27 オッサン、進路を決める その3
薬草の鑑定作業も終わり、あとは換金してギルドカードを受け取るだけでいいのだが、ギルド長に呼ばれてここに来た手前挨拶くらいはしなければならない。
くっ、急いでいるというのに! 私のニコチンパラダイスが!
「タケシ。作業は終わったか?」
「あっ! 帰ってきやがった! 早くカード寄越せ! これも換金してくれ!」
焦るオッサンにとって幸いなことにギルド長が応接室に戻ってきたのは、中級と上級刻みタバコをテイスティングし終わってすぐのことだった。上級の味も値段の差ほどオッサンを満足させてくれるものではなかったため、ますます旅立たねばならぬと心が焦る。
「落ち着け! これから王宮に行く。お前も付き合え!」
「え~。俺はこれから旅支度しなきゃならないんだが」
「いきなりだな。本気でタバコのために教国に行くつもりなのか?」
「本気も本気よ! 誰も俺のことは止められねえぜ!」
「止めはしないが、報告には付き合ってくれ。元はといえばお前が持ってきた件だぜ」
「ぐ……それを言われると辛いところだ……で? こんな時間に帰ってきたってことは調査はすぐ終わったんだろ? ってことは魔物が見つかった?」
「ああ。幸い死人は出なかったが大量の魔物に襲われて逃げてきたらしい。異変の調査としては結論が出た」
「そうか。しかし、それだけの報告に、俺が必要か?」
「お前がウソを付いている、とは思わんが、お前の報告と現状が違っているのは事実だ。よかったな、王宮に顔が利いてて。普通ならかなり追求されるところだぞ」
「うぐ……わ、わかった。付き合う……」
「当たり前だ! こっちは王宮に無駄なカネ使わせちまったんだ! これで死人でも出てりゃ大問題だぞ!」
「わかったって。付き合うよ! 王様になんでもなかったって言えばいいんだろっ!」
「わかりゃいい。さあ! 出かけるぞ! お前ら後は頼んだ!」
応接室に残っていた職員さんに声を掛けると、ギルド長はすぐに部屋を出て行った。
オッサンも後を追う。
ハイ、王宮に到着しました。
道中は何もなかったよ。門番もほぼ顔パス。
まずは爺さんのところ。騎士団と魔術師さんたちも帰っているはず。報告は上がっていると思うので、私たちは形式的な訪問なのだろう。
「おお。ユーリよ、ご苦労じゃったな」
「はい。調査が無事に終わり、その報告に来ました」
宮廷魔術師の詰め所で爺さんと面会する。
「うむ。どうやら異変は起きていないようじゃの。一安心じゃ。けが人も居らぬようだし」
「はい。お騒がせして申し訳ありません」
ギルド長は爺さんに頭を下げる。
王宮に調査費用を出させ、結局異常なし、では決まりが悪かったのだろう。
「いやいや。懸命な判断じゃよ。何かあってからでは遅い。転ばぬ先の杖、じゃよ」
「は、そう言ってもらえればありがたいです」
よかった。爺さんは怒っていないようだった。
そりゃそうか。何も異常がないのが一番だよな。危機管理というのはそういうものだ。ま、今回は異常なしという状態自体が危険なんだが、調査も命懸けというのが心苦しい。
「どうやら、俺の場合は運がよかったんだろうな。巡り合わせ的には運が悪かったのかもしれないし」
「調子いいぞ! タケシ!」
「ほっほっほ。その件はもうよかろう。タケシ殿の運については、確かに変わったところもあるが、それはユーリ、そなたも理解できよう」
「まあ、何となくですが……」
「我らは我らでできることをすればよい」
「はい」
「流石爺さん。年の功だな」
「ほっほっほ」
はーっ。よかった。一件落着のようだ。
「ところで爺さん、話は変わるが、俺、旅に出ることにした」
「……いきなりじゃな。もっと詳しく」
「あー、クレモン様。俺はこの辺で……」
「お? おお、なんの構いもせず悪かったの」
