2 話 「1人の騎士」
知人である彼に教えてもらった錬金方法は「ホムンクルスの作成法」だった。専用装備に入手経路が複雑な特殊アイテム、更には錬金する場所まで。細かく指示された錬金法が載せられたギルドチャットは、それだけで心が躍る。小さい頃、学校中の数少ない男子達が集まって秘密基地を作った事があった。不格好だけど、その時もとても嬉しかったのを覚えている。これもそんな気持ちなのだろう。
そう言えば運営側で錬金術のレシピを担当している一人に男性が居た筈だ。運営の生放送をゲームの中で仲間達と囲った記憶がある。こうしてレシピを眺めると、彼の気持ちが分かるような、そんな不思議な気分になった。
自分の脚で都市を回り、フィールドを抜け、時間を掛けてホムンクルスを創っていく。
法衣に杖、肉体を作るための媒体となる素材が多数。時間にして2時間。そうして俺は遂に完成させたのだ。
素材が白い光に覆われ、人の形を作り、次第に赤くなっていく。光が胸の辺りに収束すれば錬金は成功。ホムンクルスの完成だ。
黒い装束を着こみ、背には白い髪が垂れる。瞳は真紅に燃え、真っすぐに俺を見つめていた。
「ランスロット様、名を頂きたく思います」
透き通る声でそう言って見せた彼女に、俺は「ゲンガー」と名前を付けた。
作成手順で性別が決まるのだが、手順を教えてくれた彼とは逆の選択肢を選んだ俺のホムンクルスは女性型だ。正直言うと男の方が良かったのだが、そろそろ女性関係も考えなければならない時期だ。丁度いいと言えば丁度いい。少し早いだろうが、覚悟は決まっている方がいいだろう。
嫌な考えを頭を振って捨て、ギルドメンバーが待つ屋敷へと足を向ける。
空間拡張された屋敷の一室。そこに置かれた円卓の一席に座った。ここはギルドホールと呼ばれる場所である。今こそ誰も居ないが、暇な人は大体ここに集まってくる。
さて、腰を下ろした俺は情報の確認を行っていく。彼によれば、ホムンクルスの所有者の右手の甲には赤い印が浮かぶという。装備を外すと俺にも確かにあった。
そこで俺の三歩後ろに立つゲンガーに視線を寄こし、続けて印へと落とす。ゲンガーは俺の視線を何か指示があると考えたのか、俺の横に並んで顔を近づけ、何も無いと分かると元の位置へと下がって行った。
右手の甲、さざ波の様に赤の明暗を繰り返す印は「王冠」の形をしていた。「王冠」はプレイヤーが最初に訪れる都市のシンボルマークだ。この印に何か意味があるのは間違いない。何せ、現れる魔物一匹見てみても、彼等にはそこに居る理由があり、練り込まれた設定はレシピの暗示としてアイテム名に現れるのだから。何もしなくても国から生活するのに困らないだけのお金が振り込まれる男とは根本的に違うのだ。だからだろうか、データでしかない彼等が偶に羨ましくなる。
考えていると、ギルドホールに足音が響いた。誰かが来たようだ。BGMを切っていたためにやけに耳に残った足音の正体は、俺に声を掛けた。
「こんにちは、ランスロット卿」
右手をL字に曲げて頭を下げたのは、このギルドのマスターだった。プレイヤーネームはシルヴァ・ワイズマン。ホムンクルスの錬金方法を見つけた知人というのは彼である。白く輝くローブから覗くのは金の剣。ギルメン全員で集めた素材で作った最高級の装備達はいつ見ても美しい。
「これは賢者様、ご無沙汰しております」
椅子から立ち上がった俺も何処かわざとらしく挨拶を返せば、二人の間に笑い声が響いた。日常の一幕。ロールプレイングが生み出した、俺達特有の挨拶だった。
「どうやら完成したようだね」
「お陰様で。選択肢は性別の決定の様です」
「しかし困った・・・」
シルヴァさんは俺を後ろに視線を向ける。俺も釣られてゲンガーを覗けば、彼女の赤い瞳と視線が交差した。無表情ながらに何かを言いたいようにも思えるが、NPCの感情の読み方など分かる筈も無い。
「うちのギルドはリアルが男性というのが条件だからなぁ、どう判断したモノか」
「扱いとしては装備アイテムですから破棄しようと思えばできますけど」
「いや、それは素材がもったいない。私は時間を捨てる気にはなれないな」
女人禁制のギルドというのは、他のゲームを見ても珍しくは無い。俺たちの集まりもその中の一というだけだ。それがアイテムとは言え、女性の姿をした存在を連れているのは、どうにも決まりが悪い。そこのところは俺も彼も思っているものの、ホムンクルス作成に使う素材は貴重なモノばかりであり、どれもドロップ率が渋い。どうにも、捨ててしまうのもはばかられてしまう。
「一応他の人にも意見を聞こうか」
「そうですね。ギルドチャットに残しておけば誰かしらは覗くでしょうし」
キーボードを打ち込むシルヴァさんから視線を外してゲンガーを見やった。彼女は一言も発せず、俺が腰を下ろしている椅子の横までやって来て、何も無いのが分かると下がって行った。
「話しは変わるが、人工島に隕石が落ちたっていう報道を見たかい?」
「いえ、ずっと籠ってるので」
そうしてようやく、彼から聞く事で俺はそのニュースを知ったのだ。