承知しているだろう。
これまでの戦果を見れば一目瞭然である。
だから彼はみんなを代表して許しを乞いているのだ。
おれと自分たちのリーダーの両方に。
もうやめようと……。
「ここは引き上げるぞ! 憶えていやがれ!」
足蹴にされ、完全に意識をなくしている仲間を肩に担ぎながら男は宣言した。
他のメンバーも倒れている仲間に手を貸しながら、この場所から急いで離れようとしている。
列の一番最後は、気絶した人間をひとりで支えている一団のリーダーだった。
彼らの撤退をおれは当然、黙って受け入れた。
剣を杖代わりにして柄頭に両手を置き、身じろぎひとつも見せない。
「急げ! みんな無事だな? ふもとまで下りるぞ」
あいつらは勇気を出して仲間の命を助けようとしているのだ。
それを背中から討つような卑怯な真似は許されない。
たとえ相手がただの暴漢であってもだ。
強いものだけが幅を利かす実力主義の世界では、他者の名誉や尊厳はときに命と同様に扱われなければならない。
「大丈夫でしたか、ライトさん?」
事態が収まったのを見計らい、ふたたび姿を現したサクヤが安否をたずねてきた。
「敵の方は問題ないな。追い返された事実を軍に訴えても、負けた人間の戯言をまともに取り扱うほど暇では無さそうだ。あいつらもその程度は計算するだろう。もっとも味方の方は問題、大有りだけどな。サクヤ、こいつはなんだ? なぜ、バベル図書館はこれほど危険なデバイスをおれに預けたんだ」
いまは静かにしているシュトローム・ブリンガーを掲げて疑問をぶつけた。
この武器は危険すぎる。
何より、所有者を支配してでも敵を倒そうとしていたのがその証拠だ。
「すいません。わたしもこの武器に関しては、バベル図書館に新しく配備された最新鋭デバイス、ということくらいしか情報がありません。そもそも、これを使っての介入行為も今回が初めてです」
申し訳無さそうに答えてくれた。
まあな、経営陣の判断なんて現場は正直、ピンとこないことだらけだ。
役員の名前なんて、決済書類の上の方に押してある印鑑でしか知らない。
どこもかしこも腹の中身を隠したまま、下に命令だけを降ろしてくる。
「でも、これくらい強力なアイテムのサポートがなければ、物語の改変は到底、不可能というのが評議会の判断なのだと思います」
「ミネバじゃないのか?」
「彼女はわたしたちのサポートを担当してくれているオペレーターです。ここでわたしが使用した魔法はすべてこちらの要請を受けて、ミネバさんが既存の魔導書より選択して転送してくれています」
あ、だからサクヤは『代弁者』なのか。
でも、こうなるとおれのようなド新人にこんなやんちゃ坊主を押し付けたのは、もっと上位の判断となる。
そんなことをする合理的な理由は……。
いろいろと考えて、”実験”以外は思いつかなかった。
つまりこいつは試作兵器なわけだ。使えるかどうか懐疑的な代物はまず新入りに持たせてみて、うまく行けば量産化、ダメなら黒歴史というのがロボットアニメのお約束。
「よし、ちょっとだけ意味深に思えてきたぞ」
つらつらと人の裏側を暴こうとするのは、おれの良くない癖だ。
もっと割り切って考えよう。
形はどうあれ、これはチャンスだ。与えられた機会を棒に振り、夢敗れた人間を生きていた頃はたくさん見てきた。
生まれ変わって異世界にまで来て、なんだかんだでとんでもない状況を迎えてようやくと気がついた。
おれは馬鹿だな。
「そろそろ行こうか、サクヤ? いくら疑ってみたところで、おれのやることが変わるわけじゃない。こいつを使えと言うなら、その命令にしたがうだけだ。ひとりでは役目を果たせないのは、単におれが実力不足なんだろ。自分の未熟さを棚に上げて誰かをあげつらうより、やれる範囲で物事を進めたほうがマシだろうさ」
シュトローム・ブリンガーを肩に担いで、ふたたび道を歩き始める。
ほどなく進めば、いよいよ敵が待ち受けているであろう『薔薇の城館』にたどり着くはずだ。




