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河童の正体見たり――



 UMA研究会のみなさんが所持していたバッグからキュウリやら木製の箱などなどを取り出して、何かを作製し始めた。

 ははん。さては河童を捕まえるための罠だな? とか頭の悪い妄想をしてみる。

 ちらりと会長を見ると、彼はものすごく怪訝な視線をUMA研究会に向けていた。


 わたしはプールの淵まで歩くと、水の中を覗き込んだ。やはり緑に濁っているせいで何も見えない。本当にこの中に河童が住んでいるのだろうか。雰囲気的にはいてもおかしくはないけれど、現実的にはいるわけがない。と思っていると、水面近くを白い物体が通過した。一瞬どきりとしたが、すぐにただの鯉だとわかった。


「鯉がいるんだ」


 わたしの言葉に釣られてか千咲も寄ってきて、ほんとだ、と呟いた。UMA研究会を監視しつつ会長が教えてくれた。


「何年か前にどっかの誰かが放したんだとさ。けっこうな数がいるっぽいぞ。他に魚がいるところに放流されるのはまずいが、ここは特に害はないから放置しているらしい」

「へぇ……。よくこんなところで生きていられるわね」


 千咲が感心したように言った。

 連太郎もわたしたちの隣にやってきて、


「鯉は綺麗な水より汚い水の方が好きだからね。それに口に入るものなら何でも食べるから、こういう場所でのサバイバルには適しているんだ」


 相変わらず無駄に広い知識だ。


「よし、完成だ!」


 後ろから平等院さんの興奮した声が響いた。振り向くとUMA研究会一同が木製の箱を囲んでいた。その箱は、わたしから見て正面に当たる面がなく、キュウリが入っているのが丸見えになっている。更に箱の上部に謎の突起物が生えている。


「果たしてそれは、何でしょうか?」


 水戸君が興味深そうに尋ねた。平等院さんが、よくぞ訊いてくれた、と笑みを浮かべる。


「これは、河童を捕まえるための罠だ」


 頭の悪い妄想的中。

 会長が大きなため息を吐いた。どこか安堵しているようだ。もっと禄でもないことだと思っていたのだろう。


「どんな……仕掛けなんですか?」


 千咲が若干引きながら尋ねた。


「河童はキュウリが好きなのは周知の事実だろう? そんな河童がこれを見つけたら、キュウリを取り出したくてたまらないはずだ。しかし、それこそが、罠。キュウリを取ろうとすると上部に巻き付けられた針金が引かれ、それに反応してこの突起から大量の睡眠ガスが放たれて十時間もの眠りに落ちてしまうのだ!」


 ちょっと待て。最後なんて言った?

 会長が勢いよく平等院さんに掴みかかった。


「おい平等院! 催眠ガスって何だ。十時間ってどういうことだよ。一体どこでそんな危険物手に入れやがった!」


 至極尤もな疑問である。これにはわたしも連太郎も千咲も、先ほどからどこか飄々としていた水戸君でさえも唖然としていた。

 平等院さんはまったく悪びれることなく、


「勘違いをするな。別に非合法な取引などしていない。普通に化学部の連中が調合して作った薬品を買い取っただけだ」

化学部あいつらかよ! どいつもこいつもバカなことしやがって!」


 会長が天に向かって悲痛な声を上げた。この人……すごく大変なんだな……。


「いますぐ片付けろ、こんなもん!」

「落ち着け。河童に効果があるかはわからない」

「そんな話誰もしてねえよ! もし人が食らったらどうするんだって話だよ!」

「こんな罠に引っかかる人間がいたら見てみたいよ。それはそれでUMAだからな。あっははははは!」

「それを言ったら河童だってこんな陳腐な罠にかかるかよ! 河童なんていないけどな!」

「はあ……。安心しろよ。人間がガスを受けても眠るだけで害はない。化学部の捨て身の実験でそれは明らかになっている」


 とりあえず化学部には近づかないようにしよう。


「だとしても片付けろ。もしガスを受けた人がプールに落ちたらどうするんだよ」

「そうなったらどんまいだな」

「糞だなお前!」

「冗談に決まっているだろう。そうはならないようにプールから離して設置したんだからな。それにガスは即効性だから、受けた途端にその場で眠ってしまうよ」


 会長はむっとした表情のまま罠とプールの距離を確認する。罠とプールとの間は十メートルほど空いている。これなら大丈夫そうだ、と納得しかけたがそんなわけなかろう。会長も同じだったようで、


