生徒会長からの依頼
「あなたが間颶馬君ね。私、山川千咲。よろしくね」
「こちらこそよろしく。奈白からよく話を聞いてるよ」
連太郎と千咲が廊下で挨拶を済ませると、わたしたちは生徒会室に向かって歩き出した。
階段を上りながら千咲が耳元で囁いてきた。
「倍率高そうだけど大丈夫?」
「う、うるさいわよ」
千咲はポニーテールを揺らすと、小麦色に焼けた顔に白い歯を出してにかっと笑った。
連太郎は小柄でやや童顔だが、かなりの美形であるため当然モテる。しかし、彼は特撮オタクで、日常的にその手の人しかわからない用語やネタを言ったり、周りはわたしたちが付き合っていると認識しているため、告白されたという話はあまり聞かない。
そんな連太郎は怪訝な表情を浮かべていた。
「いったい、どうして僕たちは生徒会に呼ばれたんだろうね」
「どうせ厄介事よ」
「まあ、そうなんだろうけど」
彼は、わたしが厄介事に巻き込まれる度に、わたしに呼び出されてそれらを解決してきた。そうするうちに、彼もわたしと共に厄介事に巻き込まれることが増えてきている。
話を聞いていた千咲は感心したように、
「話には聞いてたけど、奈白って本当に変なことに関わる機会が多いんだ」
「多いよ」
連太郎が答えた。
「小学生の頃から数え切れないくらい変なことに巻き込まれてる」
「へぇ」
千咲は興味深そうに頷いた。千咲とは最近友だちになったばかりだから、そこのところはよく知らないのだろう。彼女と仲良くなったきっかけは水泳の授業である。クロールをすることになり、わたしは水泳部である彼女の隣のコースで泳いだ。そして、中学の全国大会で百メートルフリーで一位だった彼女とほぼ同着(わたしの方が僅かに遅かった)という、自分でもびっくりな結果になった。それで興味を持たれたらしく、よく話すようになりいまに至る。
水泳の全中一位で成績もよくて学級委員長という優等生だ。父親は売れっ子の水中カメラマンらしく、何日も家を空けることはざらのようで、お金持ちであるらしい。なんという勝ち組! まあ、家のことはともかく、きっとその分努力をしているのだろうから、何もしていないわたしが羨ましがるのは失礼というものだ。
生徒会室の前についた。わたしは心の準備をしようと深呼吸したが、連太郎は躊躇なく引き戸をノックする。
「間颶馬です」
「入ってくれ」
連太郎は引き戸を開けた。生徒会室は通常の教室の約半分ほどの面積であり、中央に長テーブルが鎮座していた。奥には生徒会長が座るであろうと一目でわかるやや豪華な机と椅子がある。そこに関ヶ原会長がデデンと座っている他、小柄で童顔の男子がちょこんと長テーブルの脇に座っていた。他に人はいないようだ。
会長はわたしたちがきたのを認めると、小柄の男子生徒の隣に移動した。そしてわたしたちを向かいに座るよう促す。言われたことに従い、三人腰を下ろした。
会長は緊張した面持ちでいるわたしを一瞥し、
「さて、お前たちを呼んだのは他でもない、ちょっとした怪奇現象を解決してほしいんだ」
やっぱり。予想は当たったようだ。しかし腑に落ちない点が一つ。連太郎も同じことを思ったらしく、小さく手を挙げた。
「あの、どうして僕らが……?」
会長はニヤリと笑う。
「謙遜するな。彩坂先生から聞いてるぞ。間颶馬の名探偵っぷりはな。図書室の本を借りパクした生徒の特定。それから五月に発生したらしい密室盗難事件の解決。お前の活躍は、一部の教師で評判になっているぞ」
「マジですか……」
「マジだ」
会話に出た彩坂先生とは、わたしの尊敬する先輩である図書委員の彩坂桔梗先輩のお父上である。美しく優しく清楚な先輩とは違い、ややおちゃらけた雰囲気を持った教師だ。五月の密室盗難事件では随分お世話になった。しかし、そのせいでこんな厄介事が回ってきてしまった。まあ、連太郎は別に嫌がったり面倒がったりはしていないようだが。
千咲が挙手した。
「あの、私はどうして呼ばれたんですか? その密室盗難事件(?)には関わってすらいないんですけど……」
「お前はただ単に九旦町に住んでいるから呼んだ」
「な、なぜ……」
