4話 「1212」
今日は土曜日。普段通りであれば休日であろうとなかろうとランニングに向かうのだが、とある理由から断念せざるを得ない状況になっていた。先日の右手の甲の腫れが第二形態へと移行していたのである。
腫れは完全に引いた。それは構わない。いいことだ。しかしながら腫れの代わりにソコにあったのは、「コスモス」でも見かけた―――俺の右手の甲に輝く、「王冠」の印だった。昨日は無かったはずだ。学校から帰って来てゲームの中に入り、仲間と共に素材の回収。深夜には手の湿布を変え直した。その時には何も無かった。
何にせよ、このまま放置というのもよろしくない事は分かる。だが既に「王冠」をどうにか消そうと格闘済みだ。結果は無駄だと分かっただけだったが。ゲームの内で、「王冠」と関係ありそうなホムンクルスに言葉を掛けたりもした。俺の言葉が彼女の返答キーワードにかすりもしなかったのか、答えは返ってこない。俺の慌てた様子を見て、「何かあればお呼びください」と言いはするものの、それを返答と言いはしないだろう。
まず思いついたのが、何か隠すモノを用意しなければならないということ。今日も湿布を剥がしたことで印が分かったのだ。物理的に隠してしまえば、誰にも見られることはない。丁度季節は冬。手袋は持っている。だが、日常的にそれを着用するには不自然に過ぎるから、何か言い訳が出来る様なモノを手に入れる必要がある。
時刻は未だ午前六時。何処の店に行くにしても時間はあるのだ。それまでに考えなければ…。
お札をポケットにねじ込み、コートに手袋と厚着という装い。店内で会計をするとき、手袋を外した左手だけで手早く行えるように裸でお金を持ってきた。最終、この際お釣りはもらわなくても構わない。どうして「王冠」の印が出たのかは不明だが、このまま病院に行くのも不味いような気がするからだ。
俺が生きてきた中で、こんな症状の病気は見た事が無い。知らないだけならいいけど、男というのが悪手を引き起こす。後生大事に病院生活というのもあり得ないことでは無かった。それだけは勘弁してほしい。
雑貨屋によって見つからなければネット通販に頼ることになる。そうすると明日には届くだろうが、一瞬でも早く安心したいという気持ちが俺を逸らせた。
開店と同時に店内に潜り込み、目当ての商品列へと足を急かす。店員は奇異な目を向けるどころか男が来た事に浮足立っている様だ。声を掛けられる前に商品を見つけなければならないという、想定外の条件も加わってしまったことに歯噛みしつつも、目は必死に動かしていく。あまりにも今の格好は不自然過ぎるからだ。
……これは中がモコモコになっている。駄目だ。探しているのはもっとこう、男性用というか、薄いながらに強度もあるヤツだ。だがいくら探しても見つかりはしない。そもそもとして、男性向けの商品が少なすぎる。仕方ないか、ここは諦めて大人しくネットで注文を―――
「おっと!」
焦っていたために曲がり角で誰かとぶつかってしまった。珍しいことに相手は男性の様だ。見た感じの歳は五十に近い。
「すいません」
「いえ、こちらこそ」
俺は素早く謝り、その場を後にした。ぶつかった事で慌ててポケットから引き抜いていた両手を再びポケットに入れ直し、店を出て行く。左手に手袋をつけ、背後を確認して帰路についた。
午前中には商品を注文し終え、「コスモス」を始める。印は心配であるものの、他にやる事も無いからだ。朝は他のギルドメンバーが居なかったから相談できなったが、この時間なら誰か一人ぐらいは居ても構わないだろう。
ウチのギルドで他にホムンクルスを作成しているのは他に四人。ギルドマスターであるシルヴァさんを筆頭に、誰もが最高戦力と言っても過言でない。
残念ながらシルヴァさんは居なかったため、俺と比較的交友関係にある人物の元へと向かう。同じギルド、数少ない男性という共通点があっても、苦手な人というのはどうしても居るものだ。
男なんだから俺の気持ちがわかるだろ、と「コスモス」を始めた当初は男性をどこか神聖視していたのが懐かしい。
「ドナ殿、少しお時間よろしいでしょうか」
「ラン君か。まぁ、素材でも集めながら話しをしよう」
dominate。通称「ドナ」と呼ばれる彼は素材集めをしていた。ドナ殿の装備はフードが付いた紺のマントに、武士が付ける様な頬当てだ。俺やこの前のシルヴァさん、ドナさんもそうだが、ギルメンは普段は見せ装備を着用している。もちろん、普通にゲームを遊ぶだけなら見せ装備でも問題ないほどの能力を兼ね備えているものの、本気で戦うときはギルドで統一した装備を使う。
「それで、何かあったのかね」
マントの袖口から槍を何本も覗かせながら、彼は口を開いた。俺は剣を取りだし、ドナ殿の手伝いをしながら、それに答える。互いのホムンクルスは放し飼いだ。それなりの装備を渡しているので、こんな所で死にはしないだろう。
「現実で少しばかり問題が起こってしまいまして…、どうしたものかと」
「高校受験かね?そろそろ後詰めに入るだろう」
「いえ、今回はまた別件です」
彼は俺に視線を寄こし、新たに現れた魔物へと向けた。ギルドメンバーに相談事をしているため、あらかたの私生活は知れているが、そんなことは気にしていなかった。彼等から貰った回答には年の功というか、考えさせられるものが多く、タメになっていると感じているからだ。
「現実の方でホムンクルス所持者の印が右手の甲に浮き上がったんです。何をやっても消せないので誰かのイタズラというのは考えられないのですが、原因が何かも分からなくて……、それで相談を」
「先日の人工島に隕石が落ちた件は知っていると思うが」
ドナ殿はそこで話しを切り、魔物を槍で貫いた。急に切り替わった話しと、黙ってしまった彼が何を考え込んでいたのかは俺には分からないが、続く言葉は俺を驚かせるのに十分な情報だった。
「その日の午前中、特定地域で右手に強烈な痛みを覚えて病院に出向いたのが十一人居たようだ」
「な―――!」
彼がそんな情報を持っている事にも驚いたが、何よりも、そこまで調べがついている事も俺が驚いた大きな要因だった。
「時間帯は隕石が落ちたという報道があった次の日の早朝から昼前まで。そうか…、君もその一人だったのか。……生憎と詳細は知らないのだ、すまないね」
「い、いえ!とんでもないです!」
他言しない事を約束してくれた彼は、最後に重要な情報を残した。
「隕石から謎の物質が見つかったそうだ。落下途中でソレが散布されたとしてもおかしくは無い」
互いに他言無用ともう一度約束し、俺は呆然としたままログアウトした。
「コスモス」から出て目を開けると、ヘッドセットの優しい青い光が目に入って来た。ヘッドセットを外し、ベットから起き上がると胸に違和感が。ムズムズするというのか。俺の語録では何とも言えない感覚だった。
服をまくって確認してみれば、そこには赤くて丸い、ビー玉サイズの結晶が出来ていた。これも「コスモス」で出て来るヤツだ。「王冠」に続いて二つ目の変化に、俺の頭はパンクしかけていた。