「どっちにしろ片付けろ。そんな危ないもんを置いておくな」

「片付けるのは無理だ」

「何でだ?」

「怖いからだよ。撤去中に何かの拍子で催眠ガスが放たれたらどうする!?」

「自業自得だよ。というか人に害はないんじゃないのか? ん?」

「どこまでも忌々しいな関ヶ原」

「こっちの台詞だよ!」

「いいだろう。片付けてやる。……ただし、お前も近くにいろ。何かあったときは巻き添えだ」

「何でそうなる!」


 二人の舌戦の第二戦が始まったようだ。この二人、本当に仲悪いなあ。 



 ◇◆◇



 結局、罠は今日一日だけ置いておくことになった。会長もUMA研究会も怖かったらしく、化学部からガスマスクを借りて撤去することにしたようだ。


 さて、そろそろ本題の河童の正体に関してなのだが……その後、近くの――といってもそこそこ離れているが――民家に聞き込みに行ったのだが、なんの成果も上げられなかった。怪訝な目を返されたり、嘲笑を浮かべられたりといった反応をされただけであった。当たり前である。


 一応、農家にも聞き込みに行ったが、キュウリを盗まれたかどうかはわからないらしい。


「手がかりなし、か……」


 わたしたちはプールの石垣まで戻ってきていた。もう七時近く、夕焼けが西に沈みかけている。更衣所の近くに一本だけある電灯が、辺りを貧相に照らしている。


 UMA研究会はこういうことに慣れているのか、収穫がないのを特に気にしていないようであるが、他の五名は徒労感を発している。


 わたしは今一度例の写メを確認する。頭部は河童の皿に見えるし、脚部には足ヒレや水掻きのようなものも確認できる。キュウリ(?)も持っているし、極め付けはこの甲羅だ。甲羅じゃなくてリュックサックかもしれないが、そんなものを背負ってプールには入らないだろう。そういえば、プールに入ってから、無呼吸で少なくとも一時間半も潜ってたんだっけ……。本当に河童なのかも。


 そこまで考えて首を振った。いけない、いけない。そんなものが存在するわけないじゃない。この写メがもうちょっと近くから撮られていたら、もっと何かわかったのかもしれないけど。


「間颶馬、何かわかったか?」


 会長が言った。連太郎はフィンガースナップを連打しつつ、


「わかった、というか……一つ、ずっと考えてることはあります。けど……」

「けど?」

「流石にないかな、とも思っています。証拠も何もありませんし」

「聞かせてくれるか?」

「それは、ちょっと……。本当に変な推理なので」


 連太郎がそこまで言うのは珍しい。余程その推理に自信がないのだろう。

 物体消失現象や密室盗難事件を解決してきた連太郎がここまで手こずるとなると、わたしも微力中の微力になるのは目に見えているが、本気で手伝った方がよさそうだ。


「じゃあさ、千咲のお父さんに話を訊くのはどうですか?」

「え!?」


 千咲が素っ頓狂な声を上げた。


「いや、どうしてわたしのお父さんが出て来るの?」

「一週間くらい前から帰ってきてるでしょ?」

「そうだけど、そういうことじゃなくて!」

「わかってるって。……千咲のお父さんなら、河童とか目撃してるかもしれないじゃん。水中カメラマンでしょ? わたしけっこう前にたまたま、本当にたまたまUMAを特集するような特番を観たんだけど……」


 外国のテレビ番組が潜水艦の中の映像を流していると、突然窓に水掻きを持った手が追突し、人魚のような半魚人のような河童のような生物が窓から離れていく……という映像を見たのだ。


「だから、千咲のお父さんも似たような――」

「その映像は偽物だよ」


 平等院さんが割って入ってきた。


「え、そうなんですか? いえ、そうだとは思ってましたけど」

「ああ。あれはその外国のテレビ番組の悪戯さ。その番組の最後にちゃんと、一部嘘が含まれます、という趣旨のテロップを出している。けどその特番はそれを無視したんだよ」

「……よく知ってるんですね」

「まあ、ね」


 平等院は得意げに鼻を鳴らした。すると会長がおもむろに口を開いた。


「なあ、平等院」

「何だ?」

「お前はUMAについてどう思っているんだ? さっき間颶馬が言ったように、新種みたいなものだと考えているのか?」

「関ヶ原にしてはいい質問じゃないか。うん、そうだな。宇宙人などは新種もくそもないだろうが、大抵のUMAは新種だと思っているよ」

「だとすると、河童は何の新種なんだよ。ビッグフットは霊長類の新種。ツチノコは蛇の新種と考えれば納得できるが、河童は何だ? 亀か、亀の新種か?」


 平等院さんは大きなため息を吐いた。


「わかってないな、お前は。僕の考える説では、河童は水棲系の宇宙人なんだ」

「宇宙人?」

「ああ。その昔地球にやってきて、そのまま住み着いているのだろう」

「『水中からの挑戦』でも同じような説が出ていましたよ」

「何よそれ」


 先輩二人に口を挟んだ連太郎に、更にわたしが口を挟んだ。

 連太郎はきょとんとした顔で、


「えっ、そんなの『ウルトラセブン』の四十一話に決まってるじゃないか。河童モチーフの宇宙人と怪獣が出て来るんだ」


 そんなことじゃないかとは思ってたけど。わたしは小さくため息を吐いた。

 今日はどうするのかな。昨日水戸君が河童を目撃したという八時半まで待つのだろうか。それは面倒くさいなあ。というかそもそも、本当にあの写メは自作自演じゃないのだろうか。再びそこを疑って、ふと気づいた。あれが自作自演だとしたら、別にキュウリ(?)というか、棒状のものを持つ必要がないのではないか? だって、ぱっと見ただけじゃ何かを持っていると気づかないのだから。それに持ってなくても、シルエットだけで十分河童に見えるだろう。