千咲は呆然と呟いた。会長はざらりと自身の頭を撫でた。
「いまから説明する」
会長はため息を吐くと同時に、表情を真剣なものに変えた。室内の空気が少し重くなったように感じられる。
「お前ら……河童はいると思うか?」
…………は? 真面目なトーンで何を言っているんだこの人は。
「いるわけないじゃないですかそんなの」
わたしが言うと、会長は頷いた。
「俺もそう思っている。幽霊や宇宙人なら信じてやってもいいが、河童なんざいるわけがない」
「じゃあこの質問は何なんですか!」
ずっこけそうになりつつもつっこみを入れた。会長は両手でわたしを宥める。
「まあ落ち着け。……水戸、こいつらに見せてやれ」
会長が隣の男子に指示した。水戸というらしい男子はスマホを取り出し、すいすいっと操作するとそれをテーブルに置いた。
彼はニヤニヤと愉快そうな笑みを浮かべている。
「びっくりしてひっくり返らないでくださいよ」
三人で頭を寄せ合い、ディスプレイに表示された写メを覗き込んだ。夜に撮ったのか全体的に暗い写真であったが、石垣に作られた背の高いフェンスとその奥のプールが認識できた。どこかの学校のプールなのだろう。それから……画面の右奥に人型のシルエットがある。これは……何だ。
思わず連太郎と千咲の顔を見てしまう。二人共もの凄く真剣な眼差しを向けている。もう一度画面に視線を投じる。距離が離れているいるのと、フェンスの網目で少し見にくいけれど、確かに確認できる。この人型のシルエットは斜めに歩いているようなのだが、足が水掻きというか、ヒレのようになっているのがかろうじでわかる。その頭部は丸みを帯びており、まるで……まるで河童の頭の皿のようである。そして極め付きはその背中。甲羅らしきものが付いているのだ。これは……、
「これは……河童、ですか?」
連太郎が口を半開きにしながら尋ねた。会長は小さく息を吐き、
「やっぱそう見えるよな。風原と山川はどうだ?」
「見えます……河童に」
わたしは目の前の現実を受け入れることができず、ふわふわとした浮遊感のまま答えた。
会長は千咲に顔を向ける。だが彼女は画面を食い入るように見ているので気づいていないようだ。
「山川?」
「え!? ああ、はい……。河童、ですね、これは……」
そう答えた彼女は尚も画面をしげしげと眺める。気持ちはわかる。突然、しかもいままで奇っ怪な状況を体験したことがない中でこんなものを見せられたら、誰だって唖然とするだろう。
「凄いでしょう、凄いでしょう!」
ニヤニヤと笑っていた水戸さんがテーブルから身を乗り出し、わたしたちに顔を接近させてきた。
「ぼくが昨日撮ったんですよ」
「……これは、どこなんですか?」
連太郎がぱっちん、ぱっちんとフィンガースナップ……いわゆる指ぱっちんをしながら訊いた。彼の考え事をする際の癖である。
「廃校になった中学のプールです」
「九旦町にある音白第四中学だ。十七年前に廃校になってる。知ってるか?」
わたしと連太郎はかぶりを振ったが、千咲は近所に住んでいるらしく頷いた。九旦町は都心部から離れている音白市の、更にはずれに位置している郊外だ。用もないのにそんなところには行かない。
「ということはプールに、この……河童(?)がいたということですか?」
「ええ、ええ。凄いでしょう? とんでもないでしょう!」
とんでもないスクープを撮った水戸さんは興奮気味に首を何度も縦に動かした。
わたしは彼のスマホに再び視線を向ける。廃校になった学校のプールに河童が住み着いているということか。……いやいや有り得ないでしょ。
「山川を呼んだのは、訊きたいことがあったからだ。このプールに河童が出るという話を聞いたことはあるか? そんな噂はあるか?」
千咲は小さくかぶりを振った。会長は特に気にする風でもなく頷く。
「まあ、そうだろうな。当たり前だ。河童なんているわけないんだから。だとするならば、」
水戸さんのスマホを指差し、
「この河童のシルエットは何なのか、という話になる」
「まさか……」
思わず呟いてしまった。
「そのまさかだよ。お前たちには、これの正体を突き止めてほしいんだ」