30 王都最後? の夜(宴の後)
「テント好し。食料好し。着替え好し。小物好し。うむ。完璧だ」
シャルさんたちとの宴会が終わって、いつもの使用人部屋に戻ってきたオッサン。
送ってくれたメイド長さんとも一応別れの挨拶はしておいた。まあ、朝起こしてもらって朝飯ももらって王宮の門まで見送ってもらわないと出かけられないんだけど、それはそれだ。
何か出発前に自分の領地の紹介状くれるって。メイド長さん子爵令嬢だったけ。ナントカ神聖教国に行くなら途中にあるんだって。使うかどうか知らんけど、もらえるものはもらいますよ、オッサンは。
部屋に戻った後、結界張って旅の準備、装備の確認をする。
確認といっても、買った物をアイテムボックスから引っ張り出して眺めるだけ。あ、食料は謎の網膜スクリーン越しだ。悪くなるといけないからな。いや、ホント便利だなアイテムボックス。この世界の人々が使ってる魔法と同じ仕様なんだろうか? ハイスペック過ぎると言い訳が面倒だが、オッサンの第二の人生は輸送チートでウハウハの予定だから慣れないといかんな、うん。
おっと、思考が逸れてしまった。これが旅行前夜にワクワクしすぎて眠れない子供の気持ちってヤツか。大人になってからは初めての感覚だ。悪くない。
点検したのは主に雑貨屋で買った旅の道具。
テントやマントなど値切りすぎてほぼ形だけの最低レベルの品質なんだが、オッサンには勝機があった。
付与魔法がかけられてない、っていうんなら自分でかけちゃえばいいじゃん!
そう。オッサンには管理神サマからもらったスキル『魔道の極み』がある。多分このスキルがあればどんな魔法でも使えるようになるのだろう。そして超スーパーなガラケーの中には各魔道書の写しが入っている。たしか付与魔法のもあったはず。
だから雑貨屋のオヤジが使えねえと心配してたのを無理に買ってきたのだ。
「よし、早速やってみるか」
部屋の中でテントを広げてみた。支柱を立てて厚めの布を被せるシンプルな三角形のテント。大人二人寝るのが精一杯だな。だからこそ狭い使用人部屋でも組み立てられるのだが。
で、ケータイをいじっているのだが、ふと別のことを思いつく。
「あれ? どうせ寝るとき結界張るんだから防水もいらねんじゃね?」
盲点だった!
いや、結界があろうとなかろうと、野営は必ずすることになるから形だけでもテントなどは使わなければならない。いくら結界で物理的に雨も風も魔物も防げるからといって毎回地べた寝転がっていては人に見られたら怪しまれる。東の森での野宿こそ非常事態なのだ。街道沿いでの野営なら準備がない旅人は不審者そのものだろう。
だからテントを買ったのは全く問題がない。
それに、付与効果が実際に旅で役に立たずとも、付与魔法をかける練習と思えばいいのだ。
「てことで、やっぱりやってみるか。えーと、付与魔法、付与魔法っと。あった。
何々? 付与魔法のやり方は主に二つ……一つは魔石を含んだ特殊インクで魔法陣を対象物に書く……なるほど……無理だな」
魔石を含んだ特殊インクって何?
いや、意味は何となくわかるが、そんなものオッサンは持ってないぞ。
付与魔法のあるなしで価格が大幅に変わるってことは、その特殊インクとやらの値段がかなりのものだということだな。
しかも、わざわざ買いに行かなければならないうえ、今何時だと思ってる。急病人が出たわけじゃない。夜中に店の人を叩き起こしたりなんかしたら売ってくれる物も打ってくれないだろう。
こりゃまたの機会ということで。
「えーと。じゃあ、もう一つの方法は……」
あ、こりゃいい。
直接魔力を対象物に込めるやり方だって。
付与魔法のスキルを持っていて、しかも慣れていないとできないらしい。
更に欠点があって、込めた魔力の量と質にもよるそうだが、時間経過とともに対象物から魔力が抜け出て最終的に元に戻ってしまうそうだ。そこに魔石というものを組み込めば長持ちするが、そこまで行くと『魔道具』として扱われるのだそうだ。
なるほど。電池切れみたいなものか。地球出身者に取ってみれば当たり前のことだな。欠点というほどのことではない。
それに、私ならすぐに付与魔法のスキルが取れるだろうから、何度か練習すればできるようになるだろう。
「じゃあ、これにしてみるか」
で、取り出したのはナイフ。
あ、食事用です。ナイフ&フォークのナイフです。他に適当なものがなかったんです。どうせ練習だから。
ケータイの画面を見ながらナイフに念を込める。あ違った。魔力を込める。
「軽く叩くと先端に小さな火が出る~。二回叩くと火が消える~」
別に口に出さずともいいらしいが、思わず出ちゃう。
「よし。これでどうだ?」
キン、と爪で弾いてみた。
ポッとナイフの刃の先端から小さな炎が出た!