「いえ。タケシ、また後でな。カードは準備してある。金も用意しておこう。カウンターで受け取れ」
「わかった。旅支度もあるし、時間があったら挨拶させてもらうよ」
「ふ、気にするな。お前みたいなバカが忘れないはずはない。では、クレモン様、これで」
「うむ」
ギルド長はギルドにとんぼ返りだ。面会時間より往復の移動時間のほうが長かったな。
オッサンは爺さんに捕まっている。
旅支度はしたいが、事情を説明しなきゃならんよな。王様は夜でもいいか。
「それで? 旅とはどういうことじゃ?」
執務室内の応接セットみたいなソファーに座らせられて話をさせられる。
「そのまんまだ。行きたいところができてな。魔法も少し覚えたし、ギルドランクもEになったしな」
「ふむ。どこに行くつもりじゃ?」
「北の、パラダイス教国、だったかな?」
「なんじゃそれは。バルハラ神聖教国ではないのか?」
「あ、そうそう。その教国」
「いい加減じゃのう。それで大丈夫なのかいな」
「大丈夫大丈夫! 名前くらいすぐに慣れるさ」
「それも心配じゃが、あそこは宗教国家じゃぞ。わが国も勿論創造神を祀ってはおるが、別物じゃと思ったほうがよい」
「大丈夫! 買い物したらすぐに帰ってくるから」
「買い物のう……何かは聞かんが、無茶するでないぞ。お主が異世界人とわかれば『勇者』に祭り上げられる可能性もありうる。まだフランシスカ王国として『勇者』の存在を喧伝していないうちに教国側から先に発表されると我が国が軽んぜられる恐れがあるのじゃ」
「は~。そういう心配もあるのか。爺さん、考えてるねえ」
「当たり前じゃ。『筆頭』の肩書きは伊達ではないのじゃぞ」
「まあ、心配要らないだろ。俺だってすぐに行けるとは思ってないぞ。俺が到着する前に『勇者』のこと発表できるんじゃないか?」
「ふむ。それもそうじゃの……訓練に三ヶ月、いや、二ヶ月でそれなりの成果を出せば発表に耐えうるじゃろう」
「転移者ならもっと早くても大丈夫だと思うがな」
「念には念を入れるべきじゃ。国家の存亡がかかっておるからの」
「心配性だな。まあ、その考え方のおかげで俺は命を助けられたようなもんだが」
「ならば、あまり無茶はするでない。どうもお主は浮ついとるところがあるでの。いい年じゃろが。陛下を見習わんか」
「仕方ないだろ。異世界に来て落ち込むかハッチャケるかの二択だったら、俺は後者を選ぶね」
「何故その二択なのじゃ。普通に暮らせばよかろう。ワシも陛下もそれぐらいの援助は惜しんどらんぞ」
「う~ん、そうじゃないんだよな。こればっかりは実際に異世界転移してみないとわからんだろうなあ。勇者のガキならわかってくれるだろう。あいつも今ハッチャケてるか悩んでるかだと思うぞ」
「そんなものかのう……」
「そんなもんだ。あ、もし勇者のガキが悩んでたりした時は、初心に戻れ、って言ってやってくれ」
「それは、『教師』としての教えかの?」
「そんな大層なモンじゃねえが、異世界人としての先輩からのアドバイス、ってとこかな」
「ふむ。覚えておこう」
「まあ、人生の大先輩である爺さんの小言の方が役に立つとは思うがな」
「ワシの意見も聞かずに旅に出ようとしとる癖しおって」
「ははは。俺もまだ若いってことかな」
「……やはり、意思は変わらんか。もう止めぬが、陛下にきちんと挨拶だけは忘れるでないぞ」
「止めてたのか? いや、まあ、わかってるよ。今晩話す。時間作ってくれるか?」
「任せよ。どうせ堅苦しいのは嫌とか言うんじゃろ? 酒でも飲めるようにしておこう」
「なんだ、話せるな。悪いな、気を遣ってもらって」
「ふん、殊勝なことを言いおって。あまり陛下に心配かけるでない。本当にお主のことを友人だと思っておられるのじゃから」
「わかってるさ……」
こんな感じで一応話は終わった。珍しくしんみりと。
何だこれ? タバコ買いに行くだけだというのに……




