12話 「従妹」
人気がない場所までやって来た。さっきとは別の神社だ。比較的近い場所ではあるものの、少しの差でも離れていた方が心が休まる気がしたのだ。冷えたベンチに腰を下ろす。
「若いのが多分だけど俺の従兄妹、だと思う」
俺は唐突に声に出した。ゲンガーはそれを聞き逃すことなく、ちゃんと返答を返してくれた。
「親族であれば逃げる必要は無いのではありませんか?」
「……そうなんだけどね」
そこからは言葉が上手く続かなかった。彼女に何か言い返してやりたい、そうは思っても、俺の言葉は強情なようだ。
玄関で宅配してもらった食材を受け取る母の背中。これは小さい時の一番記憶に残っている記憶だ。
その当時はどうして外に出ないのか分からなかったけど、今なら親戚連中から俺を守ろうとしてくれたのだと思う。
家族に男が生まれれば、その男は親族の女性に囲まれる。つまり、ハーレムが形成されてしまうってことだ。人工授精よりも生の男の方がいいに決まっている。そこに男の意思は関係ない。
だからこそ母は、幼い俺を連れて誰にも言わずに引越したのだ。当時の母の年齢は25歳。女手ひとつでの子育てだった。当然、苦労するに決まっている。その姿を見てきたのだから、分からないはずが無かった。
なのに…、家にはあいつらが居た。家族写真を見せてもらったことがあるから、間違いということはないと思う。どうして居るのか、何が目的か、疑問が尽きることはない。
「逃げたのですか?」
再度、ゲンガーが尋ねた。
俺は頭を抱え、膝とくっつける。
「…逃げてない。そもそも逃げる必要がないじゃないか。驚いただけだよ」
「それが聞ければ私からは何もありません」
彼女の問にどうにか答えた俺は一気に腰を反らし、晴天を仰ぐ。昼食をとっていないために空いたお腹は、どこか、雲ひとつないこの空に似ているような気がした。
しかし生憎と、気持ちが晴れ渡っているかと言うとそうではない。俺の心にあるこの気持ちを簡潔に言葉にするとすれば、それは「怒り」。
性懲りも無く現れた、話したこともない親族への「怒り」だ。
無様に逃げ出した俺への「怒り」だ。
異性に慣れないといけないんじゃないのか。こんな所で何をしているんだ。
「追いかけてくると思う?」
「来るでしょう。どうしてなのか分かりませんが、必ず来るような気がします」
「あっそう……、俺もそう思う」
無表情で神社を眺めるゲンガー。まあ、「コスモス」には無いから珍しいのかもしれない。
誰も居ないことを確認して、「王冠」の印と「ミクロコスモス」の隠蔽をし直した。他にも、目で見るだけでは変化が分からない自己強化系のアイテムを使用して身の安全を図る。どうせ迎えに来られるのであれば、自分から帰った方がまだ恰好がつく。
質問するまでもなく、彼女達は信用出来ない人間だ。だけど、表だって反感するつもりもない。母の言葉を聞いてからでも遅くないんだ。俺が今日少し我慢するくらい、大したことじゃないんだから。これも慣れるための訓練だと思って頑張ってみよう。
「帰るか」
「畏まりました」
寒風と共に光となって消えた彼女に、俺は小さく手を振った。
自室の床に腰を下ろす。相変わらずあの人達は居るけど、家に帰ったことはバレてないと思う。気配を消し、音を消し、匂いを消した。これでバレるのなら、俺やシルヴァさんと同じようにホムンクルス所持者の印がある人間に違いない。まぁ、そうそう居るわけもないんだが。
「キョウ、開けるよ?」
少しすると母の声が聞こえて来た。あの人達はまだ帰っていないとアイテムの効果で分かってはいたが、居留守を使うわけにもいかなかった。
「来とるんって、従妹やんな?」
ドアを開け、少し顔を覗かせる母に聞いた。申し訳なさそうに頷く彼女に、俺の心は締め付けられたような気がした。
「ご飯食べ行こうって」
「帰ったら話し聞くけん」
それから母は何も言うことなく、俺を先に促した。緊張から掌を握りしめる。冬だというのに手汗が凄かった。
リビングに行くと、元気な声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん!」
服の中を無数の昆虫が這い回っているかのような不快感。肌は栗だち、口は渇く。かわいい女の子の声なのにこの感覚は何なのだろう。
お兄ちゃん、という単語に幻想を抱いていた心の内の俺はたまらず膝をついた。
「さっきは、…ごめん」
「ううん、いいの!急で驚いたよね!」
俺の謝罪は、思ったよりも低い声で出てしまっていた。俗的に目の前の少女の現状を説明すれば、ドン引きというヤツである。
茶髪で肌も程よく焼けた彼女が俺の従妹だと信じられないが、グイグイと身を寄せてくる、えも知れぬ強引さは身内だからこそ出来る芸当だった。学校でこんなふうに男子に迫っていれば、翌日には女子の手によって体育館裏でゴミとお昼寝をするハメになってしまうのだ。恐ろしい。
名前が分からないので、彼女の髪型からクワガタと呼ばせてもらうことになった。
母の車で向かう先はファミリーレストランだ。その道中を後部座席に並んで座る、俺とクワガタ。心なしか、いや、絶対に距離が近い。片方だけ不自然な空白が生まれる程度には不自然だった。楽しそうに語るクワガタに愛想笑いを浮かべて相づちを打ちながら、俺はシルヴァさんに助けを求めた。
「修羅場です、助けてください」、と。
返ってきたのは、「笑ってればどうにかなります。どうにかするんです、いいですね?」という、参考になりそうでならないものだけ。
諦めムードの俺の思考は飛びに飛んで、こんなに性欲全開な人と子を成すのなら、ゲンガーとでもやってた方が健全だ、などと訳の分からない結論へと至った。そんな考えはおくびにも出さず、俺はやけくそ気味に笑みを深め、クワガタを見ていた。
ファミレスに入ってからも、彼女からのアプローチは止まらない。頬が吊りそうだ。
「キョウ君は高校どこに行くん?」
注文した料理を食べ終えた頃合を見計らって、母クワガタから質問された。隣に座っているクワガタも興味深そうにしている。
「蒼葉へ行くつもりです」
「蒼葉かぁ……、まぁ、他にないけんね」
その後も調子にのった母クワガタは1人でベラベラと話しを進めていく。何もしなくても情報が入ってくるのは嬉しいが、話しに付き合わされるのとでは天秤が釣り合うわけもない。
最後にはクワガタ ―― シオンと名乗る従妹が母クワガタを押しとどめていた。この間に母が会話に加わることはなく、俺はそれを腹立たしく思っていた。
車の窓越しに手を振るシオンに笑顔で手を振り返し、帰宅を見送ったのは午後3時。あまりにも長いおしゃべりに俺は早々とリタイアしていたのだが、そこでシオンに助けられてしまった。俺への性欲全開っぷりを見た後だったためにギャップが凄かったのが印象に残っている。普段は周りにちゃんと気が配れる子なのかもしれない。是非ともその能力を俺に対しても遺憾なく発揮してもらいたかったのだが。
二学期の終わりは何とも慌ただしく、俺の体力を削っていた。空には雲がかかり始め、風も冷たさを増しているように思えた。
家の中に戻って、母に夕食まで寝ることを伝える。夕食の時に話しを聞いて、そこから「コスモス」に入ることにしよう。そろそろ他のギルドメンバーも素材集めが終わるだろうから、本格的にメインストーリーを進めていくことになる。
高校名は適当です。