「お! 成功した! 一発だな。いいのかオレ、こんなんで……」
百円ライターぐらいの炎を見ながら、神サマの贔屓に思いを馳せる。
このまま何でも魔法が使えることに思い上がって、第二の魔王になる可能性もないことはない。調子に乗ったところで勇者の討伐が! バッドエンド!
または、魔法を利用し成り上がり商人。思い上がって悪徳商人にクラスチェンジ。同業者嫌われて刺客を送られる日々。シャルさんも庇いきれず、バッドエンド2!
じゃあ、目立たないよう隠れ住むか? 便利な魔法で快適生活。働かず引きこもり。ダメ人間一直線! バーッド・エーンドッ!!!
「くそ! シュレめ! とんでもない罠を……! なんだ!」
思わず呟くと突然ケータイが鳴った。いや、脳内マナーモードだからシュレかアカシックさんの呼び出しだ。
おかげでハッと我に返ることができた。
いかん!
火を見つめていたら思考がとんでもないところへ飛んでしまった。
恐ろしい……火はコワイ。
私はナイフの刃を二回叩き、火を消した。
ふう。
「……ハイ。タケシです。どちら様でしょう?」
深呼吸をして電話に出る。
『タケシよ。我の悪口を言って居ったな。わらわが一体何をした! ピョン!』
シュレだった。
そりゃそうか。脳内回線はアカシックさんに頼んで遮断してもらっても口から出た言葉なら聞かれてるのは判ってた。
とりあえず謝っておこう。
「あー、すまん。少し酔ってて色々思い出してた。他意はない」
『……ホントか、なの?』
「ホントホント」
『……ならばよい。ママも笑ってばかりで教えてくれんし……』
なに? 私の妄想がアカシックさんには駄々漏れなのは仕方ないとして、アカシックさんが笑ってる? それは是非見てみたい。
イメージ通り上品に口に手や扇子を当ててか?
それとも美人なのに笑い転げてたり? ギャップに萌えるぜ!
『こら! 何をニヤニヤしとるっちゃ!』
ハッ!
いかん。私のイメージが悪くなる。異世界転移してから悪化した妄想癖を治さないとアカシックさんに嫌われてしまう。気をつけよう。
「いや、珍しくシュレから連絡をもらって、うれしいかな~、なんて」
『う、うれしい? ほ、ホントか! なの!』
「ホントホント。魔法も使えて感謝もしてる。詫びにならんがちゃんと神殿(仮)にお参りもするからな」
『う、うん。わかったのじゃ。べ、別にアンタにお参りされたいんじゃないからね!』
う~む。毎度ながらキャラが安定していない。どこをどう突っ込めばいいか。
「大丈夫だ。シュレの気持ちはわかっている」
『きっ! わわっ』
とりあえず大人の対応をしてみた。何もわからんのだが、父親に甘えたい年頃なのだと仮定しよう。おかしな反応だが、わからんところはバグのせい。うん、しょうがない。
「最初は女子生徒のように思ってたんだが、最近は違う感情が芽生えてな」
『うん、うん!』
「もし結婚して」
『うん!』
「娘がいたらこんな感じかなと思ってるよ」
『うん? …………』
「あれ? どうした?」
『……死ね!』
がちゃっと電話が切られた。卓上黒電話でも使ってるのか?
いや、そんなことはどうでもいい。
おいおい。神サマから『死ね』って言われたぞ。
呪いか? 天罰なのか?
マズイだろ。第二の人生始まったばかりなのに。
アカシックさんに泣きつこう!
「あー、もしもし。アカシックさん。聞いてたと思いますが……え?
今回はフォローできない?
何故です? は? 私が全面的に悪い?
いや、確かに、一介の人間ごときが神サマ一家を家族みたいに扱ったのはマズかったかも知れませんが、アカシックさんのような良妻賢母がいてシュレのような可愛い娘がいるなんて理想そのものじゃないですか。
は? やっぱりフォローしてくれます?
いや、助かります。今後妄想は控えますので……ええ。気をつけます」
ふあー!
助かった! 『危機一髪』の『髪』って何か、意味はよくわからんが『幸運の女神には前髪しかない』ってのと関係あるのか? いや、オッサンが混乱してるだけだな。
さて、まだ呪いは怖いが、作業に戻るか。




