15 あるエルフの独白
閑話にするか迷いました。いずれ修正するかもしれません。
私は森の民。エルフとも呼ばれる。名前は……人族に奴隷にされた時に捨ててしまった。
私が暮らしていたのは大森林。我々はそう呼んでいる。最近、国になったそうだ。何でも大森林周辺に集落を持つ獣人族や山地に暮らすドワーフ、我々と同じ妖精種といわれるコボルトやワーウルフ、ワーキャットなどが同盟を結びユーグラシ連合国と名乗ったらしい。
これは、もともと人族とそれ以外の種族の関係は良いと言えるものではなかったのだが、だんだんと酷くなっていったことが原因だ。当時私は幼い子供だったので大森林の外の状況を知ることはなかったが、冒険者を名乗る人族が大森林の周囲を徘徊し、集落を襲っては子供を攫うという事件が相次いだそうだ。対策を取ろうとしても個々人、集落単位では甚だ効率が悪く、被害は一向に減らなかった。
そこで近い集落同士が手を組み、知り合いの知り合いに声を掛け、だんだんと連携の規模が大きくなっていったのだ。
そして、襲ってくる人族個人にいくら文句を言っても意味がなく、その人族が所属している集団、『国家』に対して物申すにはこちらも『国家』という体をなさなければならなかった。
おかしなことに、この提案をしてきたのは我々が敵対しているはずの人族であったそうだ。
いや、人族の中にも色々な国があり、全てが我々『亜人』に対して否定的ではない、ということぐらいは大森林から出たことがない私でも知っている。
主に我々を襲っているのは北寄りの人族の国、ジャマーン帝国というところであり、遠く西の国フランシスカという国には『亜人』も多く暮らしているという。その国から来たある冒険者グループは『亜人』と人族の混成パーティであった。
彼らのメンバーであった獣人族の男が故郷の危機を聞いて駆けつけたのだが、人族のメンバーも協力を申し出たのだそうだ。
我々『亜人』は当初疑っていたらしいが、その人族の男は集落の代表たちに国を作ることを提案し、更にこう言ったそうだ。
『今は人間同士が争っている場合じゃない。最近暗黒大陸の魔族の動きがおかしい。戦争になるやもしれん』
魔族。大森林から出たことのない私にとっては人族以上にどうでも良い種族だ。むしろ恨みつらみなどない分、人族よりもマシなのかもしれない。
だが、人族にとっては『亜人』の方が種族的に近いと思っているらしく、フランシスカが中心となって昔から魔族が西大陸に入り込まないようにしてきたが、これからは『亜人』の国としても協力してほしいと逆に頼まれたそうだ。
おぼろげに成立していた集落の長たちの話し合いの結果、エルフの集落も含めてだが、我々は『国家』作ることにした。人族の言うことに従ったわけではない、というのが長たちの言い分だったらしいが、少なくとも人族の国と対等に交渉できるのはメリットだとわかったのだろう。襲撃や人攫いの被害さえなくなりすれば『国家』として人族の国に力を貸すのも吝かではない。
それから十数年。私はようやく一人前と認められる歳になった。エルフは成長が人族に比べて遅いというのは常識なのだが、私の両親は過保護だった。『国家』というものができて以来大森林周辺は小康が保たれ人攫いの噂もあまり聞かなくなったというのに私が大森林の外に出て行こうとするのを頑なに止めるのだ。別に出て行ったまま帰らないと言っているわけでもないのに心配が過ぎる。
だが、私もいつまでも子供ではない。私と同年代の同族も既に大森林の外に出て行っている者が幾人もいるのだ。
両親は渋々折れた。
だが条件も付けられた。初めて大森林を出るのだから、今回は『国内』だけ、決して人族の領域には行かないこと。であった。
私も渋々承諾する。エルフの人生は長いのだ。ゆっくりとやりたいことをらればいい、と妥協したともいう。
「本当に行くの? 考え直さない?」
「森の外をちょっと見てくるだけ。すぐに戻るから」
母親とそんな遣り取りをした私は、なおも引き止める母を振り切り集落を後にした。
今思えば母は正しかったのだ。
大森林はその名のとおり巨大である。ほぼ中央のエルフの集落から端まで歩いて十日はかかる。しかも危険な魔物も無数に生息している。おかしなことに、エルフの若者が禁止されているのは大森林の外に出ること。森の中自体はよほど小さな子供を除いて特に立ち入りを禁じられていない。それは大森林より外の世界が危ないということなのだろうか?