 つまりあの棒状のものは、自作自演をする上でまったく必要ないものなのだ。じゃあ写メは本物なのか……。うーんわからない。


 頭を悩ませていると、坂の上から男性が下りて来るのに気がついた。この道路はまったく人が来ないというわけではなく、わたしたちがプールサイドにいた間にも車などは通っていた。無駄だろうけれど聞き込みをした方がいいのかな、と思っていると、連太郎がその男性に向かって歩き出した。聞き込みするのね。わたしも彼の後に続いた。


「あの、すみません」

「ん? 何か?」


 男性の年齢は二十代半ばといったところだろうか。しかしこの男性……どこかで見たことあるような……。連太郎は特に気になってないようである。


「すごい変なこと訊きますけど、このプールに河童が住んでるって噂を聞いたことありますか?」

「河童? ……いや、引っ越してきたばかりだから、わかんないけど」

「そう、ですか……。では、このプールで何か目撃したりしませんでした?」

「行き帰りするときに毎回通るけど、別に何も見たりはしないよ」

「じゃあ、このプールで変わったことはありませんでしたか?」

「うーん……変わってるってことでもないけど、プールに鯉が泳いでるよ。いいよね、鯉」


 男性はどこか高揚したような表情になった。


「鯉、好きなんですか?」

「鯉というか魚が好きだ。大学院で淡水魚の研究してるからね。この前なんか、水槽に大量発生したタニシをこのプールに撒いてやったんだぜ?」

「鯉の餌ですもんね」

「そう。巾着袋一杯のタニシを鯉が一斉に喰らう様は爽快だったよ」


 にひひひひ、と笑いながらそんなことを語るこの人もなかなかの変人である。しかし、やっぱりこの男性、どこかで見たことがあるような……。男性がわたしの視線に気づいた。


「俺の顔に何かついてる?」

「い、いえ。どこかで見たことがあるような気がして……」


 男性の顔が苦々しく歪んだ。それからため息を吐いて頭を掻いた。


「まあ、俺の顔、全国区で流れたからな……」

「え?」

「俺、一昨日捕まった宝石強盗犯の双子の兄なんだよ」

「ああ!」


 そうか思い出した。朝ニュースでやっていた、共犯者を裏切って宝石をかすめ取った男と同じ顔をしているのだ。


「ったく、バカな弟を持つと大変だよ。しかも双子だからな。周りから色々と言われてるよ」


 男性はうんざりしたように肩をすくめた。

 不意に、連太郎からぱちり、ぱちりという快音が響いてきた。身を乗り出し気味に男性に尋ねる。


「あの、タニシを撒いたのって、いつのことですか?」

「え? 一昨日の……いまくらいの時間だったな」

「そうですか……ありがとうございます!」


 男性は困惑しながら、電灯の下を通って去っていった。


「連太郎、何かわかったの?」

「うん……まあ、ね。まさか僕が思った通りのことが真実だなんて……。いや、まだ決まってないか。奈白、みなさん、ちょっとここで待っててください」


 連太郎は更衣所まで走っていってしまった。二、三分経った後、プールサイドに人が現れた。沈みかけているとはいえ夕陽の逆光があり、顔は確認できない。まあ、シルエットから連太郎であることは簡単にわかるが。その連太郎は手にビニール袋を持っていた。昼に購買でパンか何かを買ったときのものだろう。


「僕の顔、見えますか?」


 NO! と全員で答える。


「そうですか。ぶっちゃけいまのはどうでもいいことなので、次行きますね」


 そう言って、連太郎はビニール袋に手を入れて、何か細かいものを撒き始めた。


「何やってるかわかりますか?」

「プールに何かを撒いている」


 会長が答えた。他の八人も頷く。


「正解です」


 連太郎は手をとめて、こちらに駆け寄ってきた。ビニール袋には細々した石が入っていたようだ。

 彼はフェンス越しにわたしたちの前に立つ。


「水戸君。確認するけど、君が見たものと話したことに嘘偽りはないね?」

「誓ってありません」

「そう。それじゃあ、河童の正体がわかりました」

「なに!?」

「本当か!?」


 平等院さんが目を見開き、会長が驚愕の声を上げる。


「はい。水戸君の写メに写っていたのは、河童じゃありません。正確に河童ではないと断言する根拠はありませんけどね。だから確証を得たい」


 連太郎は千咲に視線を向けた。なぜか彼女はさっと目を逸らした。


「山川さん。君は、河童の正体に気づいているね?」


 え!?

 全員の視線が千咲に向けられた。彼女は居ずらそうに身を捩りながら、やや俯きながらも頷いた。


「そうか……。じゃあこの謎、いい加減吹き飛ばしちゃおう」

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