私は常にそう思っていた。今も魔物の追跡から逃れるため走りながらそう考えている。
「全く。ここの魔物より人族の方が強いなんてあるわけがない」
一人では到底倒すことのできない魔物だと判断した私は、逃げに徹したおかげで上手く逃げることができた。休憩を取りながらまだ見ぬ外の世界に思いを馳せる。
だが、このとき私は思い違いをしていた。
『強い』と『危険』は別物だということがわからなかったのである。
その後予定通り十日後には大森林の外縁部に辿り着いた。ここを抜ければついに外の世界を見ることができる。私は期待に満ち溢れていた。
「なんだ。あまり変わらないのだな」
期待が大きかっただけに、少しガッカリした。考えてみれば当たり前のこと。森の中と外で劇的に変わりがあろう筈がない。ちょっと植生が変わり、視界が開けているだけ。だからそこから見る空はエルフの集落で見る空よりも広かった。
「しょうがない。獣人の集落を見物してウチに戻るか」
私は予定通りに行動しようとした。人族の『町』に行けば大森林とは全く違う風景が見られるのはわかっていたが今回は両親との約束もある。
それで少し意気込みが削がれてしまったのがいけなかったのだろう。加えて大森林の中よりも大型の魔物に対する警戒心も薄れていたのもある。
「へっへっへ。こんなところで上物に会えるとはな」
「ああ、ついてるぜ!」
エルフの私とあろうものが、人族の接近に気付けなかった。
「何だ、お前たちは。冒険者か?」
だが、私はそれほど心配していなかった。高が人族の一人や二人、負ける気遣いはない。それに、昔と違ってここは『ユーグラシ連合国』何かあれば人族との戦争だ。
「お? 冒険者に興味があるのかい?」
「ちょうどいい。道に迷って困ってたんだ。俺たちを町に送って行ってくれるついでに『冒険者』になってみないか?」
「何だと! 私が『冒険者』にか! そんなに簡単になれるものなのか?」
私はすっかり舞い上がってしまった。道に迷っているというのも『森の中でもないのに人族とは情けない』と見下していたため警戒する気にもなれなかった。
「ああ、アンタは『ユーグラシ連合国』の国民だろ? うちの国は受け入れているぜ」
『国』という言葉が出てきたので更に警戒心が解けた。あとは両親との約束だけが引っかかる。
「しかし、私はこのあと集落に戻らねばならんのだ」
「な~に、手続きはすぐに終わる。それより、エルフさまは道に迷って困っている人間を見捨てるような種族だったとはな」
「む! そんなことはない! よかろう。道案内でも何でもしてやろう!」
エルフの誇りを見縊られたままではいられなかった私はうっかり話しに乗ってしまった。あの時の自分を殴ってやりたい。何が誇りか! あの者どもにとっては赤子の手を捻るようなものだったろう。
私が彼らが道に迷っていることを疑わなかったのは『ユーグラシ連合国』は国を名乗っていても人族の国にあるような『街道』など整備されていないからだ。大森林の外でも小規模の森はいくらでもあるし各部族の集落を探し当てるのも一苦労だろう。感覚に優れた獣人やエルフでなければ。
こうして私は二人の自称冒険者を国外まで案内することになったのだが、何しろ私も初めての外の世界である。○○に行きたい、といわれてもどこにあるのかわからないため、結局近くの獣人の集落に行って道を聞くということになった。
今考えるとおかしなことばかりだ。道に迷っていたのではないのか?
外の世界に浮かれていた私はそんなことにも気が付かず二人に同行した。
獣人の集落に辿り着く前に馬車が見えてきた。人族が使うものだろう。ちょうどいい。この者たちのことは彼らに任せればいい。
そう思ったとき、
「そろそろいいか」
「そうだな、やっちまうか」
二人はそんなことを言ったのが聞こえた。
気付いた時にはもう遅かった。不意に後ろからロープを掛けられ、私は縛り上げられてしまったのだ。
「何をする!」
「何って、仕事だよ」
いやらしく笑って男はそう言った。もう一人が合図すると馬車から人族の男たちが何人も出てきて私を更に拘束する。
「ど、どういうつもりだ! ここは『ユーグラシ連合国』だぞ!」
「うるせえ! 亜人が偉そうなこと言ってんじゃねえ! テメーらは殺されるか奴隷にでもなってればいいんだよ!」
奴隷……私はやっと気が付いた。こいつらは奴隷狩り、国ができてからなくなったと思い込んでいた人攫いなのだ。
「うおーっ! はなせーっ!」
「うるせえ!」
必死に逃げようとした私は酷く殴られて意識を失った。
気が付いたのは揺れる馬車の中。
周りには私と同じように囚われの身となった獣人の子供たちがいた。
ああ、私は奴隷になったのか……
その時、私は名前を捨てた。